殿下、そのご令嬢と結婚したいのなら、まず私との婚約を破棄してください!
セーレシュア・ラピリンス侯爵令嬢は見てしまった。
自分の婚約者である、アーヴィン・フルハート殿下が自分ではない、他のご令嬢と仲良く楽しそうに王城の庭で散歩しながら、話をしているのを──。
アーヴィン殿下の婚約者は私なのに……。
でも、セーレシュアは気にしないことにする。
だって、もう殿下のことは諦めたから……。私は殿下の幸せを一番に考えて、身を引くことにしたのだ。
殿下、そのご令嬢と結婚したいのなら、私との婚約を早く破棄してください。そのご令嬢のためにも、自分自身のためにも。
私に少しでも……、少しでも情があるのなら、早くスパッと婚約破棄してください。
余計、私が惨めになってしまいます。
私はもう、婚約破棄をされる覚悟はとっくに出来ているのですから……。
セーレシュアは、殿下に一言、婚約破棄してくださいと言うために、二人に近寄った。
すると、二人の会話が聞こえた。
「アーヴィン」
「どうしたの? リゼ」
アーヴィン殿下を親しそうに呼び捨てで呼び、アーヴィン殿下に『リゼ』と呼ばれた彼女は、エリーゼ・クラリス伯爵令嬢。
アーヴィン殿下と仲の良いご令嬢である。
「あのね、私、アーヴィンのことが好き。大好きよ」
エリーゼはそう言って、アーヴィン殿下の腕に抱き着いた。
アーヴィン殿下はそれを嫌そうな顔一つせずに、エリーゼの頭を撫でた。
「ああ。俺も、リゼのことが大好きだ」
あぁ、私は何を聞いて、何を見ているのでしょう。
セーレシュアは、この会話を聞いたことの後悔と、罪悪感に押し潰されそうになった。
だけど、ここで出ていくのは気が引けます……。
エリーゼは、頬を赤く染めながら、嬉しそうにアーヴィン殿下に喋りかけた。
「じゃ、じゃあ、私と結婚してくれる?」
「ああ。もちろんだ。リゼのためなら何だってしよう」
そう彼女に言うアーヴィン殿下は、幸せそうに見えた。
セーレシュアは出るに出られない状況になってしまったので、今日のところは帰ろう思ったとき、枝と踏んでしまった。
パキッと枝が折れる音がする。
すると、アーヴィン殿下とエリーゼも気づいたようで、警戒しながら段々とセーレシュアのいる方へ近づいてきた。
セーレシュアは焦りに焦ったが、この状況から逃げることも敵わず、アーヴィン殿下たちに見つけられてしまった。
アーヴィン殿下は、驚いたような焦ったような顔をされました。それはそうですよね……。恋人といるのを婚約者に見られてしまったら。
「せ、セーレシュアが何故ここに!?」
「貴方、セーレシュアってお名前なのね? 私はエリーゼ・クラリス。アーヴィン殿下の婚約者よ」
エリーゼさんは、今、アーヴィン殿下の婚約者だと名乗りましたか?
おかしいですね……。アーヴィン殿下の婚約者はまだ私なはずなのですが……。
そのことは後で確認しましょう。とりあえず、自己紹介が先です。
「エリーゼさん、私はセーレシュア・ラピリンスと申します」
セーレシュアは自己紹介と同時に、淡い水色のドレスの裾をちょんと摘み、カーテシーを披露した。
だが、エリーゼは不快な顔をする。
私は次期王妃となるために、厳しい教育を受けてきたので、相手に不快を与えないように完璧な作法を身に着けているので、どこもおかしいところはないと思うのですが……。
すると、エリーゼは声を荒げた。
「エリーゼ『さん』!? アーヴィン、このセーレシュアって女、アーヴィンの婚約者である私に、エリーゼ『様』じゃなく、エリーゼ『さん』って言ったわ!」
「リゼ、落ち着いて……」
アーヴィン殿下がエリーゼをあやすが、エリーゼの怒りは収まらなかった。
どうやら、私がエリーゼさんのことを様付けで呼ばなかったことが不快みたいです。
ですが、エリーゼさんは伯爵令嬢で、これでも私は侯爵令嬢です。それに、まだ、私はアーヴィン殿下の婚約者のはずです。
別に私がエリーゼ『さん』と呼んでも問題はないはずなのですが……面倒なことにはなりたくはありません。
ここは大人しく、エリーゼ『様』と呼ぶべきです。
「エリーゼ様、申し訳ありませんでした。お許しください」
セーレシュアが、今度は様付けで丁寧に謝ると、エリーゼは満足したようで何も言わなくなった。
なので、本題に入ることにします。
「アーヴィン殿下、エリーゼ様と結婚したいのでしたら、まずは私との婚約を破棄してください」
セーレシュアが思い切って、そう言い放つと、アーヴィン殿下は不思議そうな顔をした。
「俺とセーレシュアの婚約の破棄? したはずだが?」
アーヴィン殿下もおかしなことを言い始めています。
私とアーヴィン殿下は、まだ婚約中なはずです。もしかしたら私の勘違いなのでしょうか……。賢いアーヴィン殿下が間違うはずありませんし……。
すると、アーヴィン殿下はセーレシュアに追い打ちをかけるように言う。
「何を勘違いしているのか知らないが、我が婚約者は隣にいる、このエリーゼ・クラリス伯爵令嬢だ」
「そうよ。アーヴィンの言う通り、私がアーヴィンの本当の婚約者だもの」
アーヴィン殿下とエリーゼは、口を揃えて婚約者同士だという。
アーヴィン殿下の正式な婚約者は私のはずです。ですが、本当に勘違いだと思えてきました。
セーレシュアは婚約のことについて、他の方に聞いてみようと、アーヴィン殿下たちと別れた。
***
婚約がどうなっているのか分からなくなってから、一週間後。
セーレシュアは再び王城に来ていた。
陛下との面会が許可されたのだ。
セーレシュアは侍女に案内されながら、応接室の前に来た。
扉の向こうには陛下が既にいらっしゃいます。いくら、アーヴィン殿下と婚約をしていても陛下とはあまり話したことがないので緊張します。
セーレシュアは深呼吸をすると、扉を開けた。
「陛下、今日は私とのお話を許可していただき、ありがとうございます」
セーレシュアは部屋に入るやいなや、カーテシーをし、頭を垂れながら、お礼を述べる。
「ここは非公式の場なのだから、そんなにかしこまらなくて良い」
セーレシュアが頭を上げると、アーヴィン殿下によく似た顔の四十代くらいの男性が座っていた。
それが、このフルハート王国の国王陛下だ。
セーレシュアは陛下の許しをもらい、陛下の向かいのソファに腰を掛けた。
そして、セーレシュアは早速本題に入る。
「陛下、失礼ながら私と殿下の婚約はどうなっていますか?」
陛下はセーレシュアの質問に不思議な顔をするも、答えてくれる。
「セーレシュア嬢とアーヴィンは婚約中だろう?」
「やはりそうなのですね。勘違いじゃなくて良かったです」
陛下は私とアーヴィン殿下は婚約中だと言いました。勘違いかと思っていたので、勘違いではなくて良かったです。
それにしても、何故アーヴィン殿下とエリーゼさんは婚約者同士だと言ったのでしょう?
私はそのことについても、陛下に聞いてみました。
「アーヴィンとエリーゼ嬢は、自称で名乗っているだけだから気にしなくて良い。二人とも自称なのも分かっている」
自称? 何故そのようなことを、と不思議に思いましたが、二人は自分たちに言い聞かせているのでしょうか?
セーレシュアは、それも陛下に聞いてみた。
「ということは、自分たちは婚約者同士だと言い聞かせているのですか?」
「あはは。言い聞かせている、か。確かにそうかもしれないな」
陛下は笑って、そうかもしれないと言う。
よくは分かりませんが、とりあえず私とアーヴィン殿下はまだ婚約中みたいですね。早く婚約破棄してくださらないと、私は婚期を逃して行き遅れになってしまいます。
その後、陛下とセーレシュアは雑談をしたあと、陛下は公務をしなくてはならないようで、この話し合いは終わりになった。
「本日は本当にありがとうございました」
「ああ。今度はもっと時間がある時に話をしよう」
セーレシュアが退室の挨拶をすると、陛下はまたセーレシュアと話がしたいと言う。
セーレシュアはそれに恐れ多く感じながら、応接室から出た。
「――今のセーレシュア嬢の様子を見ると、そろそろ決着をつけねばならぬな……」
セーレシュアのいなくなった応接室で国王陛下が呟いたことは、セーレシュアには知る由もなかった――。
***
セーレシュアは、あれから何度も何度もアーヴィン殿下とエリーゼさんが楽しそうに一緒にいるのを見かけていた。
それでも、アーヴィン殿下は婚約破棄を全くしてくれません。エリーゼさんとイチャイチャしたいのなら、婚約破棄してからにして欲しいです。
すると、セーレシュアのところへ、エリーゼがやって来た。
何の用なのでしょうか……?
セーレシュアが不思議に思っていると、エリーゼが口を開く。
「アーヴィンと婚約破棄して!」
前回に話したときは、アーヴィン殿下の前だったからなのかもしれませんが、態度も口も悪いですね。
それに、そんなこと言われましても、私はその婚約破棄を願っている方なのですが……。
「それは私も同意見なのです。アーヴィン殿下に言ってくださいますか?」
セーレシュアは本当のことを言うが、エリーゼは不機嫌なことを全く隠さずに、声を荒げる。
「はぁ? シラを切るつもり? あんたがアーヴィンとの婚約を引き延ばして、王太子の婚約者という身分をかさに着て、傲慢な態度をとっていることくらい分かっているのよ!」
エリーゼさんの言っていることが、よく分かりません……。私はそんなことはしていません。ですが、どうしてエリーゼさんは自信満々にそんなことを言うのでしょうか。
「私は、王太子の婚約者という身分をかさに着て傲慢な態度をとったりなど、断じてしていません」
ここはきっぱりと、そんなことはしていないと言うべきです。
ですが、エリーゼさんは、どんどん不機嫌そうな顔になっていきます。もとから悪い態度も、さらに態度も悪くなってきましたね。
「まだシラを切るの? いい加減にしたらどう? アーヴィンはあんたみたいな傲慢な人間より、私のような優しい人間の方が好きなのよ! この前だって私を抱きしめて、好きだと言ってくれたもの。アーヴィンは、あんたじゃなく私を愛してくれてるわ!」
エリーゼの惚気話を聞かされながら、セーレシュアは考えた。
私が傲慢というのは違うと思うのですけど、アーヴィン殿下がエリーゼさんを愛しているというのは正しいと思います。
セーレシュアは絶対に自分の恋が叶わないことに悲しくなり、泣きたい気持ちになったが、ここで泣いてはいけないと思い、我慢する。
少しだけ……ほんの、少しだけ、私の恋が叶うという希望を抱いていましたが、もうそれも捨てるべきですね。
叶わなかったときに、何倍となって悲しくなってしまうのですから……。
「あら? 何も言い返さないってことは、アーヴィンに愛されてるのは私だって認めるのね?」
「はい……。私はアーヴィン殿下が幸せなら、それで……、それでいいのです」
最後の方は自分に言い聞かせるようになってしまいましたが、アーヴィン殿下がエリーゼさんを愛しているということは認めます。ですが、やはり悲しいです。
「ふんっ! 認めたんだから婚約破棄してよ? アーヴィンのためにも私のためにも。覚えておきなさい。あんたはアーヴィンに愛されてない。アーヴィンに愛されてるのは、この私だってことを」
エリーゼは、そう言い残してセーレシュアの前から去っていった。
エリーゼがいなくなると、セーレシュアは泣くのを今まで我慢していたが、それも限界に達した。
セーレシュアはその場に泣き崩れた。
アーヴィン殿下は私のことなど好きではないのです。アーヴィン殿下は、エリーゼさんのことを思っているのです。
私は失恋をしたのです……。
そのことを、頭では理解しているのに、心が受け入れられません。
そして、セーレシュアはアーヴィン殿下への想いを全て捨てることを決意した。
今までは完全に捨てることは出来ませんでしたが、今回は完全に捨てます。この気持ちは持っていてはいけないのです。
エリーゼさんのためにも、アーヴィン殿下のためにも、私のためにも……。
セーレシュアは覚悟を決めると、気合で泣き止み、前向きに頑張ることを決めた。
***
数日後――。
セーレシュアは今度こそアーヴィン殿下との婚約を破棄しようと、王城を訪れた。
もう、この気持ちは持っていてはいけないものです。婚約破棄されるのと同時に捨てましょう。これで、最後にするのです。本当の本当に最後にします。
セーレシュアは完全に捨てきれないアーヴィン殿下への想いを胸に、これで最後にすると覚悟を決めた。
そして、アーヴィン殿下の部屋の前に来た。
なにやら中から楽しそうな声が聞こえますね。私が入って良いのでしょうか……?
セーレシュアは部屋にはいることを躊躇ったが、部屋に入ることにした。セーレシュアが扉を開くと、中には五人の人が、部屋の中で楽しそうに会話をしている。
もちろん、アーヴィン殿下はいました。だけど、エリーゼさんもおられました。ですが、エリーゼさんは分からなくはありません。
そして、なんと、王妃様に国王陛下までいらっしゃいました。
本当に入ってよかったのか、今更心配になります。
そして、もう一人、陛下と同じくらいの年齢の男性がおられましたが、誰なのか分かりませんでした。
「皆様、了承も得ずに部屋に入っていしまい申し訳ございませんでした」
セーレシュアは部屋に入ったことに謝りながら、次期王妃になるために厳しい教育を受けてきたことがよく分かる、丁寧で美しいカーテシーを披露する。
皆はセーレシュアに視線を集めた。
入ったことは悪かったけれど、ここで引くわけにはいきません。王妃様に国王陛下もいるこの場を借りて、婚約破棄をすることが私の目的です。
「あの、アーヴィン殿下、私との婚約を、破棄してください!」
セーレシュアは単刀直入にアーヴィン殿下に婚約破棄のお願いをした。
身分上、セーレシュアから婚約破棄はできない。だから、アーヴィン殿下にお願いして、婚約破棄をしてもらうのだ。
エリーゼさんと、誰か存じ上げない男性の方は、私の言葉を聞いてニヤッと笑っています。
国王陛下と王妃様は、困ったような顔をしておられますね。やはり困らせてしまったみたいです。
アーヴィン殿下は……と思い、アーヴィン殿下を見ると、静かにエリーゼさんと男性を睨んでいました。
お二方ともこちらを見ていたので、アーヴィン殿下が睨んでいることは気づいていないみたいです。
しかし、アーヴィン殿下が私を睨むなら分かりますが、エリーゼさんたちを睨む理由は分かりません。
セーレシュアがそう思っていると、国王陛下が口を開いた。
「──役者は揃ったな」
セーレシュアには陛下の言うことが、どういうことか分からなかったが、王妃様とアーヴィン殿下には分かったようだ。
何かの合図かなんかなのでしょうか?
とりあえず、やっと婚約破棄されるようですね。この状況でそうだとしか思えません。もう、覚悟はとっくに出来てます。
エリーゼさんは、私とアーヴィン殿下の婚約破棄が出来れば、自分と婚約を……とでも思っているのか、ニヤニヤしています。
すると、陛下は予想外のことを口にした。
「ギル・クラリス伯爵及び、エリーゼ・クラリス伯爵令嬢を、セーレシュア・ラピリンス侯爵令嬢の暗殺を企んだ罪と国家への反逆罪で逮捕する!」
誰なのか存じ上げなかった男性は、エリーゼさんのお父様である、クラリス伯爵だったようです。
って、今は、そんなことを呑気に考えている暇はありません。
今、陛下は何とおっしゃったのでしょう?
私の暗殺を企んだ……?
私、エリーゼさんとクラリス伯爵に、命を狙われていたのでしょうか!?
にわかには信じられません。
すると、アーヴィン殿下が座っていたソファから立ち上がった。
「証拠は揃っている。言い逃れは出来ない」
アーヴィン殿下はそう言って、何枚かの文字がびっしりと書かれた紙をエリーゼたちの前の机の上に置いた。
な、なんと!?
よく分かりませんが、エリーゼさんを愛しているはずのアーヴィン殿下が、エリーゼさんを捕まえようとしていることだけは分かりました。
まだ、上手く状況が掴めません。
エリーゼさん達も、しどろもどろって感じです。すると、エリーゼさんが口を開きました。
「……アーヴィン、私のこと好きっていうのは嘘だったの?」
エリーゼは苦しそうにアーヴィン殿下に言う。だが、アーヴィン殿下はきっぱりと言った。
「……ああ。エリーゼ嬢に恋愛感情は抱いていない。全部、エリーゼ嬢から、そちら側の情報を得るためだった。父上と母上もそれに協力してくれたのだ」
アーヴィン殿下は、今までエリーゼのことを『リゼ』と愛称で呼んでいたが、他の令嬢と同じように、嬢付けで呼んでいる。
それに気づいたエリーゼは、その場に泣き崩れた。
私が頭の中を整理できずにいると、エリーゼさん達は抵抗もせず、衛兵の皆さんに連れて行かれていきます。
そして、エリーゼさんは消え入りそうな声で、アーヴィン殿下に言い残すように、言いました。
「……アーヴィン! 私は本気でアーヴィンのことを愛していたわ。ありがとう、さようなら……」
「エリーゼ嬢に恋愛感情は抱いていなかったのは事実だが、エリーゼ嬢が罪を犯していなければ、友達にはなりたかったと思っていた。だから、俺も残念だ。――さようなら、リゼ……」
アーヴィン殿下は、最後にもう一度、エリーゼさんのことを『リゼ』と呼んで別れを告げていました。
エリーゼさんは、最後にニコリと笑うと部屋から出ていかれました。
エリーゼ達の姿が見えなくなると、国王陛下に王妃様にアーヴィン殿下が、一斉にセーレシュアに頭を下げた。
「え、あの、陛下!? それに王妃様にアーヴィン殿下まで! あ、頭を上げてください」
セーレシュアは、王族たちに頭を上げてもらうと、アーヴィン殿下から事件の詳細が教えられた。
「セーレシュア、ずっと黙っていてすまない。クラリス親子は、エリーゼ嬢が俺の妃になって王家を乗っ取ろうとしていたんだ。そのため、俺はエリーゼ嬢に恋愛感情を抱いている、と思わせる必要があった」
それなら、何故、私にも教えてくれなかったのでしょうか……。
セーレシュアは気になり、尋ねてみた。
「私にくらい教えてくれても良かったのではないですか?」
「セーレシュアには教えても良かったのだが、命を狙われていると知ったら不安になると思って、あえて言わなかった」
確かに、命を狙われていると思うと不安になります。誰だって同じことを思うはずです。
すると、アーヴィン殿下はいきなりセーレシュアに抱きついた。
セーレシュアは理由がわからず、アーヴィン殿下の腕の中で今の状況を理解しようとする。
今、アーヴィン殿下に、抱きしめられて……いる……?
そのことを理解した途端、セーレシュアは顔を真っ赤に染めた。
「セーレシュア、クラリス親子のことを教えなくても、結果的には不安にさせてしまった。本当にすまなかったと思っている。だが、俺はセーレシュアに心配をかけたくなかった」
「あ、アーヴィン殿下……?」
アーヴィン殿下は、その後もセーレシュアに話をする。
そして、次の言葉にセーレシュアは一筋の涙を流した。
「――……俺はずっと、セーレシュアのことが、好きだ……」
今、アーヴィン殿下は、ずっと、私のことを、す、好き、と、言いましたか……?
信じられません。聞き間違いだとしか思えません。
だけど、聞き間違いではありませんでした。
――この瞬間、私の、願いが叶ったのです……。
一粒の涙がセーレシュアの頬を伝う。
アーヴィン殿下は言葉を続けた。
「一生、セーレシュアだけを愛すると誓う。だから……だから、婚約破棄はしないで欲しい……」
そんなの言われて、婚約破棄なんて私にはできません……。
セーレシュアが気づいたときには、国王陛下と王妃様はこの部屋には、もういなかった。
この部屋には、アーヴィン殿下とセーレシュアだけだ。
アーヴィン殿下は、さらに言葉を続けた。
「――俺は、幼い頃に出会ったセーレシュアに、一目で恋に落ちた。あれから俺の気持ちは変わっていない。……信じられないかもしれないが、どうか信じて欲しい……」
アーヴィン殿下は、私に一目惚れをしたと言います。
……これは、夢なのではないか、と思うくらい嬉しい気持ちでいっぱいです。
セーレシュアは、諦めようと、捨てようと、何度も思ったけど、未だに捨てられていない気持ちをアーヴィン殿下に伝える。
「アーヴィン殿下……、わ、私はエリーゼさんと殿下が楽しそうに話しているのを見て、殿下への想いを諦めようとしました。殿下が幸せなら、それでいいのだと……。ですが、私には殿下への想いを諦めることなど無理だったのです」
セーレシュアは勇気を出して、アーヴィン殿下に自分の素直な気持ちを伝えた。
「――……私も、殿下のことが好きです……」
消え入りそうな声だったが、アーヴィン殿下にはしっかりと聞こえた。
セーレシュアは、アーヴィン殿下に抱きしめられている状態なので見えないが、アーヴィン殿下は頬を赤く染めた。
「……セーレシュア、信じてくれてありがとう。俺もセーレシュアのことが大好きだ」
アーヴィン殿下はそう言いながら、離さないとでも言うかのように、セーレシュアのことを強く抱きしめた。
――私は今、とても幸せです。
こんなにも幸せな瞬間が来るなんて、ちょっと前には思いもしませんでした。
セーレシュアは、アーヴィン殿下の腕の中で願った。
―――これからも、こんな幸せな日々がずっと続きますように……。
***
そして、今日はアーヴィン殿下と私の結婚式の日です。
これは夢なのではないかと思うくらい嬉しい気持ちでいっぱいいっぱいです。
本当にこの日が迎えられたのは、国王陛下や王妃様をはじめ、私のお父様やお母様、結婚式のために色々と準備をしてくださった皆様のおかげです。
セーレシュアは、自分たちの結婚式のために色々と準備をしてくれた皆に感謝をしながら、美しい純白のドレスに身を包んだ。
セーレシュアの侍女たちは、セーレシュアを美しく見せるためにどうしたら良いかを議論しながら、セーレシュアの髪を結っていった。
そして、セーレシュアの頭の上には、豪華というよりもセーレシュアに似合う、美しく可愛らしいティアラがつけられた。
これで準備は完了だ。いよいよ結婚式が始まる時が刻一刻と近づいてくる。
すると、セーレシュアのいる部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
セーレシュアがそう言うと、中に入ってきたのは、アーヴィン殿下だった。
アーヴィン殿下は、セーレシュアを見た途端、顔を赤らめた。
何も言わないアーヴィン殿下に不思議に思ったセーレシュアは、アーヴィン殿下の名を呼ぶ。
「アーヴィン殿下……?」
「すまない……。セーレシュアが綺麗で可愛すぎて、言葉が出なかった」
その言葉にセーレシュアも顔を赤らめる。
侍女たちは二人きりにしてあげようと、この隙に部屋を出ていった。
「あ、アーヴィン殿下……」
「セーレシュア、俺たちはもうすぐ夫婦になるのだから、俺のことはアーヴィンと呼んで欲しい……」
アーヴィン殿下にそんなことをお願いされたら断れません。そもそも断る理由がありません。
セーレシュアは少し恥ずかしくなりながらも、アーヴィン殿下の名を呼んだ。
「……私、アーヴィンが大好き」
「俺も、セーレシュアが大好きだ」
私はお互いの気持を確認したあと、アーヴィン殿下……いえ、アーヴィンにエスコートされながら、式場に向かいました。
とても緊張しますが、アーヴィンが隣にいると思うと大丈夫だと思えてきます。
そして、式場へと通じる扉が開きました。
そこには、お父様やお母様、国王陛下に王妃様はもちろん、この国の貴族の方々や、他国の王族の方までおられました。
セーレシュアとアーヴィンは式場の奥にある祭壇まで伸びるバージンロードをゆっくりと進んで行く。
すると、誰かが二人に向かって叫んだ。
「アーヴィン! セーレシュア! ──結婚おめでとう!」
その声には聞き覚えがありました。そう、エリーゼさんです。
エリーゼさんは手に手枷を嵌めており、左右には衛兵さんが見張っておりましたが、私たちのお祝いに来てくれたようです。
「エリーゼさん! ありがとうございます」
「エリーゼ嬢、ありがとう」
私たちは立ち止まってエリーゼさんに御礼を言った。
エリーゼはセーレシュアたちの御礼を聞いて、笑う。
「私は二人に御礼を言われる立場じゃないわ。だって、二人の邪魔をしたもの。本当にごめんなさい」
エリーゼさんは、きちんと反省をしているようです。ですが、私たちに御礼言われる立場じゃないというのは違うと思いました。
「エリーゼさんは御礼を言われる立場です。だって、私たちの結婚のお祝いの言葉を言ってくれたのですから」
エリーゼさんは本当はとても優しい人なのだと思います。
『恋』は人を変えると言います。エリーゼさんは、悪い方に変わってしまっただけで、本当は優しい人なのではと思いました。
「セーレシュア……ううん、セーレシュア様。あんなに酷いことを言ったのに……」
エリーゼさんに様付けで呼ばれるのは何だか違和感を覚えますね。
「エリーゼさん、私に様なんて付けなくて良いです。セーレシュアと呼んでください。──だって、私たちは、もう、お友達でしょう?」
セーレシュアの言葉にエリーゼは、驚きながらも、満面の笑みを浮かべた。
「セーレシュア! そう、私たちは友達よ。当たり前のことを言ってるんじゃないわ。ほら、アーヴィンと一緒に早く行きなさいよ」
エリーゼにそう言われた二人は、祭壇の前まで、またゆっくりと歩き出す。
祭壇に辿り着くと、立ち止まった。
神々への誓いを済ませると、二人は顔を見合わせる。
そして、セーレシュアとアーヴィンは、お互いの唇に自分の唇をそっと重ね、溶けるような口付けを交わした。
―――これからの二人の幸せを願って――……。
最後まで読んでくださりありがとうございました!