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第110話:砦の戦火

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エルネス砦――王国の防衛線の要。


私たち特殊魔導小隊は、この砦の防衛支援を命じられ、到着したばかりだった。


砦の石壁は年季が入っているものの、まだ十分な防衛機能を持っていた。

しかし、周囲の防衛線はところどころ崩れかけており、これが長期戦になると厳しい状況に追い込まれるのは明らかだった。


「……なんか、思ったよりボロいわね」


スカーレットが砦の壁を指でこすりながら呟く。


「確かに。長い間、大規模な戦闘はなかったはずだから、防衛設備の強化も十分じゃなかったんでしょうね」


ビアンカが遠視スキルを使いながら、周囲の地形を確認している。


「それに、駐留兵の数も思ったより少ないですね」


フランチェスカが静かに言った。


「普通なら、もっと守備兵がいてもいいはずなんですが」


カール曹長も険しい表情を浮かべる。

そんな中、私は砦の中央に目を向けた。そこには、数名の士官たちが指示を飛ばし、兵士たちが忙しく動き回っている。

その中心に立つ男が、私たちを一瞥すると、低く渋い声で話しかけてきた。


「貴様らが特殊魔導小隊か」


「はい、特殊魔導小隊 隊長、アンジェリナ・クラウザー大尉、本日着任いたしました」


アンジェリナ大尉が堂々と前に進み、敬礼する。


「俺はレオポルド准将だ。ここエルネス砦の指揮を任されている」


レオポルド准将は筋骨隆々の体つきで、歴戦の軍人という風格をまとっていた。しかし、その顔には険しさが浮かび、どこか焦燥感が見え隠れしている。


「話は聞いている。貴様らのような精鋭部隊が来てくれたのはありがたい」


「ですが、兵力不足のようですね」


ビアンカが率直に指摘すると、レオポルド准将は苦々しく頷いた。


「そうだ。本来なら、この砦には2000名の守備兵がいるはずだった。だが、現在いるのは1200名ほど」


「そんなに減ってるんですか……?」


私は思わず息をのむ。


「帝国軍の進軍に伴って、前線に援軍を送る必要があった。その結果、ここは最低限の守備兵しか残らなかったそうだ。善戦したようだが、結局、前任の士官も戦死したそうだ。それで俺にお鉢が回って来たって状態だ。だから俺も先日、着任したばっかりだ」


レオポルド准将は険しい顔で地図を指し示しながら続けた。


「おまけに、敵の動きが速い。偵察隊の報告によれば、明日の夜明けには敵の先陣がここに到達するだろう」


「つまり、猶予は今日一日だけ……ってことですか」


フランチェスカが険しい表情を浮かべる。


「その通りだ。だから、お前たちにもすぐに配置についてもらう」


「わかりました」


アンジェリナ大尉が頷き、私たちは急ぎ砦の準備に取り掛かることになった。


「では、特殊魔導小隊にはどの配置を担当させるつもりですか?」


アンジェリナ大尉がレオポルド准将に尋ねると、彼は顎に手を当てながら考え込んだ。


「お前たちの部隊は、柔軟な戦闘が可能な遊撃隊と聞いている。ならば、砦の正面防衛よりも、内部の奇襲対策や砦内の防御強化にあたってもらいたい」


「なるほど、柔軟に動ける部隊の方が、帝国軍の奇襲や裏工作にも対応しやすいですね」


ビアンカが冷静に分析する。


「うむ。帝国軍は正面突破だけではなく、地下道や夜襲を使った戦術を得意としている。もし敵が砦内に侵入すれば、こちらは大きな損害を被ることになる」


「砦に地下道が?」


私は驚いて尋ねた。


「そうだ。古い記録によれば、この砦の地下には王国軍が作った脱出用の通路が存在するらしい。クソッタレなことに、それを着任そうそう聞かされた。だが、今更それを封鎖している余裕も無い。しかも、あまりにも古く、どこにつながっているのかは不明だそうだ」


「敵がそれを使う可能性もありますね」


フランチェスカが慎重な表情で言うと、レオポルド准将はゆっくりと頷いた。


「まさにそれだ。すでにいくつかの偵察隊を送ったが、一部が行方不明になっている」


「……!」


場の空気が一気に引き締まった。


「なら、我々の役割は内部の防衛と、地下通路の調査ですね」


アンジェリナ大尉がそう結論を出すと、レオポルド准将は満足そうに頷いた。


「助かる。王国軍の本隊が到着するまでは、この砦が最前線だ。何としてでも持ちこたえなければならん」


「了解しました。特殊魔導小隊は迅速に配置につきます」


アンジェリナ大尉が敬礼し、私たちもそれに倣った。


「じゃあ、さっそく砦の内部を確認しながら、配置を決めようか」


カール曹長の号令で、私たちは砦内を回り始めた。


砦の中は広く、石造りの通路が入り組んでいる。兵士たちは戦いに備えて武器を整え、準備を進めていた。


「ここの壁、結構崩れかけてるな……」


スカーレットが砦の一部を指さす。


「修復の時間はなさそうですね」


マリアが慎重に周囲を見渡す。


「なら、せめて魔法で補強できる場所は補強した方がいいな」


ビアンカが頷く。


「私がアースウォールで補強しますわ」


フランチェスカが申し出ると、カール曹長が満足げに頷いた。


「頼む。スカーレットは魔法で支援を、サンドラは前線の魔導兵たちと連携して、魔法障壁の設置を手伝ってくれ」


「了解!」


「任せて!」


サンドラとスカーレットがそれぞれ動き出す。


「私は負傷者の治療と、魔力の維持を優先します」


私は医療テントを確認しながら言った。


「それでいい。リナ中尉、あなたの魔法はここにいる誰よりも貴重ですからね」


カール曹長が優しい笑みを浮かべる。


「はい!」


砦の準備が進む中、私はふと遠くの空を見上げた。


帝国軍が来るのは、明日の夜明け。


「……やるしかない」


私は短槍を握りしめ、決意を固めた。


砦の準備が着々と進む中、日が傾き始めた頃だった。


「リナ中尉!」


見張り台にいた王国兵の一人が、大きく手を振って私たちを呼ぶ。


「どうしました?」


私たちはすぐに駆け寄り、見張り台から遠方を見下ろした。


「帝国軍の本隊ではないが、偵察部隊らしき動きがある」


兵士が指さす先には、夕日に照らされた荒野が広がっていた。


「……確かに、不審な動きがありますね」


ビアンカが遠視スキルを使いながら慎重に観察する。


「20人程度か。騎兵と歩兵の混成部隊だな。装備を見る限り、斥候部隊かもしれない」


「ふむ、つまり、まだ本隊ではないけれど、砦の防衛状況を探りに来ているということですわね」


フランチェスカが冷静に分析する。


「どうします? 迎撃しますか?」


カール曹長が尋ねると、アンジェリナ大尉が迷いなく指示を出した。


「こちらの戦力を悟られたくはないが、彼らを逃せば砦の詳細を報告される可能性がある」


「ならば、奇襲をかけて殲滅するのが得策ですね」


ビアンカがすぐに理解し、弓を手に取る。


「リナ中尉、私たちの小隊で出撃しましょう」


「了解です!」


私は短槍を手に握り、フランチェスカやビアンカ、サンドラ、スカーレットと共に砦の外へ向かった。

月が昇り始める中、私たちは静かに砦の外の岩陰に身を潜めた。

帝国軍の偵察部隊は、砦の様子を伺いながら、慎重に進んできている。


「今よ!」


ビアンカがウィンドブレードを発動し、敵の騎兵の一人を吹き飛ばした。


「敵襲だ!」


帝国兵が驚愕する間もなく、サンドラのファイアーアローが敵の陣形を乱す。


「行きますわ!」


フランチェスカが大剣を振り上げ、敵兵の一人を叩き伏せる。

私は短槍を構え、敵の歩兵と対峙する。


「チッ、小娘が……!」


敵兵が剣を振りかざし、突進してくる。


(動きが単調……隙あり!)


私は足を踏み込み、短槍を素早く繰り出した。


カンッ!


金属がぶつかる音と共に、私の槍が敵の剣を弾く。


「なっ……!」


敵兵がバランスを崩した瞬間、私は短槍の石突きを彼の腹部に叩き込んだ。


「ぐっ……!」


敵兵が崩れ落ちるのとほぼ同時に、別の騎兵が突進してきた。


「リナさん、下がって!」


スカーレットが叫びながら、ウインドカッターを放つ。


「ありがとう!」


私はすぐに体勢を立て直し、槍を構え直した。


戦闘は一瞬で決着がついた。

帝国軍の偵察部隊は、王国軍の防衛体制を探る前に壊滅した。


「ふぅ……なんとか間に合いましたね」


ビアンカが矢を戻しながら息をつく。


「これで、しばらくは帝国軍に砦の詳細を知られずに済むでしょう」


フランチェスカが剣を収めながら言った。


「とはいえ、帝国軍本隊の到着は明日の夜明け。まだ気を緩めるわけにはいきませんね」


私はそう言いながら、月光に照らされた戦場を見つめた。




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