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苦痛



エニグマは目を覚ます。太陽の昇り具合からしてもう朝は終わっているのだろう。起きた時には既にライトは居なかった。ただ妹の匂いだけがベッドに残されている。きっと何か作ってくれているのだろう、腹も減ったし丁度いい。台所に行ってちょっかいをかけてこよう、そうしてエニグマはベッドから立ち上がり、ドアノブに手をかけ扉を開けた瞬間だった。


「……起きたんだ」


「ぉぅ」


目の前にライトが居た。片手に握られた皿には林檎と梨のうさぎが数匹乗っていた。早速ひとつ貰おうとした時、エニグマはライトの細やかな異変に気がついた。ライトの視線がずれていたのだ。そこで昨夜の出来事が脳裏を過ぎる、珍しく弱々しい声を出して自分に甘えてきた妹が目の前の妹と重なる。


「………もう大丈夫か?」


「……うん、ごめん」


「別に」


「最近、部屋に蜚蠊ごきぶりが出るんだ。しばらく姉さんの部屋で寝させてよ。床で良いから」


「……お前の速さなら仕留められるだろう」


「気づいたら身体が廊下に出てるんだよね」


「………わかった。後で仕留めて食っておく」


「汚いから食べるのはダメ」


「ぐむぅ」


ライトはエニグマの澄んだ顔をしばらく見ていたがちゅ、とその口をエニグマの口に重ねて


「ほら、朝から何も食べてないんでしょ。これ食べなよ」


うさぎが乗った皿をエニグマに半ば強引に押し付けて、そのままどこかへ行ってしまった。エニグマは首を傾げながら、うさぎを一匹頬張った。



――――――――――――――――――



「ライト姉さんって本当にエニグマ姉さんのことが好きだよね」


「…………」


あの後、姉から距離をとったのは良いものの、どうするかまでは考えていなかった。暇になったのでライトは妹のファントムが居る地下室にまでやってきた。相変わらず妹はベッドでごろごろしながら本を読んでいた。


「どうせ昨日もしたんだろ」


「……してない、多分」


「うわ、姉さん達がいちゃいちゃしない日なんてある? 明日雪降るんじゃないの?」


「そこまでのことなの?」


「事実じゃん。ライト姉さん、エニグマ姉さんのこと大好きじゃん」


「……今夜は部屋に入れてくれるかな」


「ん? 入れてくれるでしょ。ああ、そういえば蜚蠊出るんだっけ? 入れてくれなかったらこっち来ると良いよ。その間に蜚蠊殲滅させておくから」


「ファントムがやると部屋が穴だらけになりそう」


「マシンガンは使わないから大丈夫、グロックでぶち抜くから」


「拳銃を使うなって言ってるの」


「毒餌なんて効率悪いじゃん、こういうのは短期決戦だよ」


「はいはい」


「……ところでライト姉さん、その手首どうしたの?」


「…………さっき包丁使っててさ。皮剥いてたら思い切りやった。りんごの皮剥きって難しいね」


「うっわ、痛そう」


「そんなに痛くなかったかな。ま、もう血は止まったし良いじゃん。それより、そろそろご飯だから上行こう」


「はーい」



――――――――――――――――――



エニグマはライトからもらった果物を食べ終わった後、ずっとベッドの上でごろごろしていた。暇だし寝るかと思った時、腹の上に重みを感じた。子猫だった。


「にゃあ」


一体全体どっから入ってきたのか、部屋を見渡すと窓が少し開いている。


「なるほどな、そこからか」


猫は頭さえ入ってしまえばどこへでも行ける生き物だからな。


「………何だ、腹が減ってるのか。あいにく飯は既に終わった」


「にゃあ」


「………仕方ねぇ、適当に獲ってやるよ」


エニグマは重い身体を起こすと、近場にある川へと向かう。




「今から魚を獲るから降りろ」


「にゃ」


「降りろっつってんだよ」


しゃがんでも降りる気配を見せない。抱いておろそうとすれば爪を立てて拒否をする。


「おや、仲良しだね」


「!」


「姉さんが、そんな早く誰かと仲良しになるだなんて珍しい」


振り返れば、そこには妹が居た。


「仲良くなった覚えはない、腹いっぱいにしないと帰ってくれないからだ」


「そうなんだ、食べ盛りな子なんだね」


そう言うと、ライトは子猫を優しく抱いた。


「ほら、これで魚が獲れるでしょ………いたっ、引っ掻かなくても良いじゃないの!」


「にゃあ!」


「ブレイズと違って可愛くない子だね! そんなんじゃ姉さんに好かれるわけないよ!」


「何を言ってるんだお前………あんまり虐めるんじゃないぞ」


「そうだね、姉さんは幼気な子を痛ぶる趣味はないもんね」


「……はぁ」


子猫の頭を撫でるライトを背後に、エニグマは川の前に立つ。川の中を凝視しつつ、右手を天高く振りかぶると、川の中に突っ込んだ。


「姉さんは凄いね」


エニグマの手の中で暴れる大きな魚を見てライトはそう言った。子猫がライトの腕の中から飛び降りて早くその魚を寄越せとせがむ。エニグマは魚の頭を捻じ切ると、子猫の前に乱雑に投げた。そのまま子猫は魚にかぶりつく。


「ねぇ、姉さん」


「………何だ」


「姉さんは、自分でする時、誰を想像するの?」


「………」


「私はね、姉さんだよ。姉さんに攻められたり、姉さんの手を想像したりするの」


「………へぇ」


「姉さんは、誰を想像するの?」


ライトのその問いに、エニグマは答えるかわりにそっとキスをした。背中にぞわぞわとした感覚が走る、頬を掴まれればちゅ、ちゅと音をわざとらしく立ててきた。


「ん、は、」


上唇を舐められれば、身体が震えた。姉とキスをすると脳が痺れて気持ちいいんだ。


「……いつのまにか食い終わったみたいだな」


視線を移すと、そこにあったのは魚の骨だけ。


「……先に戻っているからな」


そうして姉は行ってしまった。ただひとり、ライトは取り残される。


そして考えるんだ、姉は、自分のことをどう思っているのかと。私はただの妹でしかないのか、それとも………


(手首が痛い……)



―――――――――――――――――



「電気くらいつけたら?」


「暗い方が良いんだ」


そうして、エニグマはライトに手を差し出す。ライトは首を傾げながらも、その手を取る。するとエニグマはその手を引っ張ってベッドにライトごと飛び込む。


「わっ」


「…………」


エニグマは何も言わず、ライトの胸に顔を埋める。どうやら疲れてしまったらしい。よしよし、と頭を撫でつつ、ライトは言った。


「さっきの続きなんだけど。姉さんにこの身体を支配されてるのを考えるのが一番好き。でも、今日はしなかったよ。するのなら姉さんとが良い。一人でするのは姉さんとできない時にする」


「………私は」


「?」


「……なんだか、よくわからない。もやもやして、気持ち悪い」


「わからないなら、わからないで良いよ」


「………ごめん」


エニグマはライトのことを抱きしめる。きっと、これからも続くのだろう。ライトが一方的に姉を愛するだけのこの関係は。


「……心臓が、痛い」


どきどきしている。よくわからない、気持ち悪い、けれどそれだけは確かだった。心臓の音がはっきり聞こえる。力強い脈動は未だに慣れていないから、ズキズキと、破裂してしまいそうな鈍い痛みがエニグマを襲う。


エニグマがうとうとし始めた。ライトは寝かせてあげようと、優しく姉を撫でる。


「……ライト」


「ん?」


眠りに落ちる直前、姉は言った。


「愛している」




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