哀愁
「あのね、姉さん」
「どうした?」
「ずっと、変わらないと思ってたんだ」
「何が?」
「ずっと、変わらない。私は姉さんの妹で、姉さんは私の姉さんなの。今までも、これからも、それは変わらないって思ってたよ」
ライトに呼ばれたので、エニグマはライトの部屋に向かった。部屋に入った途端、こんなことを言われた。よくわからなくて、エニグマは首を傾げる。
「私は、お前の姉さんだ」
「うん、わかってる。姉さんは姉さんだ。生まれた瞬間からこの特別な関係は変わらない」
「そうだな?」
「私はずっと姉さんを姉さんだと思っていたよ。心から尊敬する、大好きな姉さんだって。でもね、わかっちゃったんだ。私は姉さんが大好きなんだって」
「………?」
妹が言っていることがよくわからない。エニグマはきょと、とした表情でライトを見る。それに対してライトは甘ったるい微笑みを浮かべてエニグマに近寄る。エニグマはライトから感じられる、よくわからない、けど決して良いものとは言えない何かを感じて後退りをする。しかし、やがて壁にまで追いやられ袋小路に遭う。ライトはむに、とエニグマの身体に自身の身体を重ね、押し当てる。
口の中が潤っていく。この状況に興奮していると理解できた、目の前には生まれてからずっと尊敬し続けた姉が居る。ずっと愛し続けた姉が居る。綺麗な髪、硝子細工の左目、柔らかい唇、無垢な表情、あぁ、全てが愛おしい。
「ねぇ、姉さん」
「うん」
「私は姉さんとずっと同じところに居たいよ。姉さんが居ないと嫌だよ」
「私が居ないと? 私は居るだろ、何も問題ないじゃないか」
「あはは、やっぱり姉さんは姉さんだね」
「ライト、今日は様子がおかしい」
「きっと、これはおかしいことなのでしょう。周りは私達を見下し、軽蔑するでしょう。私達が、本当の意味で血の繋がった姉妹なら、こんなことは忌諱するものとして、忌み嫌っていたのでしょうか。それともそんなことは関係なしに愛し合っていたのでしょうか?」
「……私は私で、ライトはライトだ。私達がいいのなら、それで良いと、私は思う」
「…………」
「……ライト、ほらおいで」
エニグマはライトの手を引いて、ベッドにまで連れて行く。そのまま強引に横になって、ライトの頭を撫でる。それをされると心が安堵の気持ちでいっぱいになるし、姉のその少し低い声はどこまでも温かくて優しくて、心地よさのあまり身体から力が抜けていくのだ。
「大丈夫だから」
「…………」
「ライトを置いていったりしないから、ずっと一緒だから」
「…………」
「お前も姉さんを置いていかないでくれ」
ライトはエニグマを見る、エニグマはライトを見る。姉を見ていると、本当に姉は嫌われ者だったのかと思ってしまう。だって、こんなのただの幼気な少女と変わりないじゃないか。私だって、普通の子よりも身体が頑丈なだけで、きっと同じだろうに。
あぁ、貴方と一緒に居るとどうも感情がぐるぐるに渦巻いていく。
どうしようもなく目の前の姉が愛おしい。
どうしても目の前の姉が欲しい。
そうだ、貴方は私の姉なのだ。
そして、私は貴方の妹なのだ。
なら、我儘のひとつくらい聞いてくれるだろうか。
「ねぇ、姉さん……私だけの姉さんになってよ」
その言葉の後、エニグマがライトの手首を掴み、ベッドに組み敷く。左目が小さくなったり大きくなったりをくりかえしていた。真正面から、一切視線をずらさず妹を見る。
「お前『だけ』っていうのは……無理、かな」
「………そっか」
「お前に……彼氏?とかは居ないのか。人間は私達のような年頃になると、そういう者を作ると書物で学んだ」
そんなの、考えたことすらなかった。目の前の女のことしか考えていなかったから。逢瀬とやらも、駆け落ちとやらも、するなら目の前の女とが良かった。姉の視線から逃げるだけで、何も答えないライトにエニグマは大きく息を吐く。
ライトはエニグマの背中にそっと腕を回して、引き寄せる。エニグマも同じようにライトに腕を回すと、隙間が一切なくなるほどに密着した。そのままエニグマはライトの肩に顔を埋めて動かなくなる。
「私は……」
「うん」
「お前の……」
「……姉さん?」
姉の言葉が揺らいでいる、少し混乱しているみたいだ。ライトは姉の頭を撫でながら、自分達を照らす月の姿を見る。あぁ、なんて綺麗なんだろうか。思わず見惚れてしまうほど、今日の月は狂っている。
人並みでない私に、人並みの幸せが掴める日は、くるのだろうか。