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詩「父と温泉」

作者: 有原野分

湯煙。を構成している極小の科学的水蒸気のその一つ一つが宇宙だったと実際の分子をかき分けかき分けしているうちにぼくは知った、父に連れて行ってとせがんだ山間の温泉。の露天のその淵で、根本的な暗闇を包括している夜空に見つめられながら、ぼくたちは裸。だった。

――距離は、問題ではない……

問題は煙のように不透明な心。の機微だったといま思えば思えるのだがそう思うまでにもたくさんのことを思ってきたから思うということにいつまでも思われていることがぼくはもう我慢がならなかった、だっただろうか?

(実際に、煙に色はない――)

棘を夢想する湯。の効能に溶けていく脳とそれに付随する妖に煮詰まった言葉にできない冬と春の披露宴に父はいつになっても姿を見せなかった、岩。の一部になりたいと思うほど凝視した岩。に雨でも降ればいいのに、塊、煙の如く空にまで届かない手のひらの声だったとして、


痺れる境目に

黄昏の余韻が染み込んでいく

回転する背骨だ

少しだけ海の香りがするのは

僕たちの家が海の上にあるからだろうか


父は

その背中に

鱗を残したまま

湯の中に沈んでいく


追いかける春

足踏みをそろえた時間が

顔を火照らしていく


夜空に浮かぶ海が

真っ逆さまに落ちてくる

僕たちは息を止めて

死んだ兄弟を迎えに行く


汽笛が鳴った――酒の向こう側に

不幸せだった頃の泡に――電車は滑り込んでいく――?


魚。だと思っていた全身で呼吸をするように熱を帯びた細胞の一つ一つが時限爆弾だった過去、父の人生と自分の人生を重ねたときに現れる差異こそが歴史の結果だと僕は父の背中にある鱗を洗いながら湯の効能を考察する。

「ああ、雨だ」

圧縮された重たい空気。は自身に宿した重力のせいで徐々に徐々に丸くなってしまうその姿を例えばある銀河だとすると天体はいつだって手の届かない背中に隠れているのかもしれないとそのときふと思ったのだけれど、

「雨、だね」

湯煙。とは別次元のその小さな塊は確かに空から降ってきた一つの宇宙であり、確かに僕たちの体から熱を奪っていくから、肩、その下を湯の中に避難させたとき、父の人生が溶けだしたのか僕はあふれでる涙。を飲み込ん

 で詩を書いてみようとふと思ったのだった――。


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