【9】 御神酒徳利(おみきどくり)
夜会の翌日、第2王子からソレイユ宛てに手紙がきた。
内容は「近日参内するよう」で、日取りと時間が指定してあった。有体にいえば「呼び出し」である。
ソレイユが第1王子の母マルグレーテの実弟であろうと、家臣には違いなく、これを無視することはできない。
やや気をひきしめて王城に出向くと、明るい茶色の髪をした第2王子イアンが、不敵な笑みを浮かべて迎える。
(お気に入りの従姉妹伯母の相手が気になるのかな?)
いつもの無表情で接するものの、不思議なもので、ルナリアが可愛く思えてくると、この甥っ子のライバル王子もなんだか可愛らしく感じてくる。とはいえ、おたがい陣営を異にする者同士、まだ油断はできないのだが。
「夜会の話をききたくて。」
とイアンが切り出す。
そこへ、荒々しい音をたてて、第1王子レグルスが乱入する。
「イアン、叔父上に何の用だ?」
声を荒げるが、ふてぶてしい弟王子の様子に、兄王子も苛立ちを隠そうともしない。
「下がれ」の一言でその場の使用人やら、従者やらをすべて退出させた。
ソルシェ公爵がいるということで第1王子の側近は安心して退出したが、第2王子の居室とはいえ、従者は不安げだ。
(この場合、第1王子に茶をいれるのはわたしだろうか?)
思わずわけのわからない思考にひたってしまった。
3人だけになると、第1王子はさっと第2王子の隣に腰をおろした。
第2王子もあらためて椅子に座り直し、なんだか妙に手慣れた様子で茶を注ぎ、さっとレグルス王子とソレイユの前におく。
ころっと態度を変えて二人の王子が語りだす。
「叔父上、ルナリア嬢と夜会出席したって聞いた~」
「ソルシェ公爵とルナリア姉様、めっちゃ仲良かったって噂になってるんだけど~」
そこんとこくわしく、とか言いながらニヤニヤしくさる。
あれ?
(お前ら実は仲いいの?)
並んだところをしげしげみると、なるほど兄弟というか、双子のようによくにている。
「王命ですから」
「あ、逃げた」
「逃げてないの!むしろ正面から政略結婚に立ち向かってるでしょ。話し合って居心地よい家庭を作るんです。」
そうなんだ、話合えたんだ、良かったね、と血のつながらない方がウンウンうなずく。
(もしかして従姉妹伯母ちゃん好きだったりした?)
率直に訊ねると「うーん」と小首をかしげる。
「ルナリア姉様嫌いじゃないけど、王族として政略結婚予定だし」
自分だったら王配婿入りも可能だとのたまう。
「そんなこと話ちゃっていいのかな?」
「いつかツナギとろうと思ってたの」
と甥っ子が言う。
「で、ルナリア姉さまと仲良く暮らすつもりあるなら」
第2王子派ともいつか和解の芽があるかも、とか期待したんだよね、とお互いの顔をみてうなずき合う。
「・・・・・」
思わずしみじみ二人の王子の顔を見てしまったソレイユだった。
昔々。
現国王ルドヴィカは王太子時代、母王妃の侍女であった子爵令嬢ミアンナとほのかな恋心を抱きあっていた。
もちろんお互い自分の役割を心得ていたし、なにかあったわけじゃないけれど、傍から見たらこいつら好き合ってるなーというのが丸わかり。
王太子はすでに、ソルシェ公爵家の公女マルグレーテと婚約が調っていたので、かわいそうなカップルと言える。
ああ、お互いに釣り合う身分だったらね。
もちろん当時ルドヴィカはマルグレーテときちんとお付き合いしていた。
けれど、他に好きな女性がいたらどうしたって、差分は出てしまうし、口さがない宮廷スズメの噂にもなる。
ルドヴィカとミアンナはそれぞれに弁えていて、決してマルグレーテに何か言ったりしなかったが、だからって彼女が苦悩しないわけはない。
自分がいなければすべて丸くおさまったのだろうか、と涙する姉を「そんなことはない」となぐさめながらも、ソレイユだって思うところがないわけでもない。
色事と遠く離れた生活を送っていたのも、いつかくる自分の政略結婚のためにも「好きなひと」など要らん、と心のどこかで怒っていたのかもしれない。
レグルス王子の出産時は大変な難産で、マルグレーテは命も危なかった。
幸い母子ともに無事で、産まれた子は男の子で元気に育ち、ソレイユは安堵したものだった。
だが医師からは「王妃様は今後赤ちゃんをのぞめない」と宣告されてしまい、周囲はこれ幸いとルドヴィカの想い人、ミアンナを側室に推挙したのだった。
やあ、これで本来のカップルが幸せになれる。
・・・・って、バカなのか?
新しい地獄の始まりじゃねえか。
おめでとうございますの嵐の中、笑顔の裏で心中唾を吐いた。
姉は世継ぎたる健康な男子を出産したにもかかわらず、次の子供を授かる見込みがないというだけで、まるで無能のような陰口をたたかれた。
ミアンナ嬢はミアンナ嬢で、マルグレーテとルドヴィカが結婚したときに自分自身を納得させたはずだったろうに、美しい恋の思い出どこへやら。
「側室」という名の公式な日陰者に成ることが決定してしまった。
二人が現在も一緒になりたいかどうかわからないのに、まるで国王も種馬だ。
でもこの頃のソレイユはやはり主に自分の姉の側からしか物事を見られなかった。
今思えば義兄ルドヴィカの心中いかばかりだったか、ミアンナ妃の胸中にどんな思いがあったか、さらに二人の王子がいままでどんな気持ちで育ってきたのか。
あえて見えてないふりをしてきたかもしれない。
(なんかごめん。)
ついつい目の前のふたつの頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
「叔父上不敬~」
やかまし。うれしそうにスンナ。
第2王子もなすがままになってる。
うん、3人だけの場だったらおまえも「おいちゃん」呼びしていいかんな。
「つかルナリア姉さまって凄腕。」
「んだね。マジでどうやって落とされたの?」
「あのね俺らもうハニトートラップ防止のための教育始まってるの」
「だから、あんなに塩対応してた叔父上があっさり陥落したのみて」
「「正直危機感募らせてるの」」
最後はハモられた。
そう言われては仕方ないので、妻になる人のプライバシーに配慮しつつも、ルナリア嬢の家出騒動から今日までをかなり包み隠さず打ち明けた。
「おばちゃんになる人ってかわいい人だったんだね。」
「よかったねえ」
年齢に似あわない妙に老成した二人の子供からの祝福に、ちょっぴり胸が痛んだ。
今自分は「すきなひと」と大きな障害なく結婚できる。
そりゃあ、敵対する派閥のトップ同士、やいのやいの周囲が言ってくるのはあるが、王命で「仕方なく」結婚する体裁が整っているので、むしろ破談にする方が難しい。
本当に幸いなことに、自分はルナリアの人となりが好ましいし、ルナリアもソレイユに嫁ぐのは嫌ではなさそう。
・・・・・ないよな?
大丈夫だよな。
この間いきなり距離つめたけど、実は嫌だったとかないよな?
親しくなりたての恋人らしい、ちょっとした不安はあるけれど、胸に彼女への愛おしさがこみあげる。
(彼女と幸せに暮らそう。)
そうすることが、二人の王子の未来にも、ひいては姉の家庭にもいいような気がした。
そっくり双子を「お神酒徳利」と表現なさった、宮部みゆき先生の「ステップ・ファザー・ステップ」よりタイトルを。あんな美しい日本語で文章が書けたらいいな、と思います。