【7】 名残惜しすぎ
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
初回のお招きということもあり、ドリアード侯爵家の夕食に間に合うよう帰す約束だ。
名残惜しすぎて馬車の前でぐずぐずしてしまった。
「うちで夕食までってわけにもいかないだろうね」
暗くなってからの道中は危ないし、侯爵家もいい顔はしないだろう。
「次は昼食から呼んでいいかな?」
「はい」
気の利いた言葉を返したいが、目を見つめて「はい」としか言えない。
(ソレイユ様はわたくしの気持ちをわかってくださるだろうか?)
うん、ソレイユがわからなくても、使用人みんなわかってるから大丈夫。
なかなか馬車の方に体をむけず、後ろのソレイユをじーっとみつめて佇んでるし、目がなんだか潤んでる。そして、来たときよりも表情がやわらかくなってるのはきっと気のせいじゃない。
ねえねえ、お嬢様やっぱり第2王子派の凄腕の刺客だったりしない?
ちなみにこのときソレイユの頭の中は「キスしようかどうしようか」で、いっぱいだった。
婚約者なんだから、お別れにキスくらいしてもいいんじゃね?
いやいや、まだ2回目よ?
よく考えたらまだ前回はじめてあったばかりよ?
うわ、自分でびっくりだわ。ダメだろう、ふみとどまれ、自分。
ちょっと肝が冷えたところでようやく「気をつけてね」と体を引く。
「はい、ありがとうございます。」
品よく頭を下げ、しずしずと馬車に乗り込むのに手を貸す。
その際ルナリアが軽くこけそうになり、それを抱きとめる。
(役得!)
うん、使用人にさせなくて良かった。
「大変失礼を・・・・」
「緊張して疲れたんだよ。」と労わる。「手紙書くよ」
(うれしい)
「でも」とルナリアの表情が曇る。
(検閲されるのを心配してるのかな?)
「わたしけっこう手紙うまいよ?」とにっこりしてみせる。
*
翌日、到着した手紙は超事務連絡だった。
夜会の日時に始まり、ソレイユがルナリアを迎えにきて送り届けること、ドレスの支給日程。
当日身に着ける宝石の貸与について。
なるほど、これなら親に読まれても照れるようなこともない、とルナリアは感心してしまった。
父、ドリアード侯爵は、ソレイユをとんでもない朴念仁であったかと妙な表情をする。
「ソルシェ公爵はお前が気に入ったと思ったのだがな」
宝石は貸与か、と難しい顔でつぶやく。
しかしルナリアはジュエリーが新品でなくとも気にはならなかった。
何しろ王家の血筋に連なる公爵家である。その所蔵品が並大抵の品であるはずはなく、ソレイユはきっとなにか自分を驚かす趣向をこらしているのだろう、とドレスの手配をおとなしく待った。
ソルシェ公爵家からの依頼で参りましたという、仕立て屋が到着したのは翌日のことであった。
なにはなくとも、まず採寸。
そしてドレスを着るご令嬢の雰囲気など、初回は大事な情報収集タイムである。
黒い髪のルナリアは美人であるし、正直何を着ても似合うので、母親の趣味で作られたドレスもそれなりに似合っていた。
が、見本として持ってきた端切れや、デザイン画を見せたところ、令嬢は、今着ているワンピースとは真逆な、ふわふわの生地や流行りのスタイルを好むようであった。勿論今着ているワンピースも渋い色合いで品が良く、生地もしっかりしている。が、ややデザインが古めかしく、申し訳ないが彼女の祖母の時代の流行に近かった。それを普通に着こなすとは、美人というのはすごいものだと職人も感心した。
そして案の定、同席した母親が口を出してきて、これまでのスタイルに近いものを作る話にもっていこうとする。
「申し訳ありません。ソルシェ公爵様の礼装に合わせたものを作るよういいつかっておりまして。」
デザインはほぼ決まっているのですと、さきほどルナリアの反応が一番良かったものを指さす。
「仕方ないわね」
渋面を作る母とは逆にルナリアの表情がなんだか明るいようだ。
巷のうわさでは、ソルシェ公爵とドリアード侯爵令嬢とは政敵同士でお互いにしたくもない政略結婚らしいが、ソレイユからは「なるべく令嬢自身が着たいようなドレスを作ってあげてほしい。」と言われていた。
世間の噂と、ソレイユの言葉。そして令嬢と母親、4つの情報を組み合わせた結果、仕立て屋はソレイユの令嬢に対する好意を確実に感じとった。
仕立て屋の工房は公爵家令嬢時代の王妃のドレスを担当していた。
王妃となられてからは王宮の専門部署が彼女のドレスを作るので、彼の出る幕はないが、時々こうして良い仕事を斡旋してもらえる。その信頼にできる限りいい仕事をして応えたいと彼は常日頃思っていた。今回王妃の弟君にあたるソルシェ公爵が婚約者にドレスを贈るにあたって、王妃から紹介があったことに少なからず驚いた。なにしろお相手の令嬢は第一王子の母である王妃から見たら、ライバルの一派の筆頭の家の娘であったから。
実のところ王妃マルグレーテは、王命の婚約にも関わらず、ソレイユがルナリアを無視し続けることに危機感を抱いていたのだ。実家であるソルシェ公爵家は第1王子の一番の後ろ盾となる貴族である。その当主のソレイユが頑なな態度を取り続けることを、夫である国王陛下は決して面白く思っていない。この上、令嬢との結婚話が流れたり、結婚後に妻を虐げたりするなどのうわさが立ったりしたら、立太子の致命傷になりかねない。
本音をいえば「おとなしく結婚しろ」「夫婦円満は無理でも普通にやってけ」である。