【4】 キスのあなたの空遠く
「本をお贈りいただきありがとうございました。」
「ドウイタシマシテ・・・・。」
(うあー感想キター!)
もしやわたしは虫けらを見るような目で見られてしまうのだろうか。
焦る心と裏腹に、ソレイユは凛々しく目線を彼女へ向けた。
心中はいっそもう罵ってくれ!と頭を抱えているのだが。
「とても、面白うございました・・・・。」
ルナリアは静かにそっと語った。
(おや?)
なんとなくだが、エロ小説を目にした女性の反応とは違うような。
「それは良かった。」
「はい。銀の髪の貴公子様がソルシェ公爵のように思えて・・・。」
口に出してから、恥じらってしまったようだ。
最後まで言葉が続けられなかった。
(あー、えーと。あの「絶倫」で、ヒロイン「抱き潰して」朝まで腰振ってるオトコね・・・・。)
いやあ、リアル男性としては1回「出し」たら、満足して寝ちゃうような気がするんだが、すげえよな、寝ずに一晩て。
これはもしや、高度な嫌味か?とルナリアの顔をのぞき込む。
しばし見つめ合ったのち、ルナリアは恥ずかしそうに眼を伏せる。
実はえっちな話大好きなビッチだったりする?
「もうしわけありません。実は・・・」
しおりをたくさん挟んだ件の本がテーブルの上に出てきた。
ふぼっ!
かろうじて口から茶が噴き出すのをこらえた。
「お恥ずかしいことですが、わたくし物語を読むの本当に久しぶりで」
子どもの頃読んだ、「しらゆりひめ」で止まってるのです、と言葉を続ける。
「わからないところがたくさんあって。でも恥かしくて、家庭教師にも侍女にもきけなくて。」
やめてー。
(良かった誰にも見られなくて!)
彼女の言う「恥ずかしさ」は内容のエロさではなく、己の知識のなさ、である。
わたしの婚約者がピュアである。
実は誰にも見られなかったわけではなく、ルナリアの侍女が掃除の真っ最中に夢中で読み耽っていた。ただ、きちんと仕事をするタイプだったので、最後まで読めず後ろ髪ひかれながら仕事にもどったのだ。
(お嬢様がお嫁に行かれるまでに読み終えたいものだ)
侍女がひそかにルナリアの部屋の掃除を積極的に引き受ける決意をしていることを誰も知らない。
「きっとお読みになったことと思いましたので」
おうかがいしてもよろしいでしょうか、と控えめに告げる。
純粋な瞳の「妻になる人」を見つめ返し、ソレイユは人生の岐路に立たされた。
ここで選択です。
婚約者にエロ小説を解説しますか?
適当に誤魔化しますか?
美貌の公爵様の明日はどっちだ!
*
ソレイユは決して腹芸のできない男ではない。
若いながら王妃の後ろ盾である実家・公爵家の当主である。政治的に難しい局面を乗り切った経験もある。
そのオトコが今、脂汗をかきながら選択をせまられている。
「すまない、ルナリア嬢」
突然謝られてしまったルナリアは、ソレイユの顔を窺う。
自分は何かいけない質問をしてしまったのだろうか。
「実は、その本。わたしの意図より、・・・・オトナ向けだったんだ。」
(まあ。)
「もっと・・・・、こう」
あんまり意味がないのに思わず身振り手振りで説明してしまう。
「清い恋の物語をあげたかったんだ。」
ルナリアは大きく目を瞠って彼の様子を見つめる。
「こんな閨のことが詳細に描いてるのじゃなくて・・・・」
(閨!)
ルナリアが目の前の本に視線を落とす。
本とソレイユを交互に見つめる。
「わたくしは、この本を読まない方がよろしかった・・・・のでしょうか」
「だって、楽しめなかったろう?」
楽しめないかと言われればそうでもない。
わからない場面は多かったけれど、ヒロインと貴公子が恋に落ちているのはわかったし、色んな事件を乗りこえて結ばれる様子もはらはらドキドキしたものだ。
別に全編閨に始まって閨に終わったわけではないし。
「もしかしたら、はしたないと思われるかもしれませんが」
と恥じらいながらも正直に話そうと言葉をつづける。
「面白いところもたくさんございましたし、貴公子様がヒロインにお優しい様子はとても読んでいてほっとしました。だから、どうぞ、お気になさいませんよう・・・。」
(うちの嫁になる人、女神様なのかもしれない。)
ほっそりした手を両の手でぎゅっと握りしめて「ありがとう」と力強く言ってしまった。
隣国と戦争回避できた時に相手国の宰相と交わしたときもかくや、な親愛をこめた握手である。
鉄面皮なソレイユの家の使用人は、主に似たのかどうなのか、非常に「顔にでない」タイプがそろっている。
古参の使用人がそれで上手くいっているのを見れば、新参も前に倣うであろう。
二人のいるテーブルの前には、侍女長だけでなく、男性使用人筆頭の執事も控えており、この非常に微妙な立場の「未来のお嫁様」を観察に来ていた。
事前に、ドリアード侯爵令嬢の訪問に際しては、「丁重に」と言われてはいたが、この前、初対面をすませたばかりのはずの主が、令嬢の手を握っているのを見て使用人は無表情のままびっくり仰天。
(ご令嬢はもしや第2王子派が差し向けた刺客かもしれない)
ソレイユはといえば、緊張から解放されて安堵の気持ちでいっぱいだった。
本の失態について許してくれた。そうして今手を握っても嫌がる様子もない。
そうなれば。
(ちょっと調子に乗ってみようかな?)
「良かった。嫌われなくて。」
(なんと率直にお話くださるのだろうか。)
ルナリアは自分の前にあった、男性への警戒や恐れなど、たくさんあった壁が難なく取り払われていくのを感じた。
一度会って、その優しさに触れて喜びを憶えたが、やはりどこかで、会話の端々から父の動向を聞き出そうとされるのではないか、と疑いを捨てきれていなかった。だが、彼が関心を持ってくれているのはずっとルナリア自身のことであった。
(涙が出そう。)
「だったら」
今度は心持ち積極的に本を手にする。
「解説しようかな?」