【22】 ハッピーエンドの裏事情
「ルナリア!」
ソレイユの姿に安堵したルナリアはへたりこんでしまった。
「・・・ソレイユ様」
「大丈夫?!こわかったろう。」
大きな手がルナリアの頬をつつむ。
助かったのにうれしいのに、今になって恐怖が湧いてきた。
ソレイユ様に甘えたい。怖かったの、と訴えたい。
だが口に出たのはなぜか
「せ」
せ?
「せんたくを・・・・」
???
「・・・・そうだね、いやな思いしたときの服なんか洗っちゃいたいよね。洗濯なんかいいよ、捨てちゃおう!新しいの買ってあげるから。いますぐ仕立て屋呼ぼう。」
通じなかった。
通じはしなかったが、ソレイユがとても気を遣ってくれてるはよくわかった。
ルナリアはソレイユの胸にそっと手を置き、そのまま体を預けた。
ソレイユもまたルナリアの背中に手をまわす。
そうしてぎゅっと音が出るかと思うほどに抱きしめた。
「ごめんね。ごめんね。」
ソレイユは悪くないのになぜ謝るのか。
わからないが、彼が自分を案じていることは十分にわかった。
(どうやら洗濯の技術を習う必要がなくなったらしい)
ルナリアはそのまま意識を手放した。
*
「止めることができなかったことお詫び申し上げます。」
エレインの口添えがあり、ハンネスは通常の客間で尋問を受けていた。
だが、その前に全員「特別室」に入れられた。
当主に成る予定のないハンネスがおそらくどこの家にも設置されているであろう「特別室」を目にしたのは、これが「はじめて」。
公爵家のそれはトラウマになるかと思うような光景がひろがっていた。
ちなみに主犯のオスカーほか3名は、各家から迎えが来るまで「特別室」にいなくてはいけないらしい。
「・・・まあね」
いまだ苦虫をつぶしたようなソレイユが、不機嫌をかくそうともせず返答する。
(もっとはやく注進してくれていれば、ルナリアに怖い思いをさせることはなかっただろうに。)
とはいうものの、よくある若い令息同士の軽口が、まさか実行するとまで思わなかった、とか情状酌量の余地はある。
令息たちは、お咎めなしにはできないが、事を表沙汰にしたら、ルナリアが汚されたのではないかと噂になってしまう。
よって、各家に処分はまかせられた。
ソルシェ公爵家のさらなる怒りを買わないためにも、どの家もぬるい処分にはできない。
国境近くの騎士団や、親類の家に送って、病気などの態で幽閉か、はたまた「事故死」か、いずれもろくでもない末路が待っている。
アネモネは、嫁ぎ先が手を下すことになった。
本来は、実家であるカランコエ子爵家がせねばならない話だが、当主他家族の人物を聞くかぎり、彼らではアネモネを逃亡させかねない。
一度嫁ぎ、その後「病死」することになっている。
さらにそのあと、アネモネの妹が後妻に入る予定だ。
世間的には姉の死を悼む義兄をなぐさめているうちに見染められ、という美しい話になるようだが、
実際はカランコエ子爵家に対する「人質」である。
ほか、暇を出されたメイドのビリジアンは、実家に帰る途中「行方不明」に成る。
どちらもよくある話である。
以上の後始末をすべて手配した後、ソレイユは一番しなくてはいけない大事なことをすべく、立ち上がった。
ドリアード侯爵家への謝罪である。
*
ルナリアは未遂とはいえショックが大きかったようで、寝込んでしまった。
両親は彼女をそっとしておくどころか、やいのやいの、何があったか責め立てたが、ルナリアは「公爵様からご説明がありますから」というだけで、とうとう口を割らなかった。
ソルシェ公爵家からは、エレインが派遣され付き添いをしてくれたので、ルナリアは心静かに療養できた。
伯爵令嬢であるエレインがルナリアにかしづいている状況に、ドリアード侯爵夫人はいたく満足した。
なので第2王子派筆頭の家に滞在しているわりには、エレインの居心地は決して悪くなかった。
エレインからルナリアの回復状況をきき、満を持してソレイユはドリアード侯爵家に向かった。
そうしてドリアード侯爵家の最上の客間で人払いをすませたあと、
「大変もうしわけありませんでした」
侯爵と夫人に頭をさげ、2人の度肝を抜いた。
事の顛末を説明すると、夫人は蒼白になり、娘の純潔を心配した。
が、ドリアード侯爵は一言、
「そのぐらいの事件は起こると思っておりました。」
と静かに告げた。
*
応接に茶が運ばれ、夫人は退席し、公爵と侯爵ふたりだけになった。
「単刀直入に申し上げれば」
と侯爵は小声で話し始めた。
「第1王子派でこわいのはせいぜい貴方くらいだ。」
ソレイユが目を瞠る。
「第1王子様も決して暗愚でないと存じております。」
けれども、取り巻き貴族がアホすぎる、と吐き捨てる。
(ぐうの音も出ない。)
「このまま、第1王子様のまわりが現状で固められたら、どうにもできないアホ政権誕生。」
侯爵の毒舌も止まらない。
「それこそソルシェ公爵家だけのお力ではどうにもなりますまい。」
「・・・・」
「我々はただその1点だけで第2王子を推しているにすぎません。」
たしかに、相対した第2王子イアンは聡明であった。
第1王子と仲が悪いフリもできる利口さ、それは彼のバックグラウンドの賢さにつながりはしないか。
「貴方がルナリアを大事にしてくださっているからこそ、打ち明ける決心がつきました。」
もはや、手紙の検閲もバカバカしくなるほどに、バカップルでらぶらぶ。
(でも、検閲はしてんだ。)
侯爵を筆頭に、比較的身分が高いわけでもない貴族たちだが、決して王家に異を唱えているわけではなく、むしろ国の行く末を憂いての行動だったと淡々と話しをした。
「われわれ第2王子派が好きで血縁を推しているわけではなく、アホ貴族連中をどうにかしてもらえれば、第1王子様にお仕えするのにやぶさかではございません。」
アホって何回言ったかな。
まーいーや。
本音を言えば、ソレイユだってわかってはいたのだ。
自宅にたむろしている、令息たちのアホさ加減に。
今回のことは、第1王子派内の厄介者を粛清する機会になった。
正直ソレイユにとっては都合の良い出来事であった。
だが、それはルナリアの心の傷と引き換えにしてもやりたかったわけではない。
「令嬢を見舞っても?」
「・・・・喜ぶと思います。顔をみせてやってください。」
*
ルナリアは楽な服装ではあったが、軽く化粧もほどこしてソレイユを迎えた。
相変わらず美しいが、婚約者は少しやつれて見えた。
「大丈夫かい」
「もう起きてていいのか?」
「わたしのひざ元で怖い思いをさせてすまなかった」
言いたいことはたくさんあって、全部伝えようと思っていた。
でも、彼女の顔をみていたら、辛くて愛おしくて、たまらなかった。
もし彼女が汚されるようなことがあったら・・・。
その考えが浮かんだとき、ソレイユの胸中にかつて味わった、感じたことのない恐怖がわきあがった。
もしも、彼女になにかあったとしても、自分の気持ちは変わらない、とあの日思った。
その心に偽りはない。
だが、彼女が打ちのめされたら?
二度と笑えなくなってしまったら・・・?
それはソレイユにとっても身を切られるように辛い。
それでも、どんな変わり果てた彼女でも、すぐそばで面倒を見たいとソレイユ自身は思っている。
だが、それは決して許されないだろう。
ドリアード侯爵は、ソレイユのもとに娘を置いておくことないだろうし、
王妃も第1王子派のすべての貴族も、独身のソレイユが正妻に成る資格を喪ったルナリアを側に置くことを許してくれはしないだろう。
だから、ソレイユとルナリアは一緒になろうと思ったら、「円満」に「つつがなく」婚礼の儀を迎えるしかないのだ。