第8話 わー
※この物語はフィクションです。事実とは異なります。
「う゛っ゛…、カズキさん、少しニオイます」
「え…、まじっすか」
スーノは和希から男のニオイというものを感じていた。それもそのはず、このギルドはほとんど女性しかいないのであって、和希は1人浮いた存在であるのだ。
だが、性別の違いだけで漂わせるニオイにそれほど大きな差があるのかと言うと、一般の人が判断できるかどうかは分からないくらいの違いしか無いだろう。それを確固たる自信を持って指摘できるのは、ひとえにスーノの体質によってと言うのもあるのだ。
「どうすればイイ?」と和希が自分の手に負えずおどおどしていると、スーノはあるモノを取り出した。簡単!クリーン保持装置! である。
和希はパーカーを脱ぐ様に言われ、ハンガー型の装置に掛けておく。
「これで大丈夫です!」目を輝かせてある種の達成感に酔いしれるスーノ。和希も基本されるがままの人間のため、苦笑いしながら他の服を着ようとしていると、赤髪お姉さんが現れた。
赤髪が言うことには、また男物のアイテムを身に着けるなら意味が無くなってしまう。では、仕方ないことだが、和希が女装をして女の子の様に振る舞うことで脳のホルモン分泌を誤魔化し男のニオイが発生しないように気を付けるしかないのではないか、と。
和希はこの特に脳ミソを使った形跡の無い理論立てに反抗しようとしたが、赤髪の後輩であるスーノは純粋にこの理論を信じてしまい、期待のまなざしを和希に向けたために、2対1の構図で迫られた和希は遂には流されてしまった。
「今日の修業は【身体強化】を教えようと思うのだが、……どうしたカズキ、その恰好は」
草原に吹く風でひらひらとスカートが舞い、太ももを締め付けるニーハイと腰のラインを強調するトップス、男姿ではなかなか露出する機会のない腋の下やヘソ周りが大胆に晒されたその衣装に和希は苦悶する。
「もう……、何も聞かないでください…。今日の俺の尊厳は蹂躙されてしまいました。」
和希は赤髪に復讐の火を灯し、今だけは女の子の自分に涙をかみしめることにした。
隣にいるスーノも、さすがに申し訳なく感じ何か修業の手伝いになれることは無いかと思って付いて来たのだった。
「まあ、修業の妨げにならないのなら止めはしないが……、似合っているぞ……」
「う、うれしくないです……」
【身体強化】の習得にはコツが要るようで、マルスの指導のもと何度も挑戦をする。
発動自体は何とか行えるが、それを自分の体に合わせて維持し続けることが難しい。
スーノからも魔法の感覚という面で何度か助言を受け、実践的な特訓へ移る前に休憩を取ることにした。
「そういえば、もうすぐやる大会ってどういう風な大会なんですか?」
和希は渇いた喉で水を飲み込み、紅潮した顔や体を冷ましながら会話を投げかける。
「ああ…、説明していなかったか、簡単に言うと勇者を決める大会、名前はそのまま“勇者決定大戦”だ。」
「わー」
「この国では様々な武力を競う大会があるのだが、それらの優勝者を集めてその年一番強い奴を決めるのが趣旨だ。ここでの優勝者には『勇者』の称号が付いてくる。一年間だがな」
「へー」
マルスは質問に答えながらストレッチで体を伸ばす。
スーノは黒いマスクを外して水分補給をする。街中のニオイに当てられないように外出時には特注のマスクで口鼻を覆うらしい。
スーノは和希の隣でニコッと笑い、
「頑張ってください! “約束”、忘れてませんからね」
そんな会話を交わしつつ、誰からともなく休憩から立ち上がったとき、スーノはあることに注意を向ける。
スーノだけにしか聞こえないような、小さな足音が無数に聞こえてきたのだ。徐々に近くなる足音、だが辺りを見渡しても自分たち以外に人はいないのである。
「エイヤー!」「ソイヤー!」
そんなかけ声とともに、スーノの足元から数人の野生人のような風貌の者が現れた。彼らはスーノの腕や脚を持って頭の上に掲げるとエッサホイサとどこかへ走り去ってしまった。
登場から誘拐までの迅速な行動に、和希たちはただ見ていることしかできなかった。
「わぁっ! 師匠!! どうしましょう?!! スーノが攫われちゃった!!?」
狼狽える和希と対称に、マルスは腕を組んで思い付いたように手の平をぽんと打つ。
「ちょうどいい。カズキよ、お前がスーノを助けに行ってやれ。」
「え? 師匠はどうするんですか?」
「私は怠惰なのでな、この芝生の上で眠って、ユメを見ておくから助けは期待するなよ」
マルスは指で輪っかを作り、その中に空間を繋げる穴を生み出していた。
和希も努々諦めぬよう、見張られていると思って課外修業に励むことを決めた。
狙いすぎかしら