第7話 遂げ成し
※この物語はフィクションです。事実とは異なります。
遠吠えが酷烈に鳴り響く。
砂を踏み散らし逃げることしかできないのは、和希の無力さが故である。
後ろの方から無数の足音。耳に届く音が徐々に近くなる。
無我夢中で走るのは、ただ死にたくないという思いの渦中にいるからだ。
徐々に体が痺れてきて、思うように体が動かないとしても走り続ける。
そんな死の淵に立って、和希は足を一歩滑らしてしまった。
そのまま体は前方に投げ出され、段差に体をぶつける。
腹の底から喘ぎが漏れ、土に塗れたまま体は動かなくなってしまった。
西日が強く差し込む頃、マルスは倒れた和希を見ていた。空間に小さな穴を開け、片目だけを出している。
「どんな感じなの? 新入りくん。食らい付いてる?」
赤髪の女性はマルスの隣に接近すると、落ち着いた声で問い掛けた。
ああ…と簡素に応えて、赤髪にも見えるように穴を広げてみせる。
「うわぁ、ボロボロだぁ…」
画角の中の和希はピクリと体を脈打たせ、少しずつ体の震えが大きくなる。終いには俯いたまま瞳に涙を浮かばせた。
「ありゃぁ、泣いちゃった。まあそうだよね。あんまり戦いに出たこととか無さそうだったもん。昨日優勝したのはやっぱり偶然だったね」
「 ……。」
よく喋る赤髪とは対称的に、和希をじっくりと見つめるマルス。その視線は、和希だけではない誰かを見つめるようだった。
ふと、画角に魔物の群れが映し出される。
じりじりと和希を取り囲むように並んだ魔物は、今にも襲いかかる機会を伺っている。
和希もそれに気付いたが、気付くだけではもう遅い。
「あ~、助けに行こっか。死んだら強くさせられないしね」
「 ……、ああ…。」
マルスは穴を拡張し、中に入ろうとした。
和希は、深くフードを被り込み、浅い呼吸を整えて敵を見据えた。
絶体絶命の状況下にあって、間髪入れずに
「僕なら……、俺なら。できるはず…、【一角】」
和希はスーノとの記憶を喚び起こした。スーノの夢への道とともに聞いた魔法。
だがこれは一方向に向けて放つ技であり、取り囲まれた現状では相手を刺激してしまう悪手である。それでも和希は氷山を地面から放った。
氷山を呼び出した場所は和希の足元、真下から角度を付けて急速に発射された氷山は、頂上に乗った和希を宙空へと解き放った。
魔物の群れからの脱出を達成したものの、とんでもないスピードで打ち上げられた和希はそのまま最高到達点を過ぎ、地面に向かって加速していく。
「うぅ……っ!!」
地面とぶつかる瞬間に目をつむったが衝撃は体に伝わらず、代わりに温かい腕が和希を捕らえた。
「――【身体強化・脚】…!」
その宣言とともに現れたのはマルスだ。
いつの間にか顔を見せていた月明かりに照らされ、マルスの笑顔に確かな熱がこもっていた。最後まで諦めなかった和希はマルスの表情を見て安心し、力なくその腕に掴まった。
「あの……、ありがとうございました……」
和希はギルドホームでマルスに感謝を伝える。
「ああ。……恨んだりしていないのか? 私はお前を置いて帰ったんだぞ」
「まあ、恨んで…ます、よ?」
「ああ、そうか…」
「でも何か、その上で学ばせたいモノがあるんじゃないかって思って……、諦めたくなかったんです。」
今でも涙目になりそうなのを堪えて、和希はマルスに上向きの視線を送る。
「不安が大きかっただろうに、悪いことをしたな。次の修行は真面目に見るとしよう」
「……! だったら、次訓練する時はあの【身体強化】ってやつ教えてほしい…です、…し、師匠…!!」
和希はパーカーの紐を弄りながら、キュッと目を閉じて伝える。
マルスはハッとした瞳に笑顔を灯して、
「望むところだ」
こうして、素直になれない師弟関係が始まった。
時間がねえ。構成練りたい、コーネリア