第15話L 「お前は私から何を学んだんだ……」
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殺してください。
「師匠~! ……入ってもいいですか?」
朝日が昇って少し経つ。ギルドホームの一室に入ったまま音沙汰ないマルスを気にして、声をかけてみた。
こんこん。木製の扉が乾いた音を木霊させるも、中からの返事はない。和希は思い切って扉を恐る恐る開きながら、ひょこっと室内をチラ見する。
「ああ……、ぐっすりしてる。」
窓の隙間から差す高い日の光を受けて綺麗な寝顔が照らされている。顔の横で軽く握られた白い拳を見ると、とてもこの拳で数多の敵を打ち砕いてきたとは思えない、ただの普通の女の子であった。
和希はマルスが寝ているベットの近くにある木椅子に腰を下ろして、しばらく眩しい光を薄い目で見つめた。
「今日の修業。どうしよ…」
マルスの寝息に合わせるように、和希の鼓動は低下していく。
こくり。 こくり。
和希がはっと気が付くと、目の前にマルスの顔があった。と、言うより目の上、つまり和希の体は横になって師匠の顔を見上げる構図になっていた。
「あ…れ……、」
「ああ…、起こしてしまったか。すまない。」
和希はマルスの腕の中に抱えられ、頭と脚を支えられていた。いわゆる……
(“お姫さま抱っこ”……!?)
和希はジタバタと周りを一瞥して焦りを露にする。
「こら。あまり暴れると怪我をするぞ」
和希の体をくいっと抱き寄せて、耳元で注意を促す。すると和希はだらしなく口をおっぴろげ、真っ赤になった顔をそらして返事をする。
「……はい…、すいません……。」
マルスは歩みを再開させ、ギルドの共有スペース――リビングの大きなソファに和希をお尻から着地させ横たわらせた。
和希は体の自由を得た瞬間にそそくさとソファに座り直し、真っ赤になった顔を覆い隠すように長い前髪を触ってみる。
「……ありがとうございます」
「ああ、気にするな」
「……こほん。」と、和希。まだマルスに目を合わせないまま話を始める。
「遂に明日は大会本番ですね。俺、頑張りたいです!……つきましては、なんかこう、言いにくいんですけど……、楽に相手をぶっ飛ばせる必殺技を身に付けたくて」
「お前は私から何を学んだんだ……」
マルスは腕を組んで頬を引きつらせる。和希はその顔を見、慌てて言葉を付け足した。
「いやあの、確かに堅実な精神は無いかもしれませんけど、これには訳があって……、俺“イメトレ”してみたんです!」
和希はこめかみに食指を運び、途端に目の奥をぐるぐると回し始める。
「そしたら、俺そもそも人を殴れる気がしなくて。でも師匠からは拳で闘うスタイルしか習ってないし、どうしたらいいかなぁって悩んだ末に思いついたんです。」
和希は胸をグッと張る。
「俺から遠く離れた所で消えてくれれば、罪悪感は無いよなって」
「倫理観も無くなるかもな」
「ま、まあとにかく!」和希はソファにちょこんと座ったままマルスをゆっくり見上げる。
「今日も一緒に、修業してくれますか?」
和希は胸の中のもやもやをぶつけるつもりで言葉を投げかけた。大会本番をイメージする内に、勝手に積もらせてしまった心の暗いもやもやを。
それを聞いたマルスは、「ああもちろん」と、眉一つ動かさずに和希を見つめて小首を傾げた。
「おっと! マルス、それに新入りくん。ちょっとばかし話があるんだけど」
話しかけたのは、赤長髪のウェーブがかった清楚な雰囲気の女性・ケモーである。縁の太い眼鏡を下方にずらして微笑混じりに話に入る。
「明日の大会に向けてかどうかは知らないけど、最近ちょっと物騒な案件が多くてね~。例えばとある凶悪犯が脱獄して街を徘徊中! とかって騒がれてるらしいんだけど、何か心当たりある?」
表情豊かに話し出し、人の興味を惹くような語り口で、ケモーはつらつらと情報を共有してくる。
「そんな感じで町中大変らしいから気を付けてね~。マルスは特に高潔だから人に騙されて付いて行かないように!」
「私を何歳だと思ってるんだ……」
あっはは、と満面の笑みでマルスと会話を交わした後、ケモーはもう1人の会話相手に視線を向ける。
「……君も、気を付けなよ、死なないように」
和希はその言葉を硬い笑顔で受け取った。
ギギギとギルドの玄関ドアが開く。それはやけに重々しい力が込められた開門であった。
和希やマルス等、内側に居る人間が開けたのではない。
扉の向こうに見えるのは、筋骨隆々、血飛沫の滲んだ拳、ぼろぼろになった囚人服。
――――脱獄犯だ。
絶句。からの凍結、和希たちは息を詰まらせて立っていた。その沈黙を静かに破ったのは、ゴリゴリの肉体隆起によって囚人服のボーダーラインが波打たせた犯人の一声だった。
「あのぅ、ギルドに依頼したい事案がありまして…」
ジブン調子乗るとすぐに仕事サボってしまうので、粛々と続けていきます。ダメ人間です。遺影にいえーい