第9話 香る
※この物語はフィクションです。事実とは異なります。
スーノは他人から触られることを嫌がる。特に男の手は特別嫌っているように見えた。
今、彼ら野生人に触れられ連れ去られている状況をどう思っているだろうか。
「――最悪です……。」
スーノは洞窟のような薄暗い場所の奥底で、己の具合の悪さを案じていた。
野生人たちはスーノを四方八方から取り囲み、完全に逃げ場を消す。そのまま壁へと徐々に追い詰め、スーノにたくさんの手を這わせた。
「なっ、何する気ですかっ?! もごごっ゛――」
スーノの口を抑え服を脱がしていく。
涙目になりながらスーノは必死に抵抗するが、数に押し負けて為す術無く為されるがままに体を蝕まれていく。
「―――ハァ、ハァ……。こんな…、ヒドイ……」
男達の手によってスーノは汚されてしまった。
「ジョオーサマー!」「ジョオーサマノキカンダ!」
そう、野生人の好みの服装に無理矢理コスチュームチェンジさせられたのだ。
綺麗に繕われた紫色を基調としたドレス。その姿はまるでアラビアンプリンセス。フェイスベールで覆われた口元は、スーノの潔白と妖艶を見事に調和して魅せている。
「私が…女王様……?」
野生人達のカタコトのしゃべりを聞き取る限り、スーノのことを女王として慕っているようで、中には跪き涙を流す者も。その姿を見てスーノは焦りながら訂正の言葉を掛ける。
「わぁ、どうしたんですか皆さん。私は女王なんかじゃないですっ! もしかして人違いしてませんか?」
「――そうだよ。この子はウチのお嬢様なんだから」
そこに女の子の恰好をした和希が現れた。
「【身体強化】ッ!!」
和希は強化した体で地面を殴り、野生人の周りに砂埃を上げる。
「カズキさん…!?」
額の汗を拭って和希はパッチリした瞳をスーノに向ける。
「あ~えっと、間に合った…? イヤなこととかされなかった?」
和希は歩み寄りながら随分と風貌の変わったスーノを上から下に眺め、疑問を投げる。
「コスプレチェキ会とかやってたの?」
「え、ちぇき? なんですかそれ…?」
「ああ、伝わらないなら良いんだけど」
刹那、野生人はお互いに体をくっつけあい、1つの巨大な体へと合体収束した。
「グガアアアァァ!! ジョオーサマヲオマモリスル!!!」
「うわうわ! そんなのアリ?! なんかやばそう…!!」
和希はスーノを逃がすことを考え、全身に力を入れた。
「【身体強化・脚】ッ!!」
空中に飛び上がった和希は、10メートルはある野生人の、大きな頬に目掛けて拳を振りかぶる。
「てぇいっ!」と言う掛け声とともに放たれた攻撃はまるで猫パンチのように弱々しく、野生人に一切ダメージや傷を負わせることはなかった。
(あっ、まずい)と思ったのも束の間、野生人のギョロリとした眼に捕捉された和希は、その巨大な手の平で地面目掛けて弾かれてしまう。
「ぐはっ!」、スーノの目の前に叩き付けられた和希は、体を強化していたこともあってか辛うじて上半身を起こす。
「無事ですか?!」
近寄ってきたスーノを片目で見ながら、野生人がこちらに拳を叩き付けようとしてくるのが見えた。
「ごめん、スーノ!」
和希はスーノを両手で抱き寄せ、強化した脚の力で飛び出した。
スーノはわぁっと驚嘆を上げるが、和希の胸の辺りに響いて音がくぐもる。
「今の俺じゃ勝てそうにないし、そもそもよく考えたら戦う必要なかったわ」
そう言いながら和希は自身が来た道へ走り進んでいた。あんなにデカい敵と戦っては分が悪いと判断した逃げの一手である。
(普通に拳とか体の使い方も師匠に教えてもらわなきゃな…、いや魔法をメインに戦うなら優先度は低いか? とりあえず俺の戦闘スタイルが固まってないと修業もやりづらいし、色々考えてやっていかないと…、この魔法たぶんとりあえずで教えてくれたんだろうし……)
疾走しながら真剣に思考を巡らせる和希の顔を、お姫様のように抱きかかえられたスーノはなんとなく見つめていた。
不思議と触れられている嫌悪感は薄い。それは和希のことを少しずつ理解できてきた証拠だろうか。
スーノには男性の知り合いが少ない。田舎から街に出て来て、今いるギルドに拾われたのはすぐのことだった。それからはギルドの先輩や同僚の女子と関わるばかりで、たまに話すギルドマスターが唯一の男性とのふれあいだった。
今、女の子の服の香りに紛れて薄く漂う和希自身のニオイ。それはなんだか落ち着きが得られるやさしい匂いだった。
この後ちょっと足します。改稿終ったら報告します
→想定より多くなったんで分割して投稿しますマジ。ちまちょごり。