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吸血鬼は唇に紅を差す  作者: 湯ノ村
死なば諸共
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逢瀬

 亀井は、休日を利用した有意義な時間の潰し方をとある女性に提案し、喫茶店で落ち合う約束をした。指定の時間はやや過ぎていて、先に頼んだアイスコーヒーがもう既に手元に運ばれてきていた。スマートフォンのデジタル時計に目を落とす。三度目のことだった。


「突然どうしたの? 呼び出して」


 茶色く長い髪を左右に振らしながら颯爽と現れて、二人掛けテーブルの余った席に座る。こざっぱりとした気風の女性は、細かい事情などに振り回されぬ磊落さを感じる。


「突然って、この前遊びに誘うと約束しただろう?」


 亀井はアイスコーヒーを手に取り、飲み始める。透明のコップが結露を始め、テーブルの上に雫がぽたぽたと垂れ落ちる。


「……貴方に半ば無理矢理、連絡先を交換させられて、仕方なく受け答えをした。あくまでも社交辞令としてね」


 辛辣な女性の意見は亀井が持つコップの結露を更に促す。


「おいおい、だったら何で今、ここにいるんだよ」


「はっきり言っておこうと思って」


 女性は、亀井の額を穴の開くほど見る。皮膚をなぞるだけでは到底辿り着けぬ、真理とやらを見通すための儀式じみた凝視に、亀井も何か気配を感じ取ったのか、女性が言葉を発する前に割り込んだ。


「ちょっと待て、俺だって言いたいことがある。アンタは約束した時間より五分、遅れてきた。男の俺より遅れてだ!」


 憤然とした様子の亀井をよそに、女性は至って冷静だった。


「貴方は典型的な女を下に見る差別主義者みたいね。そのうえ狭量だから、恫喝することでしか私に対して対抗する術がない」


「……」


 脳天に向かって立ち上る筆舌に尽くし難い迸りが、席から腰を上げさせる。


「本来なら、会員同士の交流すら禁じられているのに、貴方は私に接触を」


 全てを言い終わる前に女性は言葉を失った。喫茶店内の空気も一変したのは、頬を殴られて伴う乾いた音に気を取られ、一斉に口が閉じられたからだ。


「なかなかいい性格をしているよ。金はここに置いておく」


 亀井は粗野に小銭をテーブルの上にばら撒き、冷めやらぬ怒気を纏いながら喫茶店を出て行った。頬に赤みと、交通事故に出会したかのような驚きを残して。


 表通りの真ん中で未だ収まりがつかない亀井は、なんとか手元だけはとりなして、スマートフォンを操作する。


「もしもし、いや。その、会えたには会えたんだが……」


 言い訳をするにも手立てがないと口籠らせる亀井の通話相手は、


「どういうことですか? 亀井さん、下手な真似していないでしょうね」


 異性間に生じる情愛を利用することに固執する藍原であった。


「とりあえず! 上手くはいかなかった。それだけ」


「亀井さん、貴方」


 電話口を通してされる説教ほど、聞くに耐えないものはない。ましてや、男女に於ける付き合い方の指南をされた日には、夢見も悪くなって尾を引きそうだ。亀井は問答無用で通話を切った。

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