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吸血鬼は唇に紅を差す  作者: 湯ノ村
愛だ恋だの語りたい
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怠惰、極まれり

 飄々とした人間だと勘違いされることが多い。要するに、集中力に欠けた散漫的な眼差しや、会話の聞き漏らし、とりとめのない仕草がそう見せるのだろう。だが内実は、頭痛持ちが痛みを紛らわす為に用いた痛み止めによる副作用に対して、やむなく欠伸めいた愚鈍さを見せているだけだ。


 陣痛を引き合いに出して頭の痛みを比喩するのは些か憚られるものの、絶え間ない圧迫感のある痛みと食いしばり過ぎて痛めた歯を労る過程は、なかなかに悩ましく大仰な表現でしか自分を慰めることができなかった。覚えているかぎり、それは幼少期の或る寒い時期から始まったように思う。身体を気遣った両親の方針から頭痛薬を飲ませてもらえなかった。どれだけの痛みに耐えているかを伝えるための言葉や所作を持ち合わせていなかった僕は、紙に「いたい」とだけ書いて白紙の紙を黒くした。すると、事の重さを理解した両親がドラッグストアで三種類の頭痛薬を買ってきて僕に与えた。種類の異なる頭痛薬を交互に服用し、身体に順応させまいと企んだのだ。その甲斐あって、僕は今日に至るまで頭痛薬の効能をたっぷりと味わえている。


 学生服はいい。学徒ならではの仕立てられた凛々しさの笠に着る安心感は比類ない。学生生活に於ける最も懸念すべきことは、群れから離れて孤立し、奇異な眼差しの的となり教師や生徒の耳目を集めてしまうところにある。脳天に穴を開けたかのような、あっけらかんとした間抜けさが群れに紛れる為の処世術だった。そのうつけた身持ちたるや小突かれるためにある。


「おまえ、本当バカだよな」


 嘲笑こそが塗れて阿るもので、面構えを賢しく拵え如何にも見識ぶるのは阿呆以外にいない。


「いくら何でもありえねぇだろ」


 しかし、白痴さながらの稚気な朧げさが過ぎるとそれこそ排斥の対象になりかねないのも知っている。


「もしかして、おまえ。わざと言ってる?」


 この匙加減はなかなかに捉えづらい。嘘か誠か、釈然としない顔の微表情はひとえに冷や汗が出る。だが、戯けてしまえばこっちのもの。やり方は簡単だ。人を笑わせる為の作法だと断言してしまえばいい。


「ボケに決まってるじゃん」


「んだよ」


 聞くだけ無駄だったとため息混じりに悪態をつかれる。薄雲のような不安が霧散し、時間は再び流れ出す。この綱渡りめいた人付き合いに僕は時折、嫌気が差す。貧乏揺すりが増え、脈略なく舌打ちしを出すとそれは頭痛薬の効果が薄まりつつある合図であり、僕はよく仮病を装い授業や厳かな催事を抜け出していた。教師は勿論、生徒からも虚弱な身体の持ち主だと認識されているはずだ。それを「儚げ」と、形容されるには典雅なる容貌が求められ、僕のような冴えない奴ではなかなかに得難い評価である。


「はぁー、面倒いなぁ。次、数学かぁ」


 群生する蝉の鳴き声は、退屈な心の緩みと合わせて一際、騒々しく聞こえた。教室の窓から、街路樹や校庭の脇に植えられた木々に向かって投擲するのも吝かではなかったが、次の授業が如何に苦手な教科であるかを憂いて息を吐くだけの実のない掛け合いに終始していたい。

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