9章 誕生日の悲劇
12月13日はセーラとローラの誕生日です。朝はみんな夢中でパーティーの準備をしました。
午後になると、立派なスーツを着たミンチン先生に手を引かれたセーラとローラはちょっとした行列の先頭に立って、ヒイラギが飾られた大広間に入りました。その後に、人形の入った箱を持つ2人の召し使いの男性、3つ目の箱を持った家政婦が続き、最後には箱を持ったベッキーが続きました。
セーラとローラはふつうに入っていきたかったのですが、プラチナ生の誕生日は特別ですから、とミンチン先生に言われていました。
高等部の生徒たちはセーラとローラをまじまじと見つめ、初等部の生徒たちはわくわくしてじっとしていられない様子でした。
「皆さん、静かに!」
ミンチン先生は、ざわつく生徒たちに言いました。
「ハロルド、ロビン、テーブルの上に箱を置いて、ふたを取りなさい。エマ、お前の箱はこの椅子の上に。ベッキー!」
ふいにミンチン先生が厳しく言いました。ベッキーは興奮してしまい、リックや近くの席に座っていた他の生徒に笑いかけていたのです。うっかり箱を落としそうになり、あわてて頭を何度も下げました。
「生徒に気安く笑いかけるんじゃありません。さぁ、箱はそこに置いて。」
ベッキーはドギマギしながら箱を置き、あわててドアの方に行きました。
「お前たちはもう下がって結構。」
ミンチン先生は手を振って、使用人たちに命じます。ベッキーは先に目上の使用人たちを出て行かせました。大きなふたつの箱が気になって見てしまいます。
「ミンチン先生、ベッキーはここにいさせてもらえませんか?」
セーラがそう言ったので、ミンチン先生はびっくりして、眼鏡を上げました。セーラの横にいたローラも言いました。
「きっと楽しいと思うんです。今日はあたしたちの誕生日ですし、お願いします!」
「今日はあなた方の誕生日ですし、許可しましょう。ベッキー、お二人の優しい気持ちに感謝しなさい。」
ミンチン先生は厳かに言いました。ベッキーはそう言われると、とたんに嬉しくなって、頭を何度も下げました。セーラとローラ、ベッキーの目には親愛の輝きがありました。
「セーラ様!ローラ様!マジでありがとうございます!それと、ミンチン先生もありがとうございます!」
ミンチン先生はドアの前を指さして命じます。
「あそこに立って、生徒たちにはあまり近づかないように。」
ベッキーはニコニコしながらそこに行きました。これからわくわくするようなことが起きるのに、台所に行かなくてよくなるのです。
「それでは皆さん、少しお話を致しましょう。」
ミンチン先生が咳ばらいをしました。
「また演説か。」
生徒の1人がささやきました。これはセーラとローラのパーティーでしたので、彼女たちに関する内容でしょう。
「ご存知の通り、セーラさんとローラさんは、本日をもって16歳になりました。高等部にはもうすでに16歳になった人もいますが、この双子姉妹の誕生日は一般生徒のそれとは違います。更に成長したら、莫大な財産を引き継ぎ、世のために賢く使う人になるのです。」
「ダイヤモンド鉱山のことか。」
ジェシーがつぶやきました。
「セーラさんの頭の良さと、ローラさんのダンス、そして彼女たちのフランス語は学院の誇りです。まさにプリンセスと呼ぶべきでしょう。このような素晴らしいお友だちを持てたことに感謝しましょう。セーラさん、ローラさん、お誕生日おめでとう!」
生徒たちは一斉に立ち上がりました。
「お誕生日おめでとう!」
みんなは声をそろえて言いました。ロッティなど一部の初等部の生徒は、飛び上がりながら言ったほどでした。拍手が起こる中、セーラとローラは息を合わせてとても優雅なおじぎをしました。
「セーラさん、ローラさん、おみごとですよ。プリンセスが人々から拍手を受けた時に、まさにそうおじきをします。では、この後は皆さんでお楽しみなさい。」
ミンチン先生が部屋から出た途端、いつもみんなをお行儀よくさせている魔法が一気に解けました。初等部の生徒たちだけでなく、高等部の生徒たちもあっという間に席からいなくなりました。
ジェシーはハリーにこう言いました。
「私はラビニアの近くにいたいから、君は彼女たちのプレゼントでも見せてもらったらどうだい?めったにこのチャンスはないよ。」
生徒たちは箱に集まっていたので、ハリーもその中に加わりました。
「これはきっと本だわ。」
アーメンガードはびっくりして言いました。
「本!?あなたたちのお父さんも、誕生日に本を送ってくるの?」
「セーラがたのんだの!」
ローラはそう言って、大きな箱に向き直りました。セーラとローラがそれぞれ大きな箱から人形を取り出すと、みんなは歓声を上げました。
「こんなに大きい人形ははじめて見たぜ!」
ケントはびっくりしたように言いました。ロッティは嬉しくなって飛びはねました。
「なかなかの代物だな。」
少し離れたところからニコルがほほえみながら言いました。ニコルは学院の誕生日パーティーでこんなにわくわくしたことはありません。7月17日にある自分の誕生日パーティーでさえ、冷静にふるまっていました。
セーラとローラは床に座って、それぞれトランクを開け、中身を出しました。レースの付け襟、絹の靴下とハンカチ、もふもふのマフラー、パーティー用のドレスにスポーツウェア、訪問着、帽子やティアラにネックレス、扇までありました。
女の子たちはもちろん、人形遊びに興味がないはずの男の子たちまで大はしゃぎで、ひとつひとつを手にとって、うっとりと眺めています。
その時、アメリア先生が入ってきました。
「セーラさん、ローラさん。あなたたちのお父さんの事務弁護士、バロウさんがもうすぐいらっしゃるの。食堂にごちそうの用意ができているから、みんなで食べに行きましょう。」
ごちそうと聞いて、みんなは目を輝かせました。アメリア先生はセーラとローラを先頭に生徒たちを2列にならばせ、部屋を出て行きました。
ベッキーはアメリア先生に仕事に戻るように言われていましたが、ごちそうをいただくわけにはいかないので置き去りにされたふたつの人形とトランクやドレスを眺めていました。部屋の外からミンチン先生の声がしたので、ベッキーはあわててテーブルクロスの下に隠れました。
ミンチン先生は小柄な紳士を連れて部屋に入りました。
「バロウさん、どうぞ座ってください。」
バロウ弁護士はすぐには座りませんでした。ふたつの人形やそのドレスを眺めていました。
「この人形、2つで200ポンド以上はするでしょう。高級な材料で、パリの老舗の仕立て屋によって作られたものですね。あの男は、娘たちのためなら湯水のように金を使う。実にばかげている!」
ミンチン先生は、その発言を不快に感じました。失礼だと感じたからです。
「失礼ですがバローさん、おっしゃっていることが理解できません。」
「16歳の子どもたちにばかげたぜいたくだと、私は言っているのですよ。」
ミンチン先生は背すじを伸ばし、かたい口調で言います。
「クルー大尉は裕福な資産家です。ダイヤモンド鉱山を…。」
バロウ弁護士がくるっと振り返り、大声で言いました。
「ダイヤモンド鉱山!?そんなもの現代にあるはずがない!雲をつかむような話です!事業の経験もないのに全財産をつぎ込んだのです。今は亡きクルー大尉は…。」
「今は亡き!?どういうことですか?」
ミンチン先生が取り乱したので、バロウ弁護士は冷静に言いました。
「ダイヤモンド鉱山で起こった不慮の事故に巻き込まれて、亡くなりました。娘たちに財産は何ひとつ残さずに。今開いているパーティーはそちらの支出になりますな。多額の請求の支払いもせずに、クルー大尉は亡くなりましたからね。」
やっと、ミンチン先生は事情を理解しました。自慢のプラチナ生がミンチン学院から消えていくのを感じました。クルー大尉、セーラ、ローラ、バロウ弁護士に何もかも強奪されたような気持ちになりました。
「これ以上は何も支払わない方がいいでしょう。」
「あの子たちは一文無しですって…!?とんでもない!あの双子を今すぐ追い出します!」
「待て、マリア!」
出て行こうとするミンチン先生を、父のマルク先生がおさえつけて止めます。その様子を見てバロウ弁護士は言いました。
「やめておいた方が良いでしょうな。一文無しになった生徒を追い出すと、悪いうわさが出かねない。あの娘たちはもう16歳だ。ここで働かせる、というのはどうでしょう。では、失礼。」
バロウ弁護士はおじぎをして出て行きました。
「放して、お父様!あの双子はやっかいなお荷物になったのよ!」
ミンチン先生がそう叫んだとき、わっとテーブルクロスの中から泣き声が聞こえてきました。
「誰かいるのか?」
マルク先生の注意を引いたすきに、ミンチン先生は走って逃げました。テーブルクロスをめくると、そこにはベッキーがいました。
「いけないと思っていながら、人形を見てたンスよ。先生方が入ってきたから怖くなって、ここに隠れたンス…。」
「まさかとは思うが、話を聞いていたんじゃないだろうな?」
いつもと比べて厳しい口調で、マルク先生は言いました。
「聞いてないッスよ!でも、聞こえてしまったンスよ!抜け出そうとしたくてもできなくて!セーラ様とローラ様を追い出すなんて…!マジでどうかしてるッスよ!」
ベッキーはそう言って、また泣きだしました。
「わかった、彼女たちが追い出されないようにしよう。とりあえず仕事に戻りなさい。」
ベッキーはうなずき、台所に戻りました。マルク先生はその時、ミンチン先生がいないことに気がつきました。