7章 ベッキー
セーラとローラは今となっては、ローズガーデンと並ぶミンチン学院の看板です。お話を作って話す力もこの双子の姉妹の魅力でした。
ラビニアや一部の生徒たちはそれをねたんでいましたが、ついつい聞いてしまいます。
お話を始めるとローラの瞳は輝き、ほほは赤く染まりました。セーラがノートに書いた物語を、ローラは声色を変えたり、身ぶり手ぶりをしたりとドラマティックに話しますので、生徒たちはローラの周りに集まってきました。
知らないうちに子どもたちが目の前にいることを忘れ、お話の中の登場人物になりきっていました。勇者やお姫様、魔法使いや騎士の冒険に自分も加わっていたのです。話し終えた後に少しよろけてしまい、セーラが部屋に連れて戻ることもありました。
ローラは、自分を連れて戻ったセーラにこう言いました。
「話しているうちに物語の世界が目の前にあって、その中に自分もいるような気がするの。」
セーラとローラがミンチン学院に入って1ヶ月が経った、10月下旬の午後のことでした。自分の車から降りたセーラとローラは、素敵なワンピースを着ていました。お茶会の買い出しに行っていたセーラとローラが学院に戻ろうとした時、半地下にある台所の階段に、人影があるのに気づきました。メイド服を着ていますが、見ない顔です。セーラとローラが彼女にほほ笑むと、若いメイドは逃げて行ってしまいました。
その日の夜7時ごろ、ローラが話をしている大きな談話室に、そのメイドがおそるおそる入ってきました。お金持ちのプラチナ生はベッキーにはキラキラと輝いて見えます。学院にとってそんな大事な生徒たちを盗み見でもしたら大変です。
物音を立てたりしないように、静かに扉を開け、慎重にほうきを動かしています。言葉を聞きもらさないように、休み休み仕事をしています。それに気づいたセーラは、ローラに声を大きくするように手ぶりで合図しました。
「人魚たちは澄んだ緑の水の中を泳いで、深海の真珠で編んだ網を引いています。プリンセスは白い岩に座って、その様子を眺めていました。」
ローラが語っているのは、人魚の王子様に愛されてキラキラ輝く海底の洞窟で暮らすことになったプリンセスのお話でした。
3回も掃除した後、メイドは夢中で話を聞いていました。自分も澄んだ青い光と金色の砂が美しい海底の洞窟にいて、海の花や海草が揺れるのを見ていました。
その時、ほうきが手から落ち、それがクラウスの注意を引きました。
「彼女は美しい君の話を聞いていたようだね。」
クラウスが口説くように言ったので、メイドはほうきを持ってそそくさと部屋から出ました。
「ええ、知っていたわ。だから、ローラにも声を大きくしてと頼んだの。」
セーラはローラをかばうように言いました。すると、ラビニアは気取って言いました。
「あんたの親はなんて言うかは知らないけど、使用人に話を聞かせるなんて非常識だとあたしのママは言うわ。」
「あんたの親の話なんか聞いてねえよ!」
ハリーはこの時代遅れな考えに腹が立ちました。
「貴様、庶民の分際でラビニアにそんな口の利き方をするな!」
ジェシーは声を荒げました。ハリーの自分たちに対して立場をわきまえない態度が許せなかったのです。ジェシーとハリーがにらみ合った時、セーラは言いました。
「わたしたちのママはそんなこと気にしないわ。」
「あんたたちの親はもう死んだんじゃないの?幽霊が見えるのね!」
ロッティも声を張り上げます。
「セーラとローラのママは物知りなんだよ!あたしたちのパパとママも何でも知っているの!素敵な天国のお話も聞かせてくれたもん!」
「バッカじゃないの!?天国をおとぎ話にするなんて信じらんない!」
そう言って談話室から出るラビニアの気をそらそうと、ピーターは後を追いかけて言いました。
「ラビニア、キッド・エンジェルスは天使が主人公のアクションゲームなんだ。良かったら貸そうか?今度、気晴らしにマギモンの対戦とかどうだい?」
「あんたは強すぎて勝負にならないわ。」
「マギモン」は多くの人に愛される世界的に有名なゲームです。主人公は魔法学校の生徒として、マギモンと呼ばれる架空の魔法生物と一緒に授業を受けたり、フィールドワークで野生のマギモンを捕まえて仲間にしたり、他の人と対戦や交換をしたり、いろいろな遊びを楽しめます。
寝る前、セーラとローラはマリエットに新しいメイドのことをたずねました。いかにも、お嬢様方が気にしそうなことだとマリエットは思いました。
ベッキー・ロックハートは新しく雇われた21歳のメイドで、アッシュフィールド村にあった実家を放火されて家族を亡くしたため、自暴自棄におちいっていました。ベッキーはいろいろとこき使われていて、そのとげのある冷ややかな態度は、人を遠ざけているようでした。
ある日、セーラに話しかけられたベッキーが強い口調で言いました。
「アタシに話しかけないで!」
ベッキーも本心で言ったわけではありません。メイドが生徒と話すと叱られると思ったからです。ローラはそのことで気を悪くし、セーラの手を取って通りすぎました。
その後、ベッキーはプラチナ寮の生徒たちの部屋を掃除するように言いつけられました。2人から4人でひとつの部屋を使う一般生徒たちの部屋は必要最低限のものしか置かれていませんでしたが、プラチナ寮の生徒たちはセーラとローラを除いた全員が個室で、それらは個性的でした。ピーターの部屋にはゲーム機が接続された大型の液晶テレビがあり、ガートルードの部屋には黒猫のミミがいます。
ベッキーはセーラとローラの部屋を最後にとっていました。セーラとローラの部屋がそれほどに豪華だったからです。
セーラとローラが蝶のように舞いながら自分の部屋に入った時、ベッキーが揺り椅子で眠っているのを見たので、静かにベッキーが起きるのを待ちました。
この日の午後は、ちょうどダンスの授業がありました。ダンスの授業は週に1度あり、普通の体育の授業とは違います。女の子たちはきれいなドレスを着てくるので、男の子たちも恥をかかないように、スーツやタキシードを着てきました。セーラは体を動かすのが苦手でしたが、ローラはダンスも上手で前に出されて踊ることもよくあったので、マリエットはセーラとローラにレースやシフォンをふんだんに使った、とびっきり上等なドレスを着せるよう言われていました。
この日もセーラとローラは同じデザインのドレスで、セーラは空色、ローラはバラ色でした。なので、空色の蝶とバラ色の蝶が部屋を舞っているようでした。
「起きてくれたらいいのだけど。そうしたら、お話をしてあげることができるわ。」
セーラはこうつぶやきました。もしアメリア先生に見つかってしまったら、ベッキーは叱られてしまうかもしれません。
ベッキーは目の前の空色とバラ色の妖精のように美しいセーラとローラに気づくとすぐ、驚いて立ち上がりました。
「あれ?なんでアタシ…。」
セーラは優しく言いました。
「大丈夫よ。誰にも言ったりしないわ。」
ベッキーは予想外なセーラの優しさに驚きます。それでも、ベッキーは強がりを言います。
「怖くなんかないよ!あの日、のうのうと生き延びたアタシが、いまさら死ぬのを怖がるなんて…そんなの、イカサマ過ぎるでしょ!」
「いいのよ、疲れていたのでしょう。安心して。」
セーラはベッキーを席に案内し、座らせました。用意されたお菓子を食べていいと言われたので、ひとつほおばります。
「わたしたちもあなたと同じ女の子よ。それは生まれた時の偶然で決まるのよ。お仕事は終わったんでしょう?」
ベッキーはおずおすとうなずきました。それを見て、ローラは謝ります。
「ごめん!あたし、あなたのことを感じ悪いと思ってたけど、カン違いだったみたい。」
「アタシの方こそごめんなさい!口を聞いちゃまずいかと思ったんで!」
ベッキーはぺこぺこと頭を下げます。
「もうお仕事が終わったのなら、少しの間ここにいてもいいわね。」
「え、いいンスか?ありがとうございます!」
ベッキーの顔は、ぱあっと明るくなりました。そして、こんなことを言いました。
「そのドレス、マジで似合ってますよ!プリンセスみたいッス!」
「わたしは自分たちのことをプリンセスみたいだと思ったことがないのよ。でも、プリンセスのように気高い心でありたい、と思う事はあるわ。」
セーラが話し終えると、ローラも言いました。
「あのお話、聞いていたんでしょう?あなたにも聞いてほしかったの。今はその時間がないけど、何時にあたし達の部屋に来るか教えてくれれば、その時間にできるだけセーラと一緒にここにいるようにするわ。」
「セーラ様、ローラ様、ありがとうございます!」
嬉しそうに部屋を出るベッキーを見て、セーラとローラは思いました。もし自分たちがプリンセスなら、貧しい人々にパンを配ったりして、みんなを幸せにできるのに。ちょっとしたことで誰かが喜んでくれたなら、プリンセスと同じことをしたんだわ、と。