子ども捜索大作戦編-2
「あぁ、本当にルカちゃんは可愛いわねぇ」
食堂でエサ食べている飼い猫のルカに幸子は目尻を下げた。ちなみにルカの餌は全て桃果の手作りであり、添加物も入っていないので安心だ。
「意外と一番幸子さんが、ルカにはまってるじゃない?」
栗子も幸子と一緒にエサを食べているルカに近づく。食欲旺盛のようで餌をガツガツと食べていた。
ルカだけでなく、そろそろメゾン・ヤモメのおばさん連中と幸子も夕食だ。最近は疫病の影響で、幸子も早めに店じまいしなくてはならず、一緒に夕飯を取る事が多かった。
今日の夕飯は桃果特製のグラタンで、すでにいい香りが漂っている。表面は狐色に焦げ、チーズの焼けたにおいが食欲そそる。
「おいしそう、桃果のグラタン!」
栗子はそそくさと席につき、グラタンをキラキラとした目で見つめる
「そういえば今日、亜弓さんは?」
幸子も席に座りながら聞く。
「今日はリモートじゃなくて、会社でお仕事のようよ。いつ帰ってくるかわからないし、先にご飯食べていて良いって」
栗子はコージーミステリの企画を出す事できそうで、機嫌の良さを隠せない。
「まあ、シーちゃん機嫌が良いわね」
桃果も席につき、ちょっとニヤニヤしながら指摘する。食卓の上はグラタン、フランスパン、レタスと水菜のサラダ、コーンスープと品数も多く鮮やかだが、端の方に今日買った唐揚げが手付かずのまま放置されている。さらに冷えて硬そうだ。茶色の石のようにも見える。当然、誰も手をつけなかった。餌を食べ終えたルカは、リビングの方に行ってしまった。全く自由な猫である。
「桃果こそ機嫌良さそうじゃないの?」
グラタンを食べながら、栗子がいう。
熱々でトロトロのグラタンは、さらに栗子の機嫌を良くするのに十分だった。
「そうですよ。桃果さん、何かありました?」
幸子も聞く。
「実はね、こんなものが当たったのよ」
桃果は、小さな封筒を取り出す。中身は1500円分のギフトカードだった。
「なにこれ?」
「なんですか?桃果さん」
「ハムの懸賞で当たったみたい。こんあの当たった事がないからびっくりよ!」
機嫌の良さそうな桃果を見ながら、栗子も思わず笑顔になるが、ふと頭に中に疑問が過ぎる。
「桃果、これって唐揚げ効果?」
「そうかね。わからないけど」
桃果は否定も肯定もしなかった。
「だって私もコージーミステリの企画を所望されたのよ。こんな幸運初めてよ」
「そうね。でも偶然じゃないかな?」
チラリと唐揚げを一瞥しながら、クールに桃果が言う。桃果は栗子と比べれば現実主義だった。
「でも面白いわね。唐揚げで願いが叶うなんて。一つ食べてみましょうか」
幸子はおっとりと微笑んで、唐揚げを一つ食べた。みるみると顔が曇っていく。
「どう? 幸子さんの願いも叶うかしら?」
栗子は笑いながら言っていたが、幸子の顔は渋い。
「この唐揚げ、まずいわ」
いつもおっとりとして優しい幸子の割にははっきりとした物言いで、おばさん二人はびっくりする。
「これ、おそらく業務用の唐揚げ使ってる。うちも昔使ってた事があるんだけど、すごく不味くてね。中国産だし、とてもお客様に出せるものじゃない」
珍しく怒っている幸子に栗子は面くらう。確かに幸子が言っている事はもっともで、否定はできない。
「まあ、願いが叶えば味なんてねぇ」
栗子はつとめて明るく言って、テーブルの端の避けてあった唐揚げをつまむ。さらに時間が経ったせいか、肉はガチガチに硬く、本当に石を食べているみたいな気分になる。今食べているグラタンとの落差がえぐい。グラタンはトロトロ熱々だが、唐揚げはそれとは真反対と言って良かった。願いが叶う事はあるかもしれないが、この唐揚げの味はやっぱり認められないと栗子は思う。
ちょうどそこに亜弓が帰ってきた。
「タッキー、おかえり」
「ただいまぁ、桃果さん。今日はグラタンなの? わー、嬉しい!」
亜弓は、喜びながら席にすわる。食卓のなんとも言えない微妙な雰囲気を感じ取ったようで、何があったか聞いてくる。
栗子達は、今日あった事を亜弓に説明した。ミチルのことや、何故かラッキーな事が起きた事なども話す。
亜弓は顔を顰めながら話を聞いていた。そして唐揚げを一つ食べて、余計に顔を曇らせていた。
「ま、不味い! 何これ!」
やはり幸子よりはっきりと亜弓は唐揚げが不味いと言っていた。
「例えこんな願いが叶うと言ってこんなもの売ったらダメですよ」
「私も亜弓さんに同感ですよ。こんな不味い唐揚げは見たことないです」
おばさん二人と違い、若い亜弓と幸子は願いが叶うという事に全く否定的だ。
「でも、コージーの企画出していいって言ったし、桃果だって懸賞当たったのよ」
「それぐらいの偶然はありますよ! もう、栗子さんはいい歳なんですから、しっかりしてくださいよ」
自分よりうんと若い亜弓にそう指摘されると、やっぱり栗子は少し恥ずかしくなってくる。
「企画だって通ったわけじゃないでしょう?」
「そうだけど…」
「やっぱりああいったものは詐欺だと思う。ねぇ、幸子さん」
「そうね。そんな簡単に願いが叶うなら、私の死んだ夫も生き返ってほしくものだわ…」
幸子はしみじみと言い、すっかり食卓は暗くなってしまった。
「やっぱり、簡単に願いが叶うなんて無いのね…」
しょんぼりと栗子が言うと、桃果は苦笑して宥めた。
「そうよ。でもこうして健康で生きられるだけでいいじゃない」
「そうね、桃果。私はちょっとワガママだったのかもしれないわ」
「そうですよ。自分の願いばっかりだけでなく、人の事も考えましょうよ」
亜弓はカバンの中かたチラシを数枚取り出して栗子達に見せた。
そこには、行方不明の女の子の情報提供を求めていた。佐竹真凛ちゃんという10歳の女の子で、美少女と言っていいぐらい顔が整った子だった。
「商店街でもらったんですが、お母さんが探していましたよ。何か、知ってる事ありません?」
栗子チラシを見ながら、願いの叶う唐揚げの事ばかり考えていた事をちょと恥ずかしくなった。同じ町内で子供が行方不明になり、母親が探しているのに全く気づかなかった事も恥ずかしい。
「この子、町で可愛い子ってちょっと有名よ。なんか子役のスカウトもされた事もあるらしいって」
幸子はチラシを見つめながら言った。
「本当?」
その事も栗子は知らなかった。事件は一件しか起きていないが、これはコージーミステリのヒロインとしては失格ではないか。町内で起こったことや住人について無知な所があったなんて。栗子は恥ずかしい思いでいっぱいになる。
「これだけ可愛いと何か変な男が…」
「ああ、それはあり得るかも、幸子さん」
若者二人が言っている事が栗子はピンと来なかった。桃果も首を傾げている。
「変質者よ。ロリコンが誘拐した可能性もあるわよ」
亜弓の言葉に栗子は想像もしない事で凍りつく思いがした。幸子も亜弓も美女だし、こういう危険は身近だったのかもしれない。
「それは、心配ね。私、明日ちょっと近所を探してみるわ」
「そうね、シーちゃん。私も行くよ!ミチルさんが来るのはどうせ午後だし、一緒に探そう」
「うん、本当こんな可愛い子がね…」
こうして翌日、桃果と一緒に真凛を探す事が決まった。
亜弓はコージーミステリのヒロイン気取りだと言いそうだったが、意外と何も言ってこなかった。
願いが叶う唐揚げなんてどうでも良い。
町内の平和を愛するのが、コージーミステリヒロイン務めである!