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子ども捜索大作戦編-1

 亜弓は定時までに仕事を終わらせた。明日で今年の仕事納めであるが、栗子にコージーミステリを書くチャンスが舞い込んだ。栗子からは長文ギッシリと喜びのメールが届く。まだ出版まで決まったわけでもないのにすごい喜びようだ。予想していた事だがその情熱を少女小説執筆の方にも向けて欲しいものである。


 特にどこにもよらず、火因町(かいんちょう)にまっすぐ帰る。栗子達やあの唐揚げ屋に事が気になる。こうして栗子の願望が叶ってしまっている。一見良い事だが、世の中そうそう上手く行くわけが無い。


 生まれた時からずっと不況の日本に生きている亜弓は、上手い話には警戒心が強まる。文花にも警告されているし、嫌な予感もする。栗子も桃果もお人好しではあるが、もうちょっとしっかりして欲しいとものだ。そんな都合が良く願いが叶う唐揚げなどあるわけ無い。


 駅から火因町商店街に入る。


 疫病の影響か、幸子の経営するカフェはもう閉まっていた。まあ、幸子のカフェには熱心な男性ファンが多く、さほど客足には影響ないようで毎日早く帰ってきては飼い猫のルカの動画や写真を撮ってネットに上げて楽しんでいたが。


 ベーカリー・マツダやケーキ屋スズキは営業中のようだが、もう品切れの様で店じまいの準備をしていた。


 ベーカリーマツダでは閉店近くにおつとめ品のパンセットが売られる。工藤夫婦が仲良くベーカリーマツダでおつとめ品を買っているのが見える。香坂今日子の事件では、大変な目にあった工藤夫婦だが今は平穏そうで亜弓は安心した。


 商店街を歩き、輸入雑貨店ゴールドが見える。こちらはまだ営業中で、店の前でも輸入菓子や調味料など乱雑に妻れている。激安だが、闇市のような食糧雑貨店だと亜弓は思う。店からは店主のキムが出てきた。何やらぼんやりとミチルの唐揚げ屋の方を眺めていた。


「キムさん、こんばんは」


 亜弓が声をかけたが、キムは上の空だった。幸い店には客はいないようだが、この様子で仕事に支障は無いだろうか。


「あぁ、メゾン・ヤモメの亜弓サンね」

「どうしたんですか、ぼーっとして」

「いや、この世に天使がイタんだな」


 日本人ではないが国籍不明のキムは、カタコトになりながらつぶやいた。相変わらず謎な人物である。


「ちょっと店長、ぼんやりしてないでこっち来てくださいよ。福袋の事なんですけど」


 バイトの佳織に肩を掴まれて、キムはズルズルと店内に戻っていった。


 キムは何が言いたいのかよくわからないが、気にしても仕方がないだろう。気を取り直してミチルの唐揚げ屋に行こうとした時、知らない女に声をかけられた。


 寒さの為が吐く息がちょっと白くなっている。30歳ぐらいの地味な感じの女だった。おそらく主婦だろうと亜弓は思う。


「このチラシもらってくださらない?」


 女から受け取ったチラシには、クリスマスの日から行方不明になった女の子の情報をくださいと呼びかけてあった。チラシに載ってる女の子の写真を見ると、女とそっくりだ。おそらく母親か親族だろう。くりくりとした目が愛らしい10歳ぐらいの女の子だった。天使のような子供にも見える。


「もしかしてこの可愛い女の子、行方不明なんですか?」

「ええ。探しているんですけど…」


 女は悲痛な表情を浮かべた。思わず亜弓の胸も痛くなる。こんな女の子がいなくなったなんて、かわいそうだと思う。できる事が有れば協力したいが、この女の子に見覚えはない。


「何かこの子の特徴とか、教えてくれますか?」

「いなくなったとき、ルンルンリボンちゃんのリュックを背負っていました」


 ルンルンリボンちゃんは子供に人気があるウサギのキャラクターだ。そのウサギの耳がついたリュックは確かに目立つ。チラシには懸賞で当てたもので珍しいものだという。


「私は心当たりはないですが、一緒にシェアハウスしている人にも聞いてみますよ」

「本当ですか? ありがとうございます」


 亜弓は新たに女からチラシを数枚うけとり、メゾン・ヤモメのおばさん連中にも伝えておこう。あの事件のようにコージーミステリのヒロイン気取りで、子供を探すのも悪くないかも知れない。あの事件では栗子の筆が異様に早くなったし、編集者としては悪い話ではなかった。意外と小賢しい所もあり事件解決に導けたし、栗子の力も役に立てれば良いかもしれない。


 亜弓は、そんな事を考えながらミチルの唐揚げ屋に向かう。店は空いていたが、他の客はいなかった。


「すみません、唐揚げありますか?」


 亜弓がカウンター越しのミチルに聞く。実際のミチルは動画よりさらにアイドルのような可愛らしい女だった。別に願いが叶う唐揚げなどと言わなくても男性ファンを掴めそうなものだが、この商店街のマドンナ的存在の幸子の人気も根強いのかもしれない。


「ごめんなさい。もう唐揚げは品切れなのよ。一個だけ余ってるけど…」

「じゃあ、それください」


 亜弓はなぜ残りの一個を売らないのか疑問だった。


「でも、これは儀式で使うものだから」

「は? 儀式?」


 唐揚げと儀式とは一体どこに共通点があるというのか。ますます怪しい。ミチルの唐揚げ屋は看板などがクマやウサギのイラストが書かれてファンシーではあるが、フワフワしすぎちょっと居心地が悪い。それに油の匂いがきつく、少し気分が悪くなる。あまり油を変えていないのかもしれない。時々コンビニのフライヤーの油を取り替えていない店もこんなギドギドした変な匂いもする。


「っていうか、ちょっと聞きたいんですけど、願いが叶う唐揚げって本当ですか?」


 ミチルを挑発するつもりはなかったが、願いが叶うなんてどうしても信じられない。栗子の件は偶然だと思うし、コージーミステリの企画が本当に通るかどうかも未知数である。


「本当よ。だったらあなたも儀式に参加すれば良いわ」

「はぁ?」


 ミチルはムッとしていた。厨房で今からその儀式するのだという。


「唐揚げの力は本当なんだから。見てなさいよ」


 そう言われても信じられない。でも、好奇心が勝り、その儀式を見せてもらう事にした。


 店の奥にある厨房に入る。


 厨房の調理台には、から揚げが一数個皿に乗って鎮座していた。


 嫌な油の匂いが厨房ではさらに強くなり、亜弓は顔をしかめる。壁もどことなく油っぽくベタついているようにも見えた。壁には小さく一枚の写真が飾られていた。ミチルととてに太った50代ぐらいの薄汚い雰囲気の女の写真だった。この女性は誰だかはわからないが、怪しい雰囲気が印象に残った。


「儀式って何をするの?」

「その前にあなたの願いを言って欲しいわ」


 ミチルは鼻に皺を寄せる。あまり自分に好意を向けられていない事が伝わってくるが、元々同年代ぐらいの女にはよく嫉妬されたりもしたので、あまり気にはならない。


「うーん、特にないわね。そこそこ順調ですし」


 仕事も住む家もある。家は居心地のよいメゾン・ヤモメ。栗子、桃果は確かに癖のあるおばさん連中だが、心根は良い事は知っている。幸子は優しく控えめで、猫のルカは見ているだけで幸せになる。これ以上望む事はない。


「嘘言わないで。あなた、恋愛の悩みがあるわね」


 図星だ。一目惚れした雪也は、栗子のおかげで連絡先が交換できたりもした。しかしあれ以来、雪也は株の本を書くのに忙しいらしい。趣味で書いていた異世界ライトノベルの書籍化も決まったようで、最近めっきり連絡は取れない。もちろん、ついこなえだあったクリスマスも一緒に過ごしていない。


「図星ね」

「でも、独身っぽい女で恋愛に悩みの無い人居ますか? 彼氏がいても浮気や結婚なんかの悩みはあるでしょうし。誰にでも当てはまりそうな一般論を言って当たってるでしょなんて言うのは、嘘みたいじゃないですか?」


 冷静に言ったが、ミチルはますます機嫌を損ねたようだ。しかし、これから亜弓の恋愛がうまくいくように儀式をするという。はっきり言って余計なお世話だが、とりあえずミチルは何をやるのか見守った。


 ミチルは目を瞑り何か呪文のような言葉を唱え始めた。


「唐揚げの神様、どうかこの女性の恋愛を叶えてください」


 これが儀式?


 呪文を唱えて願いを言ってるだけのようだ。


「さあ、唐揚げを讃えよ! 崇めよ!」


 ミチルは一人で盛り上がってこんな事も言っていたが、亜弓の心は冷めていくばかりだ。こんな茶番のような事をして果たして願いが叶うだろうか。唐揚げの神様も何が楽しくて願いを叶えるのかわからない。やっぱり文花が言ったように要注意人物である。


「ふぅ。これであなたの願いは叶うでしょう」

「どうでもいいけど、あなたは唐揚げ屋じゃないの?何でこんな呪い師みたいな事してるのよ」

「その通り、私の本業は呪い師なのよ」

「へぇ…」


 詳しく突っ込む気力も失せる。呪い師が一体なぜ唐揚げ屋? 全く意味がわからない女だと思う。


「ま、頑張ってね」


 亜弓は呆れながら唐揚げ屋を後にした。

 すると、スマートフォンに電話がかかってきた。雪也だった。


 亜弓の意中の男である。どういう事だろうか?さっそく唐揚げの効果なのか?信じられない思いで電話を出るち、今度会いたいという話だった。


 雪也の声は元気がなく、自身の小説に読者からダメ出しされて励まして欲しいという話だった。


 明後日、幸子のカフェ・ミルフィーユで会う事に決まったが、亜弓の心はあまり嬉しくはなかった。このタイミングだと本当に唐揚げ効果みたいではないか。


「どういう事?」


 亜弓の頭の中では、大量ハテナマークが浮かんでいた。


 しかしあんな唐揚げごときで願いが叶うはずもない。偶然だろう。亜弓はそう思った。

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