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唐揚げ編-5

 メゾン・ヤモメにつくと、飼い猫のルカが栗子達を出迎えた。機嫌の良い声をあげている。成り行きで飼い始めた灰色の猫だが、愛くるしいルックスですっかりメゾン・ヤモメのアイドルと化していた。


「あらぁ、ルカったら妙に機嫌が良いわね」


 栗子は目尻を下げて言う。


「なんか良い事あったのかもねぇ。なんだか、私達も良い気分になってきたわ」


 桃果もルカに釣られてニコニコ笑っていた。


 今日買ったものを二人で手分けしながら、キッチンの食糧品専用のキャビネットに詰めていく。


 ミチルのところで買った唐揚げもすっかり冷めているが、レンジで軽く温めた。


 ご飯もレンジで温めて、その間にサラダと味噌汁を二つで手分けして作り、昼食の準備が整った。お盆に昼ご飯を乗せて、食堂に持っていく。


「レンジで温めたのがいけなかったのかしらね? なんか、なんかあんまり…」


 栗子が唐揚げを齧ると、少し苦い顔を浮かべた。衣はブヨブヨとし、肉はボソボソとしていて硬い。全体的に油でべちゃべちゃとしていて、醤油や生姜の風味も感じられない。


「どれどれ」


 桃果も唐揚げに箸をつけた。


「これは…」


 唐揚げを咀嚼(そしゃく)し終えた桃果も栗子と似たような表情を浮かべ、緑茶を飲み干した。まるでさっき食べた唐揚げの味を洗い流すかのようだった。


「はっきり言うけど、あんまり美味しくないわね。私は、もういいかも…」


 あんまり言いたくは無いが、栗子はこの唐揚げは美味しくないと思う。ストレートに言うと不味い。ミチルが願いが叶う唐揚げなどと言っていた理由がわかる。そうでも無いと客は呼べないからだろう。


「シーちゃん、はっきり言うわね。でも、私ももう良いわ」

「うん、私ももういいわね」


 桃果はキッチンから今日買ったオイル漬けのサバ缶と小皿、ラップも持ってきた。そして唐揚げの皿にラップをかけ、小皿にサバ缶の中身を出した。オリーブオイルに浸かったとろっと柔らかそうな鯖だった。


「こっちは美味しいかしら?」

「そうだろう、シーちゃん」


 二人はオリーブオイル漬けの鯖に箸をつけた。とろりとした鯖が舌の上でほぐれる。意外と油っこくなく、サッパリとした舌触りだ。柔らかく、噛むのがめんどくさい栗子にも優しい食感だ。微かに塩味も効いているのも良い。シンプルな缶詰めだが美味しかった。


「こっちは当たりね!」

「なんだ、もっと買ってくれば良かったわね、桃果」


 オリーブオイル漬けの鯖はあっという間二人で食べてしまった。ご飯もすすみ、味噌汁もサラダも完食。


 ハッキリと口にはしないが、ミチルの唐揚げ店にはこれ以上栗子は行かないだろうと思う。皿を片付けながら、ミチルの店は安泰かどうかわからないなと思う。


「ところシーちゃん、仕事どう?」

「まあ、そこそこよ。シンデレラストーリーの新作がもう書き上がってるし、新しい企画を作らないとね」


 あに事件に巻き込まれながら書いたシンデレラストーリーの新作が、来年冬に発売予定であるが、他に担当編集者にある滝沢には異世界風西洋世界の企画も所望され、資料を取り寄せている最中だった。


 相変わらず自分が書きたいコージーミステリを書ける様子は無いが、あの事件が田辺という人気作家にネタにして書いて貰える予定だし、実際事件を捜査する事も楽しかったので、少し前よりはコージーミステリの執着心は薄まっていた。


「こんな事していて大丈夫? ここはいいからさっさとお仕事しなさい」

「良いの? ありがとう桃果」


 栗子は桃果の好意に感謝し、さっそく仕事をしに二階にある自室にこもる事にした。仕事のお供にコーヒーをカップに淹れ、ハイカカオチョコレートも部屋に持っていく。


 今回は西洋風世界のシンデレラストーリーを考えている。メイドと王子様という設定でいこうかと思う。


 相変わらず正気を失いながら書かなくてはならないが、今回は少し残念なヒーローにしても良いかもしれないなどとも思う。企画が通るかどうかは分から無いが、察しがよくヒロインの要望を答えるだけのヒーローも面白くないと亜弓に提案したら、人間味のあるヒーローでも良いんじゃないかという話になった。まあ、亜弓はあまり納得していなかったが。


 資料を机に置き、パソコンの電源を入れる。まずメールが編集部から届いていないかチェックする。


 すると亜弓からメールが届いていた。そこに書かれている内容を見て、栗子は歓喜の声を上げた。


「コージーの企画を出して良いなんて、嬉しすぎる!」


 亜弓からのメールでは、昼出版の文芸編集部ではライトミステリの企画を探しているらしく、栗子も応募して良いという。日本では人の死なない日常に謎解きが圧倒的に人気だが、どういうわけか殺人事件が起こっても良いらしい。企画とプロローグと第1章まで書いたもので採用するか検討するらしく、締め切りは来月末。


 あれだけ上手くいかなかったコージーミステリ作家として一歩踏み出せるかもしれない。そう思うと栗子の胸はドキドキ高まった。


 もしかして唐揚げ効果?


 味は不味かったが、おまじない的効果はあるのかもしれないと栗子は思った。





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