唐揚げ編-4
栗子と桃果はミチルの唐揚げ店で買い物した後、商店街の輸入雑貨店に向かった。キムという40代の男が経営している激安輸入食品店だ。
キムはカタコトの日本語を話しているが、国籍は不明。顔は少し濃いし、アジア人なのか中東あたりに人かもよくわからない。本名も知らない。やたらと安い食品もキムの存在自体もなかなか謎が深い店である。
店に中はかなりごちゃごちゃしている。紅茶やコーヒーがあると思ったら、そばに食器洗剤が置いていたりする。棚にきちんと陳列されず段ボールのむき出しのまま置いている商品も多い。店内は通路も狭く、電気代をケチっているのか薄暗い。闇市の様でもある。
どの商品も日本のものはなく、輸入品ばかりで激安だ。日本のスーパーでも見た事もないものばかりで、正直なところ値段以上のものは無いが、時々掘り出しものがあるので、栗子も桃果も闇市みたいなこの輸入食品店に時々通ってお宝を探していた。
今のところは、紅茶とポテトチップスとジャムとハイカカオチョコレートが当たりである。幸子にも亜弓にも評判がいい。少し暗い店内や乱雑で書き殴ったようなポップも本当に闇市を連想させ、買い物するだけでもおばさん二人はドキドキする。人気の商品はすぐ売れ切れるので、今日のようにお昼前には入店して早めにゲットするのが吉だ。
「シーちゃん、紅茶ゲットしたよ!」
「桃果グッドジョブよ!」
店内は客達でかなり混んでいる。レジではバイトの櫛田佳織が一人で捌いていた。店長のキムの姿が見当たらない。とりあえずお目当ての紅茶を買えたのでよしとしよう。
「シーちゃん、この激辛ポテトチップス気にならない?」
「激辛のは前食べたとき、不味かったのよねぇ。スパイシーソルトのポテチは当たりだったけど」
「あれは美味しかったわねぇ。こっちの缶詰は?」
桃果はオリーブオイル漬けサバの缶詰を指さす。これはまだ試したことがない。手書きのポップを見ると、「疫病の影響で食糧危機が来るかもしれない!是非今から備えを!」とちょっと怖いことも書いてある。これは死んだ夫が好きだった陰謀論の類かもしれないが、ちょっと気になる。ついつい栗子は缶詰を数個、カゴに入れた。
「もうこんなところかね」
「そうね、シーちゃん。もうお腹ぺこぺこよ。早く買い物済ませてこの唐揚げ食べましょう」
レジに並ぶ。バイトの佳織は手早く客を捌いていて、あっとい間に栗子達の番になった。佳織は真面目そうな学生バイトである。この闇市の様な輸入食品店では少々浮いてはいるが、仕事ができるとキムが絶賛していた事を思い出す。
「こにちは。佳織さん」
「わ、栗子さんと桃果さん、こんにちは」
香織は口を動かしていたが、手も休まずに商品をレジを通していった。
「キムさんは? 一体どこに行ったの?」
栗子はキムの姿が見えない事が気になった。
「それが、ちょっと忙しいみたいで」
この話題はあまり言いたくなさそうだった。
「そう。あとで桃果と私が来たよって伝えてね」
「ええ。それと来年の福袋買います? コスパ最高ですから、来年も買いに来てくださいね」
福袋と聞いて栗子の目がキラリと光る。商店街のベーカリーマツダ、ケーキ屋スズキもコスパ最高の福福を毎年販売しているが、この店の福袋もかなりお得で、毎年争奪戦が起きている。栗子は去年買い逃したので、今年こそは何とか手に入れたかった。ここの福袋は予約販売はやっていないため、朝早くから並ばなくてはならない。とはいえ、中身はかなりお得で元がとれる。密かに栗子の年始の楽しみの一つでもあった。
こうして栗子達はレジを済ませ、エコバックに買った商品をつめ、メゾン・ヤモメに帰った。