生贄の花嫁編-4
亜弓は寒空の下、町のスーパーに向かっていた。雪也とは現地集合だ。アイドルイベントなど行った事は無いが、普通の服で行っても大丈夫だろう。不安になるが、かつての不倫相手でもある作家の田辺に馬鹿っぽいと言われたコートを着て、スーパーの一階にあるイベントスペースに直行。
エスカレターのそばに小さなステージができていた。「ようこそ星村七絵さん!」と手書きの下手くそなポスターまで貼られている。新春のイベントだろうが、あまり人気アイドルではないかもしれない。実際客もパラパラと数人しか座っていない。
「タッキー、おはよう」
雪也と落ち合った。雪也は小さなうちわを持ち、本当にアイドルファンのようだった。
「もう前の方にヨシオ君もいるじゃん!タッキー、一緒に行こう」
「ええ」
亜弓は雪也に続き前の方の席に着く。
「雪也さんじゃ無いですか? こんにちわ!」
ヨシオはかなり痩せた20代前半ぐらいの若い男だった。顔のパーツがどれも小さく存在感の薄い男だったが、亜弓を見て顔を赤らめていた。香坂今日子の事件の時のようにお色気大作戦中では無いが、まあいいだろう。なんとなくこの男にはお年玉袋風クッキーは必要ない気がしてあげなかった。
「ミチルちゃんの事聞きたいんだって?」
「そうなの。あとで教えてくれない?」
「了解です。それにしても雪也君はミチルちゃんの彼氏になるなんてさ」
ヨシオはちょっと恨みがましく、雪也を見ていた。雪也はちょっとバツが悪い風に苦笑していた。
そうこうしているうちに司会者が現れ、イベントが始まった。アイドル・星村七絵の登場である。
しかしこのアイドルはちょっと太っていて、ダンスもキレがなくヨタヨタとしている。顔も普通だし、黒髪のツインテールは何となくメンヘラ地雷女っぽい雰囲気が漂っている。
雪也やヨシオ達は声援を送っていたが、亜弓は人気がない理由がよくわかってしまう。逆にこんなアイドルも純粋に応援できる方がいい人なんだろうと思えてならない。雪也はともかく、ヨシオの印象はかえって良くなってしまった。
イベントが終わると、スーパーのベーカリーでサンドイッチやマフィンなどを買い込み、イートインスペースに座る。
ヨシオは星村七星に握手してもらっていて興奮がおさまらない様子。イートインの給水機のお水も美味しいと言いかなり上機嫌。星村七絵はB級のアイドルだったが、よっぽど好きな事が伺える。雪也も目尻と鼻の下が下がりっぱなしである。
一度はこの男の惚れた事が亜弓は恥ずかしくなるほどだった。今は陽介に惚れて本当に良かったと思うほどだった。陽介についてはよく知らないが、陰謀論に没頭しているようだし、こういったアイドルに興味がさそうだ。そもそも女や恋愛自体に興味があるかは疑問ではあるが。
「ところで、ミチルちゃんの事を知りたいんだよね?」
ヨシオがサンドイッチの包みを剥がしながら言った。
「そうなの。何か変わった事とか気になる事とかない?」
亜弓は今日は特に肉食スイッチなどはいれていないし、メイクもほとんどしていないのに関わらず、ヨシオは顔を真っ赤にしていた。おそらく女性と接する機会があまり無いような奥手なタイプだろう。憎めない男で亜弓も雪也も思わずニコニコと笑ってしまう。そのおかげでこの場の雰囲気は妙に素朴で平和だった。
「これ、ミチルちゃんのインタビュー記事。昔のもので、フリーマガジンに載ったものだから今入手するのは難しいと思う。僕もフリマアプリで買ったんだ」
「ちょっと見せて」
亜弓はヨシオからクリアファイルに入った切り抜きをカバンから取り出して見せた。雪也と亜弓は切り抜きをまじまじと見つめた。
数年前に、アイドル活動をしてい時のミチルのインタビューが載っていた。アイドルとしての抱負も語っていたが、生い立ちが多く語られていた。特に姉の思い出が多い。一緒にメダルチャーム作りにハマり、姉と同じメダルチャームをいつも持ち歩いていたという。メダルチャームの写真も載っていた。キラキラした石が真ん中に埋め込まれ、いかにも小さな女の子が好みそうな華やかなメダルチャームだった。
記事を読んでいると、よっぽど姉の事が好きだった事が伝わってくる。同時に行方不明になった事の悲しみもつたわり、胸が痛くなるような記事でもあった。読者にも情報提供を呼びかけている。ちょっぴり切ない記事だ。
「ミチルちゃんは本当にお姉さん思いの子だったね」
「そうだったんだ。俺は付き合っているのに、そう言った話はあんまりしなかったよ…」
恋人の知らぬ一面を知り、雪也はちょっとショックを受けているようだった。
「この記事悪い記事じゃないと思うけど、ファンの中でちょっとトラブったんだよ」
「え!? この記事で信じられない!」
ヨシオはそう言っていたが、亜弓の目にはちょっぴり切ない記事にしか見えないのだが。
「姉の事ばっかり語るな!ってアンチが何故かできて、嫌がらせ行為されてたみたい。そのせいでミチルちゃん、アイドル辞めちゃったんだよ。本当に酷いヤツ!」
ヨシオは純粋で正義が強いのだろう。一緒にいると、亜弓はどこか栗子と一緒にいるような気分にもさせられた。
「ヨシオ君、話を聞いていたらそのアンチムカついてきたわね。ミチルさんに嫌がらせしていたヤツは誰かわからない?」
それがわかれば、大きな手がかりが得られそうだ。実際ミチルは何者かに襲われている。同一人物の犯行であるかもしれない。ただ、ミチルはキムに襲われたと言っていて、実際彼が捕まっているのだが。
「まあ、証拠は無いけど、コイツがミチルちゃんのアンチじゃないかっていう噂だよ」
ヨシオはスマートフォンを見せた。そこにある男のSNSが映っていた。満夜という男で、今人気のあのアイドル・レン様にも少し似たイケメンだった。似せて整形しているかもしれない。銀色に髪を染め、ちょっとファンシーな雰囲気もある。実際アニメのコスプレの写真が多く上がっていた。ただ、ミチルに嫌がらせをしていた情報などは当然ながらないようだったが。
「わかった、色々情報ありがとう」
亜弓がヨシオに改めて礼をいった。切り抜きの写真も撮り、満夜のSNSアカウントも忘れないように記録する。
「まあ、何かあったらいつでも聞いて。雪也くんもまた一緒にイベント行こう」
そう言ってヨシオは去っていった。
イートインスペースに残された亜弓と雪也は改めてに得た情報に関して考えを巡らす。
「コイツがまたミチルを襲った可能性って高い?」
亜弓は満夜にSNSを眺めながら、顔を顰める。確かにイケメンではあるが、有名なアイドルに下品なメッセージを送ったりして本当に気持ち悪い男だった。どうやって生計を立てているのか疑問だったが、スピリチュアルにかぶれていてパワーストーンや怪しいアクセサリーをファンに売りつけているようだ。アニメのコスプレで女の子のファンが少なからずいるようだった。
「わかんない。でもコイツの裏アカとか分かればいいんだけどなぁ」
「裏アカね…」
亜弓はそれを探すのにピッタリな人材がいたのをひらめいた。文花である。かつての不倫相手の妻であるが、香坂今日子の一件で、なぜか親しくなってしまった女の子である。あの時は香坂み今日子の裏アカもあっという間に調べれいた事を思い出す。
亜弓は文花に事情を書き、満夜の裏アカや不審な言動などがなかったかどうか調べて欲しいとメールを送った。
「これで、満夜の事は何かわかるかもしれない」
「それに話聞くとその文花さんて人、相当アレな女だな…」
どこからか知らないが雪也も文花の評判を知っていて顔を顰めた。
「その文花さん、無償でやってくれるかね?」
「大丈夫。今度メゾン・ヤモメで新年会でも開こうって幸子さんや桃果さんと話してて。それに文花さん誘ったから」
「そっか。新年会やるんだ?」
「去年は忘年会やるの忘れちゃったしね。まだ日程は決まってないけどユッキーもくる?」
「もちろんさ。でもその前に事件を解決するしないとな」
「そうね…」
事件の手がかりは掴めそうだが、まだ犯人がわかったわけでは無い。楽しく平和な新年会を迎える為にも早く事件を解決したいと亜弓は思った。




