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唐揚げ編-2

 ミチルの唐揚げ屋は商店街の一番奥にあり、正直なところ立地はあまり良くない。すぐ裏手には公園があり、薄暗い廃神社の鳥居も見えて少々暗い雰囲気も漂う。


 賑やかな駅側に近いベーカリー・マツダや幸子の運営するカフェ・ミルフィーユに比べると人の行き来も少ない。にもかかわらず動画が評判を呼び、ミチルの唐揚げ屋は長蛇の列ができていた。もう年の瀬も近く、年末の慌ただしい時期でもこぞって人が押し寄せてきた。


 列の最後尾には、メゾン・ヤモメの住人の栗子と桃果の姿があった。二人は今朝動画を見て、やっぱり行きたいという事になった。昼前という事もあり、余計に混んでいる様だ。


「本当に願いが叶う唐揚げがあったらいいわねぇ」


 栗子はポーッとなりながら、桃果に話した。


「宝くじを当てて、少女小説家は廃業してコージーミステリを書くんだから」


 少女小説のシンデレラストーリーを書くのは正直なところとてもしんどかった。カッコいい完璧な王子様を描写すればするほど、死んだ夫がしていたモラハラっぷりが浮かび上がる。


 キラキラとしたシンデレラストーリーと現実との深いギャップに苦しむ。栗子の書きたいコージーミステリの企画は通りそうもない。お金があればさっさと少女小説家は廃業して好きにコージーミステリを書きたいと思う。あるいは日本のライトミステリ市場でコージーミステリが認められて、それが書きやすくなれば良いのにとも思う。


 宝くじを当てるのと、コージーミステリが認められるのは果たしてどっちが可能性があるだろうか。いずれにしても願いが叶うなんて夢のある話しだ。栗子の胸はドキドキと高まる。


「そんな宝くじなんて上手く当たるかねぇ、シーちゃん」


 桃果は栗子の事をシーちゃんと呼んだ。死んだ夫が(シープ)のように何も考えていない人間(ピープル)の造語で「シープル」と揶揄(やゆ)して呼んでいた言葉だが、桃果は単純に栗子がシープに似てるからそう呼んでいるだけだった。栗子の見た目だけは、羊に似た人の良い雰囲気である。


「桃果は願いが叶うなら何を願うの?」

「そうねぇ。別に何でもいいけど、物忘れが酷いので認知症にしないで下さいってお願いするね」


 桃果はちょっと自嘲気味(じちょうぎみ)に笑う。桃果も栗子も59歳で、もうおばさんというよりお婆さんの域に片足を突っ込んでいた。認知症もそう遠い問題ではない。つい最近まで更年期障害に苦しめられらていたものだが、全く世知辛い。


「でも、まだまだよ。私達だってそこそこ若いわよ、桃果!」

「そうねぇ。そうだと良いわね!」


 栗子が励ますと、桃果も笑顔を見せた。しかし、12月の冷たい風が吹き、二人とも寒さでプルプルと震え始めた。


 寒さに我慢しながらようやく店内に入る事ができた。唐揚げは全てテイクアウトで、弁当箱につめて売られていた。弁当箱には、クマやウサギのイラスト入りのイラストがデザインされ、ファンシーで可愛らしい。ファンシー好きな栗子も好きな感じではある。どちらと言えばお酒と共に楽しみたい唐揚げという料理だが、こうしてみると子供にもウケるかもしれない。


 美味しそうには見えたが、古い油で揚げているのか、店の中がベトついた匂いが充満していた。


「いらっしゃいませませ」


 カウンターにはミチルがいた。服装は白シャツにエプロンで動画と違ったが、可愛らしい顔立ちの女だった。それにエプロンの上でも胸が大きいのがわかる。ミチルに興味がない男は居ないんじゃないだろうかと栗子は思った。


「どれがおすすめ?」


 桃果がミチルに聞いた。


「この梅セットが、唐揚げが10個も入っていますので、お二人で食べるならおすすめですよ!」


 本当にアイドルのような笑顔をミチルは見せていた。実物は動画より可愛く見え、商店街の男どもは放っておかなうだろうと思う。


「ところで、願いが叶うって言うのは本当なの?」

「ちょっとシーちゃん。行列の時にそんな質問しちゃって大丈夫?」


 ハッキリと口にする栗子に桃果は慌ててていた。栗子はものをハッキリと言うタイプで、空気が読めないところもあった。空気を読みのらりくらりとした言葉遣いをする日本人では珍しいタイプではある。実際アメリカやイギリスに住んでいた事もあり、本人はハッキリと主張できる英語で話したいと思う事が多々あった。


「もしかしてメゾン・ヤモメの方々ですか?」

「知ってるんですか?」


 自分達が知られている事に栗子も桃果は驚く。


「殺人事件を解決されたとか」

「どこから聞いたの?」


 栗子は身を乗り出してミチルに効いた。


「みんな言ってますよ。ベーカリーの松田さんやカフェの幸子さんも」

「あら、嫌だ。恥ずかしい」


 そう栗子が言っても、心の中では満足していた。あの香坂今日子の事件では、犯人が全て告白する音声を抑え、動かぬ証拠を得た。もちろん、亜弓や元夫の息子・雪也の助けもあったが、我ながら良い事をしたんじゃ無いかと思う。


「実は、私、栗子さん達にちょっと話したい事があって」


 さっき待っで笑顔だったミチルだが、急に困った様な表情を見せた。


「何か悩みがある?」


 栗子よりメンタルは弱いが、繊細で察しの良い桃果が聞いた。確かに新しい土地で一人で商売を始め、心細いのかもしれない。


「オッケーよ。いつでもうちに来てちょうだいよ」


 栗子は快くミチルの願いを聞き入れた。


「私もよ。新しくこんな田舎の商店街に来てくれたんですもの。歓迎するわ」


 桃果も笑顔で言うと、ミチルは仕事が休みになる明日メゾン・ヤモメに来る事になった。同じ住人である幸子や亜弓の許可は取っていないが、二人とも仕事だろうし、もしそうでなくても新しく町にやってきたミチルを追い出す様な事はしないだろう。


「それと唐揚げは梅のをいただくわ」

「そうね、シーちゃん。今日はお昼は唐揚げ手抜きしよう」


 店内の油っこい匂いは気になったが、唐揚げは楽しみだ。味はわからないが、願いが叶うとは夢がある。栗子はそう思いながらミチルから唐揚げを買った。

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