表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/41

お年玉大作戦編-1

 香水の絶叫があたり一面に響いた。


 客達も香水の声につられたようにどよめいていたが、雪也は立ち上がった。


「嘘かも知んないけど、俺は河原行ってくる!」


 そう宣言して走って廃神社からでていってしまった。気づけば時刻はもう0時を過ぎていた。亜弓もちょっと迷ったが、雪也の後を走って追った。亜弓がそうした事がきっかけで他の客達も続々と河原の方へ走る。陽介だけが一人残り香水を睨みつけていたが、香水もどこかに消えてしまった。


「ちょっと、滝沢さん! 本当に真凛ちゃんいますかね?」


 走りながらベーカリー・マツダの若き店員の松田和水に話しかけられる。


「わかんない!」

「スピリチュアルなんて嘘くさいけどな!」


 ケーキ屋スズキの店員・鈴木拓也は吐き捨てるように言った。大抵の人は二人と同じ意見だろう。他に河原まで走っているものも半信半疑か、好奇心にかられているようにしか見えない。小さな平凡な田舎町で、こんな派手な事は滅多になく、ちょっと楽しそうにもして追いかけている。


 それにしても久々に走り、亜弓は息が上がっていた。普段はディスクワークで、最近は疫病に影響でリモートワークになり、通勤時間に歩く事も少なくなり完全に運動不足だ。普段パンやケーキを作るという肉代労働もしている上、若い和水や拓也は平然としているが、運動不足のアラサーの亜弓は少々キツい。


 つくづく栗子はメゾン・ヤモメに帰っていて良かったと思う。栗子がこうして走っていたとしたら、途中でバテていた事だろう。そして文句をブーブー言っている姿が目に浮かぶ。


 雪也は脚が速い様で、集団の先頭を走っていた。年始の年男に入賞できるかもしれないぐらいだ。


 走った為が汗が出てすっかり身体は暖かい。手袋を脱ぎ、マフラーもとりカバンにしまう。こうしているうちに雪也はもちろん、和水や拓也にも遅れをとってしまったが、どうにか追いついてた。


 河原はすでに人だかりができている。誰かが懐中電灯などで灯りをつけているのか、真夜中でもさほど暗くは見えない。ガヤガヤと騒がしい。


「ちょっと失礼しますよ」


 亜弓は人だかりをくぐり抜け、最前列に入る。そこには和水や拓也もいて、隣に行く。二人は呆然としていた。


「何? 何があったの?」


 ちょっと興奮しながら亜弓が言う。


 河原には、女の子が泣き腫らした姿でいた。真凛だった。そばには一番最初に駆けつけた雪也がいて宥めていた。泣いたあとはあるが、真凛の身体は元気そうだった。怪我をしている様子はなくその点はホッとした。問題はそこではなく、何故香水が真凛の居場所がわかったのか?


「どう言う事? これだったら香水が言った事が本当じゃない!」

「だよな、どういう事だ?」


 亜弓は動揺が隠せないが、真凛を保護したと思われる雪也も慌ていて、かなり戸惑っていた。


「ユッキー、警察は?」

「うん、さっき呼んだ。もうすぐ来るはずだよ」


 真凛は雪也に警戒して近づかない。そうかわり、商店街で顔見知りだと思われる和水や拓也に方に行く。この二人にはかなり懐いているようだ。


「真凛ちゃん、どうしたの?」


 和水は真凛に視線を合わせてしゃがんだ。拓也もそれに続く。


「あとでうちのケーキ何でもあげるからさ、どうしていたか言ってくれる?」

「俺もあとでうちの動物パンあげるよ。どこにいたの? 真凛ちゃん」


 真凛はケーキや動物パンが貰えると聞いて目をキラキラと輝かせた。この様子ではメンタルの方も心配ないと思うが、亜弓は不思議でならない。本当に香水が言った事は間違いないという事?信じられない。


「私、龍神様と一緒にいたの」


 真凛はとんでもない事を言い始めた。

 周りにいる大人達は驚き、言葉を失っているようだった。


 真凛は賢い子供なのか、淀みなく今までの経緯を説明した。クリスマスの日、公園で一人で遊んでいたが飽きてこの河原までやってきた。河原で石を拾っていたら「お前を生贄の花嫁にする」という綺麗な銀髪のイケメンが現れた。真凛はそのイケメンについていくが、いつの間にか異世界のような場所に到着。イケメンは龍神と名乗り、異世界の城のような場所で毎日姫様扱いされていたという。


「なんだか今流行りの少女小説みたいな話ね…。栗子先生の『龍神様の花嫁』にも似てる」


 亜弓は一人呟く。生贄になり、鬼や死神に嫁ぐ和風ファンタジー風の少女小説が流行っていた。明治や大正が舞台になる事が多いが、現代や異世界が舞台になる事も多い。栗子も10年前にそんな小説を書いていた。真凛は本当にうっとりとした顔で語っていたので、嘘の様な話でも信じてしまう説得力はあった。



 イケメン龍神様と離れ離れになってしまったと真凛は泣き続けた。


 大人達はすっかり困っていた。話している内容は、明らかに作り話なのに真凛が嘘をついている様には見えない。


 雪也も困惑して「子供の作り話?」と亜弓に聞いてきたが、何とも言えない。


 その内真凛の母・優奈と警察がやってきた。


「本当、真凛ったらどこ行ってたのよ!」


 優奈は怒りながらも号泣して、真凛を抱きしめた。その後、警察が事情を聞くと真凛と優奈はパトカーに連れられてあっという間にいなくなる。


「どういう事?」


 これだとまるでハッピーエンドだが、亜弓は納得いかない。


 和水や拓也、他の町の人達はホッとしていたが、雪也も納得いかない表情を浮かべていた。


「そんなファンタジー小説みたいに異世界があるわけがないじゃん!」


 雪也は異世界もののラノベを書いているからこそ、現実には絶対に無い事はよく分かっていた様だ。


「そうね。イケメンも滅多に現実世界にいないわよ」


 亜弓はチラリと雪也の顔を見る。確かにもう興味の無い男だが、顔だけは良いと思う。


「それにミチルの事件とも関係がある気がするよ。こんな呑気な田舎町で、連続して二つも事件が起きるわけないじゃん」

「そうね」

「タッキー、うちらで調べない? 上手くいけば今日子さんの事件の時みたいに解決できるかもしれない」


 事件の調査などノリ気ではなかったが、こうして謎が深まると好奇心が刺激される。みんなで用意したお年玉袋風のクッキーも活用で切るだろう。


「そうね。まずミチルさんに会いましょう」


 こうして亜弓と雪也は二人でミチルに会う事を約束した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ