呪われた火因町編-7
「みなさん、ごきげんよう」
香水は怪しく微笑んだ。
驚いた事にこの寒空の下、香水は巫女姿だった。白い着物に赤い裳をつけている。髪は一つに束ね、一見どこかの神社の巫女であるようだが、全く寒がっていない。体型はかなり太っているので、脂肪が防寒代わりになっているのだろうか。
「火因町の皆様、よくいらっしゃいました。今日は大晦日。『気』はまだ鎮まっているので、さっそく由紀乃の呪いを封じ込めていきましょう」
「ちょっと、質問いいか? 奈良時代の生贄で犠牲になった由紀乃の呪いって何でわかるんですかー?」
陽介が空気を読まずに香水に質問していた。質問というよりは口調がかなり嫌味っぽいので、ヤジみたいだと栗子は思う。隣にいる亜弓や雪也はハラハラしながら陽介を見守っていた。
陽介はどういうつもりなのだろうか。明らかに香水を不快にさせていた。香水は眉根を寄せ、鋭く陽介を睨みつける。
「うるさい! あなたは黙ってなさい」
「嫌だね。だってこんな儀式やっても意味ないぜ? それこそ由紀乃みたいにあんたが生贄になって悪魔召喚した方が、願いが叶うんじゃない? 霊媒師のオバハンよ!」
陽介が香水を挑発し、さらに怒らせていた。しかし香水は陽介のヤジを無視して、祭壇の護符に拝み始めた。呪文の様なものを唱え始める。お経かもそれないが、栗子の耳には何を言っているのかさっぱりわからない。少し風も寒く感じて、栗子はマグボトルに入れてきた生姜紅茶をちびちびと飲み、心を落ち着かせた。
「ちょっと気持ち悪いわ、何のこの呪文?」
思わず栗子が小声で隣にいる亜弓の耳元で囁いた。
「確かに変な感じですね」
「なんか俺も気分が悪いんですけど」
栗子だけでなく、亜弓も雪也も気持ち悪くなっているようだ。他の客もよく見ると、気分を悪くしているような表情を浮かべていた。
栗子は空を見上げると真っ暗で吸い込まれそうな気もしてくる。月や星も出ていない冬の空は、香水の呪文を唱える声と相まってなんだか怖く見える。
一方、千尋や陽介は平然としていた。特に陽介は小馬鹿にした様な笑顔。千尋も陽介とまでは行かないが、冷ややか目で香水を見ていた。普段優しそうな人なので、栗子はちょっと驚いた。
「いや、本当に気持ち悪くなってきたわ…」
栗子の顔は青い。
「大丈夫ですか? ああ。これは聖書で言われる悪霊が動いてるかも」
栗子の異変にすぐに気づいたのは、亜弓でも雪也でもなく牧師である千尋だった。
「栗子さん、メゾン・ヤモメに帰りましょうよ。このままだとちょっと危険ですよ。私も送りますから」
千尋の提案は嬉しかったが、このまま去ってしまうと、事件の手がかりが追えなくなってしまうかもそれない。
「栗子さん、あとは私達はみておきますから」
「そうだよ、オバタリアン。俺らに任せろよ」
亜弓と雪也にもそう言われて、納得いかなかったが、さらに気持ち悪くなってきて、寒さもこたえた。結局栗子は千尋に連れられてメゾン・ヤモメに帰る事になった。




