呪われた火因町編-6
祈祷会が始まるのは、23時からだったので、それまでメゾン・ヤモメで過ごす事にした。雪也も連れてくる。リビングで集まり、暖かな部屋で年末の歌番組やクイズ番組、オーケストラなどをポテトチップスやクッキーを片手に見る。
「ねぇ、本当にシーちゃんは、あの祈祷会に行くの?」
そう言って桃果はぽりぽりとポテチを齧る。このポテチはキムの店で買ったもので、外国のものだ。強いスパイスの香りがリビングに漂うが、パンチが効いていてあとを引く味だと栗子が思う。さっき雪也の家でチルドピザを食べたくせに、ポテチはどんどん腹に入る。このポテチは日本のスーパーには売ってない。再びこの味が楽しめるかどうかわからないと思うと余計に口に運んでしまう。
「桃果は行かないの?」
「桃果おばさんは行かないのかよ」
栗子と雪也が聞く。幸也はチョコレートのアイスを食べていた。口のまわりがちょっと冷えたようで赤みを帯びていた。
「私は行かないのわよ。怖いもの。あ、レン様が出てる!」
桃果テレビに視線をうつす。最近人気の男性アイドル・レン様に目をハートにして見ていた。レン様は典型的なアイドルのよう。王子様ルックでキラキラとした笑顔を振る舞いていた。この様子では、祈祷会に来ないだろう。レン様は年明けすぎまで歌番組に出演予定だ。祈祷会などには興味がないだろう。
「幸子さんは祈祷会でないんですか?」
亜弓はハイカカオのチョコレートをつまみながら聞いた。
「私も遠慮しておくわ。ルカの写真もちょっと整理したいしね」
幸子のそばでリラックスそていた飼い猫のルカは、幸子に同意するように「にゃー」となく。
「本当にルカちゃんは呑気だな」
雪也は苦笑しながらルカのもふもふとした背を撫でた。
「そういえば雪也くんとルカ写真って撮った事なかったわね」
幸子はリラックスしだらけた表情のルカと雪也の写真をおさめた。
静かで呑気な大晦日だった。
桃果と幸子は夕飯に年越しそばを食べたそうだが、結局他の三人食べる機会を逸してしまっていた。とはいえ、チルドピザは美味しかったし、年明けうどんを食べても良いんじゃないかと栗子も思う。この歳まで細く長く生きている事もそこそこ成功しているので、わざわざ年越し蕎麦を食べる気分にもなれなかった。
コージーミステリは書けなったが、少女少女では大御所だ。シンデレラストーリーを書くのは辛かったが、お嬢様学園の青春ものやスチームパンク風の冒険ものを書けた時もあったし、自分がいつも愚痴っているほど悪い作家生活ではなかったのかもしれない。これでコージーミステリが書けたら完璧だが、そこまで願うのはワガママだろうか。こうして呑気な大晦日をみんなで迎えられる事以上に幸せな事は無いんじゃないか。栗子はそんな事をしみじみと思う。歳をとって少し丸くなったのかもしれない。
そうこうしているうちに23時に近づき、栗子達はコートをいそいそと着込む。夜で一段と寒さは厳しくなるだろう。栗子はいつもの防寒プラスし、貼るカイロをコートの内側にしのばせ、マグボトルに温かい生姜紅茶も入れて持って行く事にした。亜弓と雪也も防寒していたが、栗子の熱の入った防寒に少々呆れながら廃神社に向かう。
廃神社は、誰が用意したのか不明だが、ライトアップされて明るく、意外と怪しい雰囲気が無い。
人も続々と集まり、ここが普段廃神社である事や香坂今日子が殺され、ミチルが襲われた場所だとは信じられない気持ちに栗子はなった。
「なんですかね? あれ」
亜弓が鳥居の先を指さす。
そこのは祭壇のようなものができ、そのおかげで境内が見えない。祭壇のようなものには、護符の様なものがあちこちに貼りつけられ、怪しい雰囲気が立ち込めている。まだ、香水の姿はどこにも見えなかった。
「まあ、とにかく座りましょ。雪也も来て」
「おぉ」
栗子達は鳥居をくぐり抜け、祭壇の前に並べられている椅子に座る。席の前方には、ベーカリー・マツダの若き職人である和水やケーキ屋スズキの店員・鈴木拓也がいた。二人とも笑って好奇心に満ちた顔をしている。やはり若い人の方が、こう言った事を柔軟に楽しめるんだうと栗子は思う。
ちょうど座席に座っていると、すぐ前の席にこの町の牧師・三上千尋がいるのに気づく。色が白く、いかにも清潔そうなルックスの若き牧師である。香坂今日子の事件では色々と協力してくれた事を栗子は思い出す。
「でも何で牧師さんがこんな神社の祈祷会に参加するの?」
「そうだよ、教会じゃないぞ、ここ」
「改宗でもしたんですか?」
栗子、雪也、亜弓が次々と千尋に突っ込んだ。
「いえ、何か嫌な予感がありましてね。こう言った異教の祈祷会では聖書で書かれる悪霊達が騒いで何か悪さする事があるんですよ」
「えぇ? 何それ」
滅多に怖がらない栗子だったが、そう言われるとちょっと怖い。
「大丈夫ですよ。ちょっと私が栗子さん達が守られるよう、先に祈ります」
千尋は一分ぐらい目を瞑り、祈っていた。特にキリスト教に興味がない栗子達だったが、こうして祈られると不思議と安心した。外の冷たい風も和らぐようだ。
「アーメン!」
栗子達も思わず、そう呟く。ちょっと恥ずかしかったが、気分がなぜかスッとした。それは栗子だけでなく、亜弓や雪也もそうで笑顔を見せている。
「おいおい、典型的ないいとこどりご利益宗教の日本人だな」
嫌味な声が聞こえたと思ったら、陽介も来ていた。
「三上先生、前は資料ありがとうな。やっぱりここで、悪魔崇拝儀式やってた可能性が十分出てきたわ」
陽介の言う悪魔崇拝という言葉に、この場にいる面々は一様に嫌な顔を浮かべる。確かにこの状況で聞いていて気分のよいワードではない。
「陽介さん、あなた一体何しに来たのよ」
栗子はぶりぶり怒りながら、口を尖らせる。
「決まってるじゃないか。香水の祈祷会を見学しに来たのさ」
陽介は千尋のすぐ隣に座り、悪魔崇拝や幼児誘拐、ローマ法皇の事などでしばし盛り上がりをみせていた。
亜弓はそんな陽介に相変わらず目がハート、雪也はちょっと怖そうに当たりを見回す。町の人が続々と席に座り、もう空いてる席がない。立見客も現れ、廃神社はいつもだったら見た事がない様な賑わいを見せている時、ついに祭壇に香水現れた。




