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シープルおばさまは名探偵〜唐揚げと生贄誘拐殺人事件〜  作者: 地野千塩


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呪われた火因町編-5

 さすがに大晦日の夕方であり、寒い。栗子はモコモコとしたコートにふわふわのマフラー、毛糸の手袋に帽子と完全防備だ。前髪だけ紫のグレイヘイと毛糸の帽子はよく似合い、ちょっとユルキャラのような可愛さもある。本当に羊のキャラクターのようだ。こんな事を言ったら調子に乗るので、亜弓は「栗子さん、防寒服似合ってますねー」とだけ言っておいた。


「亜弓さんこそエリだけモコモコした茶色のコートよく似合ってるわよ」

「そうですかー?」


 このコートは、かつての不倫相手・田辺から「ちょっと馬鹿っぽい」と言われた事があった。田辺は知的なファッション顔立ちの女が好きなのだ。とはいえ、栗子にファッションを褒められるのは悪い気はしない。


 寒いので、二人とも途中で自動販売機でドリンクを買う。栗子はホットコーヒー、亜弓はミルクティーを買う。この程度で全身温かくなるわけではないが、二人の指先はじんわりと温かくなっていく。


 雪也の住む町外れのアパートまでとぼとぼと歩く。年末のせいか、人気はやっぱり少ない。栗子はキョロキョロと目を動かして、真凛の姿を探していたが、子供の姿自体見つからない。雪也の住む所は町外れの為か、河原や雑木林もあり、余計に賑やかさの無いところのようだ。


「雪也、きたわ!」


 栗子がチャイムを鳴らすと、ちょっと疲れた表情の雪也が出てきた。セーターにジーパンという格好がよく似合っていたが、陽介に夢中になっている亜弓は昔ほどかっこいいとは思えなかった。


「なんだ、オバタリアンかよ」

「そんなガッカリしないでよ。お年玉だってあるんだから」

「そうですよ、ユッキー。私もきましたよ」

「そっか、タッキーもきたのか」


 雪也は本当にクラスメイトに見せるような素朴な笑顔を見せ、二人を家にあげた。

 リビングは以前きた時よりも少々雑然とそていた。忙しいようだが、前のようにハウスキーパーを雇っていないようだ。あの家政婦のマー君はとんでもない男だったし、もうそう言ったものを雇いたくないだろうと亜弓は察する。


 二人は、リビングのソファに座り、雪也もテーブルにお茶を並べるとすぐ座った。雪也はテレビをつけると、大晦日特番のお笑い番組が流れる。たいして面白くはないが、人の笑い声だけ聞くだけでも気分も華やぐと亜弓は思った。


「これ、雪也にお年玉よ!」


 栗子は紙袋から、ポチ袋風ジッパーバッグにラッピングされたクッキーを取り出す。


 ちょっと落ち込んでいたような雪也の顔に嬉しさのようなものがうかび、笑顔も見せてきた。


「お年玉? オバタリアンのくせに太っ腹だな」

「これがクッキーなのよ。メゾン・ヤモメのみんなで焼いたんだから」

「ふーん、俺は金が良かったかも」

「ちょっと、雪也。子供じゃないんだから、文句言わずにお年玉貰いなさいよ!」


 栗子と雪也はしばらくそんな風に話していた。亜弓は、二人の会話を聞きながら、意外と雪也も機嫌がよくなっているように見えた。そのタイミングを見計らったかのように栗子はミチルの話題を切り出した。


「ミチル…。うん…」


 明らかに雪也は顔を曇らせていた。口は悪いがいつもは元気いっぱいの雪也にそては珍しい。おそらく何か知っているにだといと亜弓は検討をつける。


 雪也はラッピングを剥がし、クッキーを食べ始めた。意外とラッピングを綺麗に剥がし、クッキーも粉をこぼさず器用に食べていた。昔の亜弓だったら惚れ直す所だが、今は全く興味が持てないと亜弓は思う。


「ミチルさんの事で何か知らない?」


 栗子は単刀直入に聞いた。あまりにもストレートなものいいなので、雪也栗子がしている事を察した様だ。ドン引きした様にこんな事を言う。


「まさか、またミス・マープル気取りで事件捜査しているんじゃないだろうな?」


 そのまさかである。それだけではなく、本人はコージーミステリのヒロイン気取りで、事件を解決すると意気込んでいるが、亜弓は本当の事はとても言えないと思う。亜弓は、雪也に出されたお茶を飲み込もう、わざとらしく咳払いをした。


「なんかミチルさんで変わった事ないの? そもそもあなた、一体どうやってミチルさんと付き合う様になったのよ」


 栗子は、ドン引きしている雪也に気にする事はなく、グイグイ質問する。


 しかし、もう夕方で三人ともお腹が空いてきた。

 雪也はとりあえず、冷凍庫をあさり、ピザをレンジで温めた。チルドの安いピザの様だが、リビングまでもチーズの良いにおいが届く。


 レンジがなり、三人でピザにかぶりつく。確かにすごい美味しいピザではないが、年末の雰囲気のせいか、みんな食べているせいか、亜弓はチルドピザをおいしく感じた。年越しソバは食べ損ねたが、良いだろう。雪也もそう思っている様で、少し口が軽くなっていた。


「ミチルとは、実はアイドルイベントで知り合ったんだよ」

「アイドル?」


 栗子と亜弓は顔を見合わせる。二人とも雪也とアイドルは結びつかない気がしたのだが。


「俺、恥ずかしいんだけど、星村七絵(ほしむらななえ)っていう地下アイドルのファンで」

「うわぁ、雪也そうだったの? ヲタクだったの? いやらしい!」


 きゃっきゃと栗子ははしゃいでいた。いつも口の悪い雪也の欠点がみつかって大喜びしている様だ。おばさんらしいゲスさを隠さない栗子に亜弓はため息が漏れる。


「いいだろ、オバタリアン! で、ミチルも七絵のファンでさ、彼女もアイドルみたいな事やってたらしく、家も同じ火因町(かいんちょう)だと知って意気投合…」


「ミチルさん、アイドルもやってたの? まああのルックスだったら納得だけど」

「そうだったんだ」


 亜弓は冷静に呟く。


 雪也に惚れていた時はこんな事実を知ったらショックを受けただろうが、今は陽介の事が気になるしどうでも良かった。雪也もサブカル男子っぽいルックスだが、意外とこういうルックスの男は似たようなサブカル女子ではなく、馬鹿っぽいアイドルの方が好きなのだ。サブカル男子好きの亜弓の経験則でそう思う。


「で、ミチルさんは何か変わった事ない?」


 ピザを美味しそうに頬張りながら、栗子は聞く。


「そうだなぁ。ミチルは副業で呪い師をやっていたけど、もうそれは辞めたいとぼやいていたよ」


 それは新事実ではない。栗子もガッカリとした表情を隠さない。


「他には何かないの?」

「うーん、あ、キムさんに付き纏われてるとは言ってた。あの人はミチルに惚れていたらしい。たぶん、俺が彼だって知って逆上したんじゃないかね」

「そうなの?」


 これは新事実で栗子は身を乗り出して聞く。ただ、これでは雪也の言う事とキムが警察に捕まっている事実は辻褄が合ってしまう。でも亜弓は、何となくキムが犯人である事に違和感を持つ。同様に栗子も顔を顰めていた。栗子も納得いかない様だった。


「霊媒師の香水とは何かトラブルなかった?」


 栗子は質問を重ねる。


「それは聞いてないよ。むしろ香水先生はいい人よ〜って言ってた。まあ、キムさんが犯人じゃ無いにしてもアイドルヲタクが関わっている可能性あるかもな。ミチルは昔、ファンに嫌がらせされたとも言ってたから」


 栗子はしばし考え込む。今知った新事実は、キムがミチルをストーキングしてた事、アイドル時代トラブルがあった事である。このトラブルが今回の事件に関係あるかはわからないと亜弓は思うが、アイドル時代のトラブルは気になる。調べて見る価値はあるだろう。こんな栗子みたいにコージーミステリにヒロインになり切る調査などくだらないと思うが、乗りかかった船だ。早めに事件が解決し、年明けから再び栗子にシンデレラストーリーを書いて欲しいと亜弓は思う。


「ミチルさんは今どうしてるか知ってる?元気なの?」


 栗子は、最後に一番気になっていた事を質問した。


「うん、火因町総合病院に入院中。元気だけど、精神的にはショックで個室に入院しているらしいよ。警察から事情聞かれたってメール貰った」


 そうは言っても雪也は心配そうだった。


「ミチルさんに会えると良いんだけどな」


 亜弓は無理かもしれないと思ったが、ダメもとで言ってみた。


「そうよ。私達は、ミチルさんに会いたいわ」

「まあ、オバタリアン騒ぐなよ。一応ミチルにメール送ってみるよ。ミチルが嫌だって言ったら、ダメだけど、そうじゃなかったら一緒にお見舞い行くか?」


 珍しく雪也は優しい表情を見せた。もしかしたら、恋人が襲われてやっぱり少しダメージを受けているんだろうと亜弓は思う。


 あらかたピザを食べ終えていしまい、みんなで皿を片付けた。やっぱりお腹がいっぱいになったのか、雪也は機嫌が良くなっていた。


「そういえば、雪也は香水の祈祷会出る?」

「いやだよ、怖い」


 雪也は本当にびびっている様だった。


「でも何かわかるかもしれないじゃない。あなた、男の子でしょう?」


 それを栗子に母親の様に言われてしまうと、雪也は何も言い返せなかった。本当に子供のように口を地がらせて、モゴモゴと文句を言っていた。


「大丈夫よ、ユッキー。そんな由紀乃の呪いなんてないって」

「タッキー、本当?」

「ええ。やっぱり香水は怪しいし、何か分かるかもしれない」


 こうしてこの三人であの廃神社で行われる香水の祈祷会に参加する事になった。

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