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呪われた火因町編-2

 香水の動画は「呪われた火因町」というタイトルだった。


 動画では、どこかの家のリビングで香水が映っていた。リビングは豪華なシャンデリアやソファがあり、香水のすぐ後には高そうなツボも飾ってあった。栗子はおそらく香水の自宅だろうと思うが、どことなく薄汚く下品な雰囲気の香水と豪華なリビングが噛み合っていないようにも感じた。


「呪われた火因町? 一体何を言ってるの?」


 亜弓が呆れた声を上げる。


「黙って、亜弓さん。香水が何か話し始めたわよ」


 香水は、静かで暗い声で、火因町の呪いについて話はじめた。今年秋には香坂今日子が殺された。年末には、真凛という子供が行方不明になり、唐揚げ専門店のミチルも何者かに襲われたと、怪談でも話すかの口調で話す。


 話題は楽しいものではなかったが、思わず引き込まれる語り口で、栗子達は身を乗り出して動画を見ていた。普段冷静な亜弓も動画から目を離さない。


「そこで私は、火因町のあらゆる場所に行き、その土地に宿る『霊』を霊視したんです」


 香水はそう言い終えると深くため息をつく。こうして話が進まないとかえって栗子は気になり、より動画を凝視した。


「すると、土地の『霊』達が私に教えてくれたのよぉ。この火因町は『由紀乃の呪い』ね」


 そこでまた香水はため息をつく。どこか遠い目をしている。本当に見えない霊が見えるような説得力があるようにも栗子は見えた。


「みなさん、知ってます? この火因町には、奈良時代に由紀乃という美しいの娘がいたんですって」


 動画で香水はそんな事を語っていたが、確かに栗子は聞いた事がある。小学生ぐらいの時で遠い昔ではあるが、この町の歴史や風俗を自由研究で調べた。確か奈良時代、美しい由紀乃という娘が、何人もの男に求婚されたが、地震や飢饉が発生中。由紀乃は生贄として神社に捧げられたという伝説である。その後、地震や飢饉がおさまり、由紀乃は火因町を救ったヒロインとして神社に祀られていた。


 香水が語る由紀乃の伝説と栗子の知識は全く同じだった。さらに栗子達は動画を見守る。


「由紀乃の呪いよ。由紀乃を祀った神社を廃神社にしたから、その呪いが今来ているんだわ!」


 香水は、恐怖に満ちた顔を作り絶叫した。メンタルが弱めな桃果や大人しめの幸子は、怖がった表情を見せていた。一方栗子は好奇心に満ちた顔で動画を見守り、紅茶を啜る。亜弓は白けた顔で「そんな事ある訳がないじゃないですか」と小さな声でツッコミを入れていた。その呟きは、栗子達の耳に届かず無視された。


「なので、私が大晦日から元旦にかけてあの廃神社で祈祷会(きとうかい)を開こうと思ってるの。これ以上、火因町に犠牲者を出さないために。大晦日から元旦にかけては、『気』が鎮まりますからね。この時期しかないのよ。どうか、火因町のみなさんも祈祷会(きとうかい)にご参加ください。より多くの人が参加する事で、由紀乃の呪いは鎮まるでしょう」


 ここで動画が終わった。動画の概要欄には、祈祷会のお知らせも告知されていた。


 怪しい動画かと栗子は思ったが、動画再生数はすでの一万回を超えている。この数字が、多いのか少ないかはわからないが、小さな町の話題にしては見られているのかもしれない。


「私、呪いとか幽霊とか嫌いなのよ。もう勝手にやって」


 桃果は、このて話題が好きでは無い。心霊番組やホラー映画も見ない。


「クッキーはもう焼けたと思うから、勝手にしなね」


 そう言って猫のルカを抱いて自室へ戻ってしまった。本当に怖がっているようだ。ルカをぎゅっと抱き、怯えた顔も見せていた。


「私もこういうオカルトはちょっと苦手だけどだわ。しかもそんな奈良時代の伝説まで関係あるなんて…」


 幸子も香水の動画で気分が悪くなったようで、自室へ戻って行ってしまった。


 比較的メンタルの太い栗子と亜弓はキッチンに行き、クッキーの焼き加減を確かめる。数枚焦げついてしまったものがあったものの、生焼けもなく、クッキーの出来は成功と言っていい。


 二人で焼きたてのクッキーを試食する。焼きたてのクッキーは、別次元のようにバターの香りもよく、ホロホロと口の中で砕ける。栗子は、香水の件を思わず忘れてしまいそうだったが。


 クッキーを冷やし、キッチンでラッピングを栗子と亜弓で行う。桃果と幸子のあの様子では、もう事件調査に使うクッキー作りを手伝ってくれるかどうかは微妙なところだ。とはいえ、もうラッピングするだけだし、クッキーの出来は成功と言っていいので、栗子は満足気にニヤついた。


「ところで栗子さん、これからどうするんですか? まさか香水の祈祷会(きとうかい)に行くんじゃ無いでしょうね?」


 亜弓は若干不器用なのか、ゆっくり目にクッキーをラッピングしていたが、口は絶好調である。


「すごい、亜弓さん、エスパー?」

「言わなくても分かりますよ。どうせまたコージーミステリのヒロインを気取りたんでしょう」


 亜弓は呆れていた。


 続々とラッピングされたクッキーが出来上がる。ポチ袋を模したジッパーバッグに入れると本当にお年玉のように見える。箱に綺麗に詰めると、店で売っているのと大差ないんじゃないかと栗子は自画自賛したくなる。


「まあ、コージーミステリでも霊媒師や占い師が容疑者になる事は多いけど、犯人になるかはケースバイケースね。この事件ではどっちかわからない」

「やめましょうよ、コージーミステリを根拠にする推理は」

「香水が犯人という可能性も多いにあるけど」

「動機はなんです? 弟子のミチルが邪魔になる可能性はともかく、真凛ちゃんの件は? 彼女が真凛ちゃんを誘拐する意味ってあるんですか?」


 亜弓の冷静なツッコミに栗子は考え込む。確かに真凛の件は謎だ。


「でも前に香水にあった時、子供用のカレールゥを持ってた! 真凛を誘拐して家に置いている可能性がゼロでは無いんじゃない?」


 一応根拠付きで言われると、今度は亜弓が押し黙る。理由はわからないが、あの怪しい香水が何か隠している可能性はあるかもしれないと亜弓も思い始めた。


「もしかして、こんな祈祷会(きとうかい)をするのも騒ぎを起こして撹乱(かくらん)する目的でもあるんでしょうかね?」

「冴えてるわ、亜弓さん。その可能性は多いにあるわ。だいたいコージーミステリだけでなく、ミステリ全般で歴史上の土地の呪いが実際にあった試しがないわね。フェイクよ! フェイク!」


 そんな推理のようなことを二人で話しているうちに、クッキーはすっかりラッピングし終えてしまった。最後に箱の蓋を閉じて完成だ。


 結局翌日の大晦日、香水の祈祷かに行くことになった。この様子だと桃果と幸子は来ないだろうから、二人で行くことになるだろう。


 その前に雪也に会い、彼女であるミチルの事も事情を聞くという計画をたてた。


 雪也の連絡すると、こちらも香水の動にビビっていたが、話したい事があるとも栗子に語った。明日の夕方に雪也の家に二人で行く事になった。


「由紀乃の呪いは無いわよ、絶対」

「そうですね。私もああいった物は信じませんよ」


 珍しく栗子と亜弓の意見が一致していた。

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