暴行事件編-4
栗子と亜弓はエコバッグを片手に持ち、メゾン・ヤモメを後にしてスーパーへ向かった。
やはり、商店街は年末年始の為ほとんど店は開店していなかった。正月に福袋を販売するところは多い様ではあるが、栗子は少し寂しく思う。
「キムさんは本当に犯人なのかしらね?」
栗子はキムの輸入食品店をのぞいたが、シャッターがしまり、人影が見えない。キムはもちろん、バイトの佳織の姿も見えない。ここだけ見ても本当にキムが捕まったのか信じられない気分に栗子はなる。
「まあ、警察に捕まったんだからそれなりの証拠はあるんでしょう」
亜弓は冷静につっこんだが、栗子は信じられないという顔をそている。
今日は12月の末といえども、日差しが暖かく、手袋もマフラーもいらない。
栗子も亜弓もそんな冬の日差しに感謝しつつ、商店街をぬけ、駅前ロータリーを潜り抜け、スーパーまで10分ほど歩いた。
スーパーは大手チェーン店で、二階建てだ。一階は食品売り場だが、二階は100均や服屋、美容院などが入っている。一階のスーパーの方は年中無休で夜十時まで営業中。商店街も好きだが、便利さで言えばやっぱりスーパーに方が優るだろうと栗子は思う。
先に二階の100均に行き、ラッピングコーナーへ行く。栗子は100均だと侮っていたが、キャラクターものや花や鳥などが描かれたデザイン性に高いラッピンググッズを見て、思わず目を輝かせる。
「このクマのラッピングバッグかわいいわ!」
「ああ、栗子さんが好きそうなファンシーなやつですね。でも、お年玉代わりならこのポチ袋風のジッパーバッグが良くないですか?」
亜弓が指さした方向には、ポチ袋風デザインのラッピングがあり、これはこれでユーモアが聞いていて可愛らしいと栗子は思う。正月らしく、鏡餅や門松のイラストもあり、気がきいている。
「これがいいわね。あと普通のビニール袋やシール、乾燥剤も買わなきゃ」
栗子はポチ袋風のジッパーバッグをカゴに入れた。自分一人で来たら、自分好みのファンシーなデザインのラッピングを選んでいた事だろう。改めて今日は亜弓と一緒に来て良かったと思う。
レジで会計を済ませて、階段で下に降りる。
「ところで亜弓さんは、実家に帰らなくて良いの? 幸子さんや桃果は他に家族はいないからずっとメゾン・ヤモメで年を越すけど」
「ああ、それがですねぇ…」
亜弓は渋い表情を浮かべた。店内放送で財布をレジに置き忘れた客がいたので取りに来てくれというアナウンスが流れて、子供がはしゃいで通り過ぎ、ガヤガヤと騒がしい。
「そろそろ結婚しろとか親がうるさくて。どうやら見合い写真を用意しているっぽいですが、帰りたくないんですよねぇ」
「そうなの」
「といっても60歳のバツ3ぐらいの元公務員とかですから、正直嫌ですね」
それは嫌だろうなと栗子は同情する。
階段を降り、カートにカゴに乗せて、食品売り場で買い物を始める。
「どうせ疫病が流行ってますから、それを理由に帰りませんね。実家は熊本で遠いですし」
「そうなの。ところで亜弓さんは、結婚したいの?」
野菜売り場でほうれん草やキャベツが安かったが、まだキッチンの冷蔵庫の中には野菜が豊富にあったので、栗子はここで野菜を買うのは控える事にする。そもそも今日は、クッキーの材料を買いにいくだけである。
「そうですねぇ。毎日暮らすなら顔がいい男がいいんですけどね」
「そんな理由で決めたら大変な事になるわよ。私の死んだモラハラ夫だって若い時は見た目だけは良かったんだから」
「そんなもんですかね」
粉もののコーナーに行き、亜弓は小麦粉をカゴにいれる。製菓コーナーではナッツ類もカゴに入れる。キムの店で売ってるものと比べるとやっぱり少し割高だと栗子は思う。
「そうよ! まあでも少女漫画や少女小説のような王子様はいないわよね…」
自分で話題を出したくせに栗子はどっと暗い顔を見せた。コージーミステリの企画はともかく、これから西洋風舞台のシンデレラストーリーを練らなくてはいけないのは憂鬱だった。
二人はチルドコーナーに行き卵、バターを次々にカゴに入れる。正月用のかまぼこやソーセージのコーナーは造花やポスターなどで華やかにデコレーションされていたが、いつもより少し高くなっていた。例年だったらキムの輸入食品店で激安の練り物やソーセージを買う予定だったが、今回は買えるかどうか微妙な事になってしまった。やっぱり早急に真犯人を見つけて事件を解決したいと思う。あの闇市のような輸入食品店に行けなくなるのは、メゾン・ヤモメの食卓には大きな損害である。
「まあ、陽介さんだったら結婚を考えても良いかな?」
レジに並んでいる時、亜弓は頬をちょっと赤て言った。年末のせいかレジは長蛇の列で会計を済ませるのは、時間がかかりそうだ。
「は? あの陰謀論者が良いの?」
「だって顔はいいですよ」
「やめときなさい。あれは極度の変わり者よ。地雷男よ。結婚したら、食べ物や歯磨き粉にいちいち文句つけられるのは目に見える! うちの夫もそうだったもの」
「えー、でもそれぐらいだったら合わせて上げらるかも」
恋愛のことになると亜弓は少々冷静さを失う。他はどんな事にも冷静なのに、本当に惜しい残念美人だと栗子は思う。
「甘いわね。陰謀論好きの妻は、それだけじゃないんだから。ワクチンは打つな、シャンプーは重曹に変えろ、挙句の果てには病気になっても病院に行くなって言ってくるわよ。がん治療も止められて重曹とクエン酸とにがりを飲めって言ってくるわ」
「そうですか、それはちょっとヤバいですねぇ。っていうか栗子さんっていつも頭がお花咲いてる人なのに、結婚になるとシビアですよね」
「そうよ。結婚は夢ばかりじゃやってけないもの」
「うーん、少女小説家としては夢いっぱいの結婚して欲しかったですけどねぇ…」
亜弓は少しため息をついた。




