暴行事件編-2
その後、栗子達はとりあえずメゾン・ヤモメに帰った。警察達はこれ以上野次馬するなと怒られ、渋々家に帰った。
桃果はミチルが無事だった事にホッとしていたが、再びこの町で事件が発生した事でショックを受けていた。今は年末だし、特別にピザを焼いてワインで軽く忘年会をする予定ではあったが、桃果が料理を作る気がしないと言い始め、結局今日の夕飯は鶏だしの雑炊と軽めのサラダになってしまった。
食堂で栗子、桃果、亜弓がボソボソと鶏の雑炊を啜っていた。ちなみに陽介は悪魔崇拝について調べたいことがあると、この町の牧師・三上千尋の所に行ってしまった。幸子は今日は仕事納めでちょっと帰るのが遅くなると連絡をもらった。
野次馬達の噂を総合すると、公園で遊んでいた子供達が悲鳴を聞き、倒れているミチルを発見したらしい。ちょうど真凛を探している警官も巡回中だったようで、比較的すぐに救急車も呼ばれミチルは助かった。
「それにしてもまた事件だなんて」
桃果は鶏の雑炊を啜りながら、顔を曇らせた。一方栗子はニコニコと笑顔である。
「コージーミステリにしてはハイスペースで事件が起きたわね。普通シリーズものだったら一つの事件が起きたら半年から3ヶ月ぐらいおくのに」
「ちょっと、栗子先生何言ってるんですか。これは現実の事件ですよ。ミチルさんは助かったからよかったものの、真凛ちゃんはまだ行方不明なんですから!」
栗子は亜弓に鋭い突っ込みを入れられ、ちょっとしゅんとしていた。確かに見た目だけは羊のように人が良さそうなので、ちょっと言いすぎたのではないかと亜弓は押し黙った。
「ところで、一体誰が犯人だと思う?」
栗子はすっかり鶏の雑炊を完食して、みんなに話題をふる。雑炊は美味しかったが、あっさりとし過ぎ物足りない。食後のにチョコレートかイチゴのアイスを食べようかと栗子は思う。
「さぁ。でも町の人かもしれませんね」
「怖いわ」
亜弓が言うと、桃果は怖がり始めた。栗子と打って変わって桃果はメンタルが弱いところがあった。
「何かとトラブルがあったとか聞いてない? 桃果も亜弓さんも何か気になる事ない?」
二人ともしばらく考えていたが、何しろミチルはこの町に来たばかりであり、彼女自身の事もよく知らない。知っている事といえば唐揚げ屋経営者である事、副業で呪い師をしている事ぐらいだ。あとは提供している唐揚げがとても不味いという事ぐらい。
「あ、そういえばすっかり忘れてましたけど、今日の昼雪也くんに会って、ミチルさんとつきあっていると言ってましたよ」
「えぇ、本当なの! 亜弓さん」
栗子は大袈裟に驚いていた。
「タッキー、失恋じゃない、大丈夫?」
桃果が心配そうに亜弓を見る。しかし当の亜弓はケロッとそていた。陽介に惚れたからだろうが、栗子はそれでもあまり落ち込んでいないのなら良いとも思った。
「あと、呪い師の師匠が香田香水とか言ってなかった?」
「そうだったわね、桃果」
栗子は頭の中にミチルの交友関係を思い描く。彼氏は雪也、師匠は香田香水。このあたりから調べてみても良いだろう。
「香水って誰ですか?」
「ああ、亜弓さんは知らないのよね。この町に住んでる霊媒師よ。昔はよくテレビに出ていたのよ」
栗子が説明する。口で言うより動画を見せた方が良いと思い、スマートフォンで動画サイトに上がっている昔の香水の動画をつける。
「何か、気持ち悪い雰囲気の番組ですね」
亜弓は動画を見ながら顔を顰めていた。動画がどこかのテレビスタジオで、芸能人を占っているシーンが流れる。香水は「改名しなければ地獄に落ちる!」と悪魔のような形相で脅していた。
「確かに怖いわね」
桃果もブルっと震えた仕草を見せた。しかし栗子は、好奇心に駆られ香水の動画をいくつか見てみた。どれも脅すような占いしかしていなかった。さすがの栗子も退屈になってくる。
「しかも香水が占った芸能人、特に占い通りにしていない方が芸能界で成功していない?」
亜弓が冷静のツッコミをいれる。そういえば香水が占い通りに改名した芸能人は離婚、その上薬で捕まっていた。
「やっぱり占いなんて嘘なのかね?」
「そうなのぉ〜?」
桃果も冷静になり、栗子も情け無い声を上げる。
「そうですよ。占いも願いが叶う唐揚げもインチキですよ」
再度、亜弓がつっこんだ後、幸子が帰ってきた。
また窓の外がザワザワと騒がしい。パトカーの音もする。
「幸子さん、おかえり」
みんなで出迎え、桃果は、鳥の雑炊も温めて出してやる。
「大変だったわね。唐揚げ屋のミチルさんが襲われたんですってね」
「幸子さんも知ってたの」
栗子が言う。
「ええ。しかもキムさんが捕まってしまって商店街に警察が来てたわ」
「え!?」
幸子から聞いた新事実に、一同顎が外れるほど驚いていた。
「私もよくわからないけれど、キムさんのところのバイトの佳織ちゃんも泣き崩れて大変だったのよ」
「えぇ?」
「私、ちょっと警察に質問してみたんだけど、なんでもミチルさんがキムさんに襲われたって証言しているみたいなの」
本当にその事実は信じられなかった。同時のある事に気づく。こうしてキムが捕まってしまったになら、正月の福袋はどうなってしなうのか?それだけでなくコスパ最高の紅茶、ハイカカオチョコレート、オリーブオイル漬けの鯖缶…。栗子の脳裏にキムの店の美味しくコスパも最高な食べ物がいくつも駆け巡る。
「という事は、キムさんの店はお休み?」
その事実は栗子の気持ちに火をつけた。
「店長が捕まったんだから、そうなるでしょうね…」
幸子が優しく栗子を慰めたが、納得いかない。また来年からしんどいシンデレラストーリーを書かなければいけないのに、美味しい紅茶やチョコなしで書く自信はない。
「本当にキムさんが犯人なのかね? タッキー」
「さぁ。でも警察が連れて行ったんだからそうでしょ」
桃果と亜弓の声も栗子の耳には届いていなかった。
「私、この事件の犯人が許せないわ!」
再び栗子の羊のような皮が剥がれ落ち、狼のような形相を見せていた。
「キムさんが犯人じゃないの?」
狼のような栗子におそるおそる亜弓が聞いた。
「いいえ。コージーミステリでは序盤で逮捕される人間は犯人じゃないわ。工藤さんだってそうだったじゃない。絶対に真犯人がいる!それに真凛ちゃん探さなくちゃ!」
完全に栗子に羊のような皮は剥がれ落ちていた。
「まず雪也ね! ミチルの彼氏の雪也に会いにいくわよ、亜弓さん!」
再び栗子はコージーミステリのヒロインになりきり、事件を調べる事にしたようだ。亜弓も桃果も呆れていたが、香坂今日子の事件の時は不思議とうまく行ってしまった。
「まぁ、シンデレラストーリーの企画も出してくださいよ〜」
亜弓はそんな栗子に呆れつつも、再びコージーミステリ風の調査に協力する事になってしまったようだ。
「頑張ってね、栗子さん! 応援してるわ」
幸子が一人だけおっとりと微笑み、猫のルカがそんな幸子に同調するようにニャンと可愛くないた。




