暴行事件編-1
「事件?」
客間にいた栗子、亜弓、陽介は桃果をじっと見つめた。
「そうよ。なんかわかんないけど、またあの廃神社の方で事件があった見たいで警察が騒いでた!」
桃果は興奮して早口で捲し立てた。
「ちょっと、桃果。落ち着いて。本当?」
「本当よ、シーちゃん。もう野次馬も来てる。何が起こったか知らないけど」
「大変だ! 悪魔崇拝の生贄の被害者が生まれたのかもしれん」
この中で一番興奮していたのは、栗ではなく陽介だった。それを聞くとあっという間にリビングから走って出て行ってしまった。
「ちょっと待ちなさいよ! これは頭の痛い陰謀論じゃなくて、コージーミステリよ! でもそろそろ死体が転がっているはず!」
栗子も負けじと陽介の後を追った。普段は腰や肩が痛いとおばさんらしくぼやいているくせに、こういう時の栗子の動きは野生動物のように俊敏だった。
「ちょっとシーちゃん、まってよ〜」
「栗子先生! またコージーミステリのヒロインきどりですか? もうやめましょうよー」
桃果も亜弓呆れながらも栗子達の背中を追いかけた。
二人ともちょっと走り、栗子や陽介の後においついた。
廃神社のそばにある公園にはすでに野次馬でいっぱいだった。警察官が入ってくるなと大きな声で騒いでいた。
栗子達は野次馬をかき分け、野次馬の最前列に行く。
そこには栗子や陽介の予想とは少し違った風景があった。
頭から血を流したミチルが、救急隊に取り囲まれ、担架に乗せられていた。
「下がって、入ってくるな」
そう警察官に言われたので、目をこらしてミチルの姿を見守る。救急車に乗せられあっという間につ連れて行かれてしまった。
「何が起こったの?」
まさかミチルが生贄?
しかし、血を流してぐったりしているとはいえ、指や足は動いてので死んではいない。危険な状況にあるだろうが、とりあえず死体では無い事に栗子はホッとする。でもコージーミステリらしくは無い。コージーミステリでは殺人事件はつきものであるが、今回は殺人未遂?ミチルが無事で何よりだが、コージーミステリヒロインを気取りたい栗子は残念そうな顔を隠せない。
陽介も心なしかガッカリしたような表情を見せていた。確かにこれではあれだけ自信満々に語っていた陰謀論と相違がある。
「そにしてもまた廃神社で事件? どういう事? 呪いでもあるの?」
栗子は、冷静さを取り戻しながら呟く。
「真凛ちゃんの事件とミチルさんが襲われた事件は何か関係あるの?」
桃果が首を傾ける。とりあえずミチルは生きているのでホッとしているようだ。
「分からん。でも神社は陰謀論的にはやっぱり悪魔崇拝やってる場所だわな」
「そうなの? でもミチルさんは無事っぽいし、襲った犯人について警察に言うんじゃないの?」
陽介と亜弓は、この事件について憶測を述べたが、答えはもちろん出ない。亜弓はミチルが目を覚ますのを待つのが最善だと思ったが、栗子の目はやっぱり好奇心に満ちていて、嫌な予感もする。
「今回は人が死なない日常の謎解きかしら? それにして女性が襲われるなんて、やっぱりこれはコージーミステリよ。調査しなくちゃ!」
栗子は誰に言うにでもなく、宣言していた。亜弓と桃果は呆れ、陽介は嫌味っぽくせせら笑っていた。
「シープルおばさんにこの事件解決するつもり? 無理だろ」
明らかに陽介は栗子を見下していたが、栗子は気にせず鼻の穴を膨らませて言った。
「この町の平和を乱すものは許せないわよ。絶対犯人を捕まえてやるんだから」
完全に人の良い羊の皮は、栗子の面から剥がれ落ちていた。




