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シープルおばさまは名探偵〜唐揚げと生贄誘拐殺人事件〜  作者: 地野千塩


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陰謀論者編-3

 亜弓は、幸子のカフェ・ミルフィーユの席に座り、雪也を待っていた。


 昨日は仕事納めだった。通常なら忘年会もあるのだが、疫病の影響で中止になっている。


 栗子はあまり年末年始でも仕事納めや仕事始めという概念がないらしく、コージーミステリや少女小説の企画を作っていた。


 依然ととして真凛の行方はわからないが、彼女を探すという目標が出来た為か栗子も桃果も願いが叶う唐揚げに話題は全くしなくなってしまった。


 栗子はちょっと機嫌が悪そうで、昨日は夕飯を残していた。亜弓も幸子もどうした事かと心配したが、桃果によるち元夫の知り合いと再会して気分を害したらしい。船木陽介という陰謀論者らしいが、よっぽど酷い目に合わされたのか、話題に出すだけでも栗子は顔をしかめた。とりあえずこの話題はメゾン・ヤモメ内では禁句だと、亜弓、幸子、桃果の間で暗黙のルールとなった。


 そんな事を考えながら、幸子に注文したホットココアを啜る。猫舌なので少し緩いココアとリクエストし、ちょうどいい暖かさに心も体温も温かくなりそうだ。


「よぉ、タッキー!」


 そこへ雪也が現れた。ちょっと疲れた感じだった。でも相変わらず亜弓好みの塩顔のサブカル男子で顔を見ながらキュンキュンとしてしまう。


 雪也は栗子の元夫の息子。前妻の子で栗子と血の繋がりはないようだが、栗子と親しいようだ。口では悪く言っているが、実際は親戚のおばさんのようの栗子の事を考えているようで、香坂今日子の事件の時は、彼も大活躍した。


 雪也は亜弓の思い人でもあるが、一向に恋愛関係になるような雰囲気がない。タッキー、ユッキーとあだ名で呼び合い、小学生の仲のように成り下がっていた。


「幸子さん。俺もココア、あとシュークリーム食べたいな」


 雪也はさっそく幸子を呼んで注文していた。


「亜弓さんは?」

「私はチーズケーキがいいかな」


 レジの側にある冷蔵ケースの中には、シュークリームやチーズケーキはもちろろん、色鮮やかなフルーツタルトやどっしり濃厚なチョコレートケーキもあり、どれを選べば良いか迷うほどだった。


 注文を聞くと、幸子は厨房(ちゅうぼう)の方へ行ってしまった。


「ところで今日は何の用事?」


 まさかあのミチルの唐揚げが効果を発したわけでは無いと思うが、こうして雪也の会えるのは嬉しく無いわけがない。


「俺さぁ、ラノベも書いてるんだけど。異世界ものの」

「ええ、そうね。よく知らないけど、ネットに投稿していたのを書籍化するんだって?」


 そう言うと、雪也は顔を曇らせてどっと落ち込んだような表情を見せた。


「どうしたのよ、雪也くん。しょんぼりしちゃって」


 幸子がココアやチーズケーキ、シュークリームを持ってやってきた。幸子の優しげな笑顔にグッときたのか、雪也はポツポツと愚痴をこぼし始めた。


 異世界もののラノベの書籍化作業をしているが、編集者の指示が強引かつ独善的で参ってしまっているらしい。また、読者からも酷評の感想メールが相次ぎ、すっかり落ち込んでしまっていると言う。読者の酷評レビューで埋まる悪夢も見ているらしい。


「あぁ、あのオバタリアンの栗子おばちゃんでも少女小説書いてるから俺でも書けると思ったら、けっこう難しかった。なめてたわ、俺…」


 すっかりしおらしく反省までしている。雪也は基本的に口が悪いが、こうして素直に反省しているところを見ると、憎めない。亜弓はチーズケーキを食べながら、逆に母性本能がくすぐられると肉食スイッチがオンになる。心なしか幸子も応援するかのように亜弓の事を見ていた。


「大丈夫よ。癖の強い編集者もいるけど、みんながそうじゃないし。うちの出版社なら安心なんだけどな。ラノベレーベルの編集者にちょっと聞いてみようか?」

「そっか。タッキーは昼出版の編集者だったね。でも、そういうコネみたいのはいいや」

「何で?」


 幸子がキョトンとした表情で聞く。


「だってそんな事したら、自尊心ズタボロになるだろ。親に甘やかされて育った子とかそんな感じじゃん、自信なさそうな」


 これは雪也なりの自虐なのかもしれない。栗子の話によると雪也は相当父親に甘やかさて育ったらしい。確かに雪也はちょっと子供っぽい所があり、自信が無いとは言えないが、歳のわりには未熟さが見え隠れしていた。とは言ってもその自覚があり、コネを使わないという雪也は立派である。亜弓は惚れ直す思いがした。


「あら、偉いわ。雪也くん」


 幸子に褒められるとちょっと雪也はデレっとした顔をしていた。まあ、確かに年上に優しげなお姉さんと言って雰囲気の幸子に認められて嫌な男はいないだろう。亜弓はでジェラシーよりも妙に納得してしまっていた。ココアやチーズケーキも夢のように甘く、食べているとそういったマイナスな感情を引き起こさないのかもしれない。


「頑張るさ。それに彼女もできたしね!」


 うん?


 亜弓はその言葉に目を見張った。驚いている亜弓に気づかず、雪也はシュークリームのガツガツと食べていた。口の周りにクリームがついていた。


「雪也くん、彼女いたの?」


 驚いている亜弓の代わりに幸子が聞いた。


「うん、唐揚げ屋のミチルちゃん。つい先日、意気投合したんだよ!」


 雪也は笑顔を見せたが、亜弓の心は撃ち抜かれたように痛かった。幸子は気を使い、優しく亜弓に微笑んでいたが、何を言えばいいのかわからないぐらいショックだった。


 しかも彼女があのミチルとは。亜弓の恋愛の願掛けをした本人が、その恋愛をぶっ壊していたとは。


 やっぱり願いが叶う唐揚げは嘘だ!


 亜弓はしみじみとそう思い、ココアを啜った。

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