陰謀論者編-1
栗子の死んだ夫は、陰謀論が大好きだった。結婚当初はそうでもなかったが、大きな病気をした後、医療利権の闇などを独自に調べてすっかりその界隈に染まってしまった。
特に夫は船木陽介という若き陰謀論者が大好きだった。個人的にも親しくもなってしまい、時々家にも招いて、ワクチン、日ユ同祖論、悪魔崇拝、医療利権などの陰謀論で盛り上がっていた。
陽介は栗子の事も頻繁に見下し、「シープルおばさん」と呼んでいた。雪也も口は悪いがどこか可愛げがあった。しかし、陽介は嫌味っぽく皮肉っぽく愛せる部分が少しも無い。偶然、家に遊びに来ていた桃果にも嫌味を言った事もあり、ハッキリ言ってとても嫌な人物だった。
こんな嫌な男でも陰謀論界隈では根強いファンがいて、電子書籍や有料動画やサロンなども大人気らしい。特に今は疫病の影響でより陰謀論に注目が集まり、ネットで陽介の電子書籍の広告を見て嫌な気持ちになった事も思い出す。この男は若くちょっと見た目も良いので、ミーハーな女性ファンも少なく無いと聞いた。
「ここで何してるの?」
栗子は限りなく冷ややかな声で尋ねる。
「演説だよ、演説。ここでワクチンに危険性を訴えているのさ」
かっこつけた舞台俳優の様な声で言う。取り巻きのファン達がキャーキャー騒いでいるが、栗子の気分は全く良くはならない。
「シープルおばさん。俺は最近、火因町に引っ越したからよろしく」
「はぁ? どういう事よ!」
この町に引っ越そて来たなんて、悪夢でしかない。聞くと雪也と同じアパートに住んで住んでいるらしい。雪也と陽介は口が悪いという共通点があり、意気投合して友達になっていた事も思い出した。
「シールおばさんもういいか? 俺はこれから演説しなくちゃならなん!」
「ちょっと…」
陽介は、栗子を無視していかにワクチンが危険か、熱っぽく話し始めた。なかかなか頭の痛い陰謀論で、栗子はウンザリとしてしまう。
「シーちゃん、もう帰ろう。ミチルさんもくるし」
「そうね…」
栗子と桃果は、頭の痛い連中から離れ真っ直ぐにメゾン・ヤモメに帰った。昼ご飯にベーカリー・マツダで買った美味しいシナモンロールや塩バターパンを食べ、この不快感がどうにか収まった。