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やっぱり彼女は少し違う

 「あはっ、壊れちゃった」


 グールの上半身を砕いた唯は、クルクルとハンマーを回しながらぴょんぴょんと軽く飛んで興奮した様子だ。そして、下半身だけ空中に浮いたままのグールの亡骸と言う、奇妙なオブジェクトがさらに一つ追加される。


 「ば……けもの……」


 真奈の口からは自然とその言葉が漏れた。


 「えっ? 化け物って私のこと?」


 その言葉に反応した唯は飛ぶのを辞めて、首だけ動かし振り向く。


 「……死ぬ?」


 真奈は後退る。顔は笑顔だが、冗談を言っているようには聞こえない。


 「――きゃっ!」


 グールの死体に足を取られて尻餅をついてしまう。


 「あれれぇ? さっきまでの私に対する態度はどこに言ったのかな?」


 唯はハンマーを肩に引っ掛けるように担いで、ゆっくりと近づく。目の前に立つと、あざ笑うかのように腰を抜かす真奈を見下ろした。


 「やっぱり――殺しちゃう?」


 首を傾げて悪戯をする時の子供のような無邪気な笑みを浮かべる。だが、真奈にとってはそれは邪悪な悪魔の微笑みに見えた。

 唯はハンマーを振り上げ、


 「やっ、やめ――」


 躊躇なく振り下ろした。


 「――なんてね! 仕方ないから、まだ(・・)生かしててあげる」


 すぐ横を通り過ぎたハンマーはアスファルトの地面を破壊した。茫然とする真奈に対して、上機嫌に鼻歌を歌う唯。


 「ふっふーん。これで全員皆殺しにしたら、宗田さんに褒められるかな? それとも、苦戦して怪我した方が心配してくれるかな?」


 さっきの大きな音は間違いなく宗田の最強の魔法。それで、葬れなかった奴らはいない。安心しきった唯は、心配する気持ちはもう殆どなくなっていた。

 それよりも頑張っている自分をどう思ってくれるのか、それに気持ちはシフトしている。怯える真奈なんて視界にすら入っていない。


 「凄い褒めてくれるよね? もしかして……更に先の事も? ふふふ」


 真奈は、唯の態度、表情、雰囲気が千変万化(せんぺんばんか)するのを見て狂気を感じた。怖気、寒気が走ると、全身にぶわっとミミズが這うように鳥肌が立つ。

 青くなった唇をきつく結び、家に訪れた殺人鬼にばれないように隠れ息を潜めるように、このまま離れてくれる事を願う。

 これでさっきみたいに、侮辱し、嘲るような事を言えば!間違いなく殺される。全ては彼女の気分で……そう思うと、呼吸する事ですら慎重になってしまう。

 そして、目を合わせないように姿勢を下に下げると。


 「じゃ、そう言うことだから後はそこで休んでていいよ。あっ、できればこっちに来ないでね。殺し――あっ、事故が起きちゃうかもしれないからさ」

 

 真奈は、突然話を振られた事で肩が飛び上がる。下に向けた視線を戻すと、唯の顔を見た。そこには、満面の笑みを見せる彼女の姿。10人が見れば、皆が可愛いと言うくらい可憐で魅力が溢れている……が、さっきの出来事を思い出すと、唯には悪魔のように見えていた。

 唯は竦みあがる真奈を尻目に、くるりと後ろを向くと離れて行く。

 

 「助かった……の?」


 ようやく解放された真奈は安堵の息を漏らした。


 「彼女は何者なの?」

 

 さっきの唯の姿に、グールに捕まえられたとき以上の濃密な死が真奈を包んだ。今こうして生きている事が奇跡に思えるくらいである。

 動ける事ができるようになった真奈はゆっくりと立ち上がり、彼女から離れる。


 「彼女の変わりようもそうなんだけど……グールもどうして動かないのかしら?」


 まだ体が少し震えている真奈だったが、動かないグールの事が気になった。もちろん、犯人は唯なのも分かっている。ただ、そのカラクリが分からないのだ。

 だから、その一挙一動を見逃さないように、離れた所から観察する事にした。

 

 「もしかしたら……彼女は――」


 真奈がそう呟き、唯が動きだした。


 ♢


 「んー、流石にここまで一気に動きを止めると燃費悪いかなー」


 グールの頭を砕きながらそうごちる。


 「でも、あの首の長いゾンビ……紫苑さんはネックリーって言ってたかな? その時みたいにはならないみたい」


 佐川 葵の両親だった――その二体のゾンビの動きを止めるだけでドリルで頭に穴を開けられたらような激痛が襲った。目から口から肉から、血が溢れだす。

 だけど、どう言うわけかそれとは比較にならない数のグールの動きを止めても、特に異常はない。


 「宗田さんに内緒でいっぱい練習したからかな?」


 小首を傾げた唯はここまで自分の魔法が強化されていた事に驚いているようだった。


 「予想以上にパワーアップしてて良かった。それに――この魔法も少しだけなんなのか分かったけどね」

 

 ゆっくりと一体ずつグールを葬る。すると、唯は突然体をもぞもぞとくすぐったそうに身悶えた。


 「レベルアップ! これで魔力は全回復っと!」


 どうやら、レベルが上がったようである。魔力が全て回復するとまたグールを止める時間が延長された。意識があるのか無いのか分からないが、グール達にとっては死刑を待つ囚人のような気分だろう。

 すると、唯は


 「うん。それなら皆をそろそろ解放するかな」


 そう言った。このままでも勝てるはずが、唯は魔法を解除すると言ったのだ。


 「こんな、戦いフェアじゃないもんね。それに……少し試したい事もあるし付き合ってもらおうかな」


 少しだけグールから距離を取る。


 「レベルが上がったのはラッキーだね。おかげで――新しい魔法の練習もできるし」


 唯は凶悪にグール達に微笑む。数にして百体近い数を一人で、しかも魔法を解除して戦うつもりだ。

 新しい魔法の練習と言った彼女は運動する前の準備体操をするように体をほぐす。


 「じゃぁ――始めるね」


 するとグール達が一斉に動きだした。ついさっきまでそこにいた獲物が居なくなり困惑したようにキョロキョロとしている。中には自分の仲間の死体を踏みつけて転んだり、振るった攻撃が仲間に当たったりと、混乱を極めている。


 「こっちだよー!」


 離れた所にいた唯は大きな声を出した。両手を振ってここにいるとアピールする。

 それに気づいたグールは一斉に唯へと振り返る。


 「おいでー!」


 唯はグールを手招きする。


 「いっ、いたぁー!」


 唯に気づいたグールは各々声を出す。見つけてからの行動は早かった。動けなかった時の事は記憶にないのか、それとも、そう言った感情はないのか、警戒を一切せずに向かってきた。


 「うんうん。いい子いい子」


 人型と言う部分を除けば、人間とは似つかない異形の存在。その群れが目の前で向かってくる姿は恐怖を感じざるえないだろ。しかも、命を狙っているとなれば尚更。一般の人間、宗田が言う量産型日本人であれば、その場で背を向けて逃げ出すか、怯え竦み食われるか、それしか道はないだろう。だけど、唯は違う。

 その場でじっとして動かずグール達を真っ直ぐに見る。かと言って怯えている様子は微塵も感じさせない。むしろ、早くと催促しているように待ちきれない様子である。

 この時点で量産型から外れている彼女は、一品物。良く言えば物語の主人公。悪く言えば――狂人。

 そして、グールが目の前に迫った時、


 「――加速」


 そう呟くと唯の姿が消えた。

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