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狂気と情け

 神崎 唯は塚本 真奈の傷を治した時、少しだけ怯えていた。魔法に関しては内緒にするはずだったが、こう言う状況と言えどそれを使用してしまったのだ。

 

 『宗田さんに怒られるかな?』


 唯は心の中で自分の行動に対して不安になった。彼女の中では宗田が全て。異常なまでの執着心を見せている。何より斎藤 宗田に見捨てられる、嫌われる、その状況だけはなんとしても避けたいと思っていた。


 『いっそのこと……事故に見せかけて殺しちゃう?』


 最近なりを潜めていた悪鬼が這い出してきた。

 唯が真奈に言った事と真逆の考え、「死なれたら宗田さんが悲しむから助けただけ」確かにそう言ったが、今の唯の心の中ではどうしたら宗田さんに嫌われないか、この状況を利用して気を引けないか(・・・・・・・)。そればかりに捕らわれる。

 静けさを保っていた心は歪にゆがみだし、形を変えて邪悪な笑みを浮かべる。


 『彼女を殺して……いえ、そうすると宗田さんは悲しむだろうし』


 横目でちらりと真奈を見やると、ばれないように舌なめずりをする。顔にこびりついたグールの血の味がして、少し嘔吐しそうになった。


 『最悪な味ね……』


 心の中でそうごちた彼女は、自分の体を見て深くため息をついた。


 ハンマーを武器にグールとの死闘を描いた唯。その怪力を利用した鈍器による一撃は異常なくらいの破壊力を発揮する。

 ――粉砕。

 破壊と言う言葉すら生ぬるく感じる。その文字通り鈍器が当たった場所は、爆弾が爆発したかのように、木っ端みじんに盛大に花びらを散らす。

 その都度、体が汚れてしまう事を気にしていた唯だったが、あれだけの数のグールに襲われてはそれを気にかける余裕はなかった。

 全身から浴びる奴らの血液は、人のそれとは違い、冷たく、火照りきった体にはよく染みた。まるでそれを自分が全身で吸収するかのように、吸血鬼になったかのような興奮を与えてくれるドラッグのようであった。

 だけど、今は逆に鎮静剤のように黒く染まりつつあった心を止めた。


 『こんな姿を見られたくない』

 

 そう思うと、真奈の事なんてどうでもよくなった。生きようが死のうがどうでもいい、この状況を打開して早く体を綺麗にしたい。こんな薄汚れた怪物のような姿を、彼には見せたくない……と、そう妄執する。

 私は彼のメインヒロイン、私は彼の一番、彼は私だけの――

 

 「――酷い顔ね」


 不意に横に並ぶ真奈がそう言った。それは、唯の心を言っているのか、グールの血で汚れた顔を言っているのか……はたまた両方か、唯には理解できなかった。ただ、塚本 真奈の瞳には侮蔑の念のような物が浮かんでいる。神崎 唯の心の奥底を見抜いたのだろうか、助けてもらった恩人に向けるような瞳ではないのは間違いなかった。


 「黙らないと――殺すよ」


 どうにも苛立ちが収まらない唯は、殺気を向ける。


 「あら? それがあなたの本性?」


 怪我をしていた時とは別人のように、元に戻った彼女は挑発的な笑みを浮かべる。血走った目で睨まれるが、変わらずそれを涼しい顔で受け流す。

 

 「はぁー」


 対する唯は、わざと聞こえるくらい大きなため息を吐く。

 

 「もういいや。次は助けないから」


 「あら、そう。それは残念ね。私が死んだら宗君が悲しむんじゃなかったのかしら?」


 「そうだね……。でも、それなら私が慰めれば良いだけって思ったの。そうすれば好感度上がるでしょ? それに、ただ殺しちゃったらグールの相手を私一人でしないといけないのはめんどくさいし、時間がかかるもん」


 感情のこもらない声で真奈に告げる。


 「それなら、もう少しグールの数が減ってから死んでくれた方が役に立つんだよね。早くグールも倒せるし、死んだら死んだで悲劇を演出しやすくなるし、ちょうどいいんだよ……一石二鳥ってやつ? それに……」


 唯は更に話を続ける。


 「この程度で死にかけるなら、私と宗田さんにとってただの足手まとい。正直、私はまだ本気を出してないけど、あれがあなたの限界なの? それなら、いろいろな意味で宗田さんの隣に立つ資格なんてないのよ。だ、か、ら――これからは私が側にいてあげるから見守っててね」


 まくしたてる唯。

 

 「最後に……あなたがいるせいでなかなかこの戦いを終わらせる事ができないんだけどさ。最初からいなければ、こんな奴ら物の数じゃないんだよ。どれだけ足を引っ張ってるか分かる? 本当ならとっくに宗田さんの所に行けるはずなんだよね――」


 それを黙って聞き入る真奈は、突然饒舌になった唯に呆気に取られて何も返せなかった。

 自分の事を侮蔑されてるのだろうけど、ここまではっきり、すらすらと言われるとその実感も湧かない。ただ、少しずつ顔が火照り、波が引いていくように頭に血が登っていく感じがした。

 頭蓋の奥でくすぶる炎。それがしだいに周囲に燃え移るとギィっと奥歯が鳴る。そして、憎悪に近い怒りを感じていると遅れて実感した。

 酷く表情を歪めた真奈が口を開く。

 

 「資格ってなによっ! 好き勝手――」


 最後まで言い切る前に、耳を塞ぎたくなるような大きな音がした。

 爆発音、発砲音、破裂音、そのどれとも捉えることのできる音に、開いた口が驚いた拍子に閉じてしまう。

 すると、それに反応した唯は、


 「宗田さんだっ!」


 嬉しそうに彼の名前を呼ぶ。


 「えっ? 宗君?」


 今の音に唯が宗田の名前を呼んだことに「なぜ」と、疑問の表情を浮かべる。

 宗田が魔法を使える事を知らない真奈は音がした方を向くが、グールが立ちはだかり彼の姿は見えなかった。

 ふと、その光景に真奈の

 

 『そう言えば……なんでグールが襲ってこないの?』


 今の大きな音にも反応せず石像のように固まっている。ピクリとも動かないそれは趣味の悪い彫刻。

 よく見ると右手を上げた状態だったり、飛びかかろうとしたのか、宙に浮かんだ状態で吊り下げられているかのように動きを止めていた。真奈は首を回して周囲を確認すると、その不気味な彫刻群を見て、不思議な美術館にいるような錯覚すら覚えた。


 「どうなってるの……?」


 「あはっ! やっと気づいた?」


 唯は首をぐるんっと回して真奈を見やる。目が合うと口を三日月状にしてにやりと笑った。

 普段の愛くるしいような顔はそこにはない。人の悪意を凝縮したように酷く歪に、不気味に、唯の心を鮮明に映し出している。

 そして、初めて真奈は怯えたように「ひっ」っと、細く短い悲鳴を漏らした。


 「宗田さんも魔法使っちゃったし、これで私も怒られることがなくなって安心だよっ! あー、良かった。これで――」


 唯は宙に固定されているグールに近づくと、その顎を愛でるように撫でた。


 「――本気が出せる」


 悪辣の限りを体現したように、凶悪に表情を歪めると、顎に触れたその手をゆっくりと閉じた。

 

 「ふふ」


 唯は上機嫌そうに笑う。


 グチャバキとグールの肉を潰して骨を砕き、滝のように血液が流れ出る。だけど、それでも一切反応しない。

 そして、唯は野球をする時のようにハンマーを振りかぶると、


 「あはっ」


 全力でそれをグールの頭めがけてスイングした。

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