強い女性達
「グルァッ! アグァァアッ!」
吹き飛ばされたグールの後ろから、別の一体が飛び出してくる。
なぎ払った状態の唯はハンマーを戻しながら、それを上から下に叩きつけた。グールの脳天へと直撃すると、蛙が潰れたようにべしゃりと地面に落下する。軽々と脳を粉砕し、ぷちんと言う音共に長い舌が千切れた。それを何の感情もこもらない瞳で見下した唯は、次の獲物へと視線を移す。
「へぇ……やるわね」
戦いの最中に真奈は唯を見てそう呟いた。
獣のように暴れ回る彼女の周囲はグールの死体で埋め尽くされていく。戦いが始まったせいで唯から離れてしまった真奈は遠巻きながらそれを見て感嘆とした様子だ。
だけど、真奈も負けていない。
「――はっ!」
短く気合いの声を発すると、氷の剣を振るった。向かってくるグールを刻む。あっという間に肉片へと姿を変えたグールは、グロテスクな肉の塊となって地面に崩れ落ちた。
「だけど……まずいわね。このままじゃ」
如何せん数が多過ぎた。休みなく四方八方から襲いかかってくるグールの群は少しずつ二人の体力を削る。動いたら最後と足を止めることなく動き続けるのは、如何に戦闘慣れした真奈とて、永遠と続けるのは無理だ。
倒したグールの死体に足を取られないように、足元を気にしながら、襲ってくるグールを相手するのは神経もかなりすり減らす。
「――くっ」
その矢先に刻んだ肉片に足を取られてバランスを崩し転びそうになる。それを気合いでどうにか支えると、左側から襲いかかってきたグールの攻撃を氷の剣で防いだ。
だけど、グールは肉が切れようがお構いなしに腕を押し込んでくる。
「ぐぅっ……」
負けじと両腕でそれを押さえるがジリジリと押されていく。
「はあっ!」
気合いの声と共に、指の間に食い込んだ部分から肘の部分に向かって切断すると即座に首を跳ねた。地面に転がった生首の頭に突き刺してとどめを刺す。
どうにか事なき終えた。だけど――
「――うぐっ!」
別のグールが真奈の腹を拳で殴打すると弾き飛ばした。ピンポン玉のように数度バウンドすると、仰向けに倒れ天を仰ぐ形にとなる。
足を止めてしまったことで隙ができ、集まったヤツらが、これ見よがしと真奈に襲いかかったのだ。
苦悶の表情を浮かべる真奈は、殴打された脇の腹を押さえて立ち上がろうとするが、
「シネ!」
覆い被さるようにグールが迫る。首元に鋭く尖った指を突き刺そうと伸ばしたが、氷の剣の腹でそれを受けそれを防ぐが、グールも引かずに爪を押し込もうとする。
両の手で剣の腹を押さえ、それをどうにか防いではいるが、そのせいで身動きが取れない。しかも、さっき受けた一撃で肋骨の一部が折れたらしく上手く力が入らないようである。
グールの馬鹿力と重量に、折れた肋骨から来る鈍痛を一身に受け、少しずつだが押される。身長は2メートル弱、体重は優に100キロを越えているグール。レベルが上がったと言えど、万全の状態であったとしても女性の身でまともに受けるには少々無理があった。
「ど……いて」
片目を閉じて顔を歪ませる真奈は必死に足掻く。だが、グールは汚く涎を垂らし慈悲の心はないようだった。
卓越した戦闘センスを持つ塚本 真奈。
センスだけで言えば、斎藤 宗田、神崎 唯、その両人を凌駕するだろう。けれど、彼らのように特殊な技能は持ち合わせてはいない。
斎藤 宗田の魔法。
神崎 唯の怪力。
そのどちらかを持っていれば即座にこの状況を打開出来ただろうが、無い物ねだりだ。額に脂汗をかきながら歯を食いしばる。
「きゃっ!」
短く悲鳴を上げた。
もう少しでグールの爪が喉に届こうとした時、足元の方へと引きずり出される。真奈の視界が上下反転した。別のグールが右足を掴んだまま持ち上げたのである。
幸か不幸か、危機的状況からは脱出する事ができた。だけど、引っ張られた時に手に持っていた剣を手放してしまう。持ち上げられた状態から抜け出そうともがくが、グールは握る手を緩める気配はない。一時的に窮地から脱出できたが、危機的状況は変わらなかった。
「離してっ!」
右足を持った手に何度も蹴りをお見舞する。
「――っ!」
鋭い痛みが走る。折れた肋骨のが蹴りを放つ度に痛みを放つ。
「あぐぅっ!」
電気が流れるような痛みに、眉間にシワを寄せ、苦痛に顔を歪めた真奈はそれでも諦めない。
だけど、グールは何事もないかのようにニタニタと笑い、舌なめずりをしている。
「食べ……たい!」
食欲と言う欲求に突き動かされたグールは最早我慢の限界。新鮮な生の肉を目の当たりにして、鋭く尖った牙を真奈の腹へと突き立てようとした。
その時――
「――邪魔よ」
不意に地面に投げ出され、硬いコンクリートの地面に背中から叩きつけられた。肺の空気が押しやられ、折れた肋骨が激痛を放つ。事切れる前の虫のように、体が丸まり身動きが取れない。
「ぼさっとしてないで、さっさと立ってよ」
そこには見下すように唯が立っていた。
「あなた……」
まだ立ち上がる事のできない真奈は、薄く目を開け彼女を見やる。
「……どうして?」
戦闘が始まる前の出来事を思い出した真奈は、疑問の言葉を投げかけた。唯はそれを鼻で笑う。
「勘違いしないでよね。あなたが死んだら、宗田さんが悲しむだろうから。悲しんだ彼を見たくない……助けた理由なんてそれだけよ」
その問いかけにさもつまらなさそうに答える。
「そう……。でも、ありがとう」
痛みが引いて動けるようになると、のそのそと起き上がる。ただ、時より折れた部分が痛むのか、何度も膝を着きそうになるのを歯を食いしばって耐えている。
「なに? あんた怪我してるの? って、邪魔するなっ!」
空気を読まないで襲い来るグールを倒しながら、真奈に問いかける。「大丈夫よ」とそう返事が返ってくるが、はぁーっと盛大にため息を吐くと側に近づく。
「少しおとなしくしてて――治って」
左手を真奈の肩に乗せるの呟く。
「えっ?」
突然、緑色の光に全身を包まれた真奈は困惑した様子である。だけど、その心地良さから取り乱しそうになった心はすぐに落ち着いた。
それに対して魔法を行使した彼女は、背後から奇襲を仕掛けようとしてきたグールへ即座に反応すると反撃した。
そして、その光が消えると唯が声かける。
「どう? 治った?」
胸の辺りを何度も触り、怪我が治っている事に気づくとその表情は驚愕に染まった。
「魔術……? でも、詠唱がなかった……それならこれは――魔法?」
「そんなのどうでもいいから手伝って」
魔術が解けたバットを投げて渡すと、それを受け取った。
「分かったわ」
今の魔法は何なのか? 知りたいが、目前の脅威をどうにかする事が先だと胸にしまい込むと、最初と同じように呪文を唱え、氷の剣を出現させた。