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起死回生

 「ニンゲン——やるじゃないか。ヒヒヒッ!」


 傷を負っても余裕の表情をしているアドゥルバは、不気味に笑みを浮かべたままだ。

 致命傷に至らなくても浅くはない傷を与えたがそれを庇う素振りもない。今もなお、横に切り裂かれた右の脇腹からはドクドクと赤い血液が流れている。


 アンデットだからか、それとも我慢をしているからか……どちらにせよ好機ともう一度構える。


 「——シッ!」


 今度は真っ直ぐアドゥルバに向かって駆け出した。 

 左端を軸に、右手の斧を上から下に振り下ろす。

 だが、アドゥルバは横にひょいっと軽くステップを刻むようにそれを避ける。

 すかさず体制を立て直すと、左手の斧を横に薙ぎ払った。

 最初の一撃を除いては、コンパクトに両手の斧で連撃を加える。

 アドゥルバはその丸太のように太い腕でそれを受ける。


 さっきみたいに傷を負わせることができなか……。

 接近戦に持ち込んだのはいいが、どうも威力が上手く乗らないらしい、腕で防がれる度に火花が散るだけで、傷一つ負わせられない。

 頬を、舞う火の粉が焦がし髪の先端を少し焼いたがアドゥルバに反撃させる余裕を与えないようにと、ひたすらに振るい続けた。


 「ヒヒヒッ! いいぞいいぞっ!」


 防戦一方なそいつだったが、今もなお余裕と言った感じで俺の攻撃を受け続けている。

 

 ——呼吸が。


 息つく間もなくただ繰り返した攻撃だったが、俺の方が先に限界が来た。

 肺が空気を寄こせと訴えかけて来る。

 

 「どうした? 動きが鈍くなったぞ? 威勢がいいのは最初だけか?」


 アドゥルバも俺の動きが鈍くなった事に気づいたようだ。

 始めの方こそアドゥルバを押していたが、いつの間にか足も止まっていた。


 「――ぐっ!」


 無理に攻撃を繰り出した事によって徐々に大振りとなる。奴もその隙を狙っていたのだろう、少し攻撃のテンポが遅れた所で横から払うように蹴りが飛んできた。


 「かはっ!」


 蹴りと同じ方向に飛んで威力をそいだが、俺の体は簡単に吹き飛ばされる。

 3メートル近い巨大から放たれた一撃は、人間の俺にとっては異常なまでの威力を発揮した。


 這いずるような格好となり、アドゥルバの事を見失ってしまう。

 灰色のコンクリートに映る黒い影。

 それを見てハッと顔をあげると、アドゥルバは目の前で大きく足を振り上げている。


 「――ヤバイッ! うぐっ!」


 振り上げた足を地面に叩きつけて来る。

 

 ――かかと落とし。

 

 脳天を狙ったその一撃を間一髪、横に転がる事で避けることに成功したが、その巨体と重量から繰り出されたそれは凶悪な威力を発揮する。

 爆発音と一緒にコンクリートの地面は粉々に粉砕され、一部が大きく陥没していた。

 しかも、その余波だけで俺は自分で転がった以上に大きく飛ばされる事となる。


 ダメージはほとんど無かったものの、脳が揺れて少しだけ動き出すのが遅れてしまう。


 「中々楽しめたぞ」


 すぐ近くで聞こえたそいつの声。

 右の手を大きく振り上げ、地面をすくうようにそれを振るう。

 ナイフのようなその鋭利な指先は簡単に俺の肉体を切り裂いて、スプラッター映画のワンシーンのようにグロテスクな物としてしまうだろう。

 グール同様に肥大化した手の平に、異様に長い腕は鞭のようにしなり威力を最大限まで引き出す。

 そして、威力と速度を乗せたそれが――放たれた。

 

 「――おや?」


 四つん這いの体勢の胴体のあった部分をその肉食獣のように鋭利に尖った指先が通過する。

 とどめを刺したと思ったアドゥルバだったが、自分の予想とは反した結果となり疑問の声を上げた。


 危なかった……。


 たまたま立ち上がろうとしていた時で、足がもつれて後ろに尻餅をついてしまった。

 意図して避ける事が出来たわけじゃなく、完全に偶然それが当たらなかった。

 変わりにその攻撃が直撃した地面は大きく抉られ、斬撃を飛ばしたかったのようにそいつの腕の範囲以上の部分まで、5本の切り裂かれた痕が付いていた。

 

 「――はあっ!」


 大振りの後の隙だらけのアドゥルバに向かって、立ち上がると同時に下から切り上げる。

 

 ――渾身の兜割り


 肺に残った最後の空気を使用して繰り出された一撃は、振り下ろした体勢のままのアドゥルバの脇腹を下から上に切り裂いた。

 ちょうど十字に切り裂かれたそこからは勢いよく血液が吹き出し俺の顔を赤く染める。


 「――っ! はぁはぁっ……ぐぅ」


 そして後ろに大きく飛び退きアドゥルバから距離を取って、呼吸を再開する。


 「兜割り……こんなに本気で連発したのは始めてだったが――」


 ――体が鉛のように重い。

 無限に使えるかと思ったがそうではなかったらしい。

 どうにもスタミナのような物を使うようで、体全体に重りを乗せたような感じがする。

 腕を上げる気力もなくだらんと下に下げ、せっかく立ち上がったばかりだったのに、そのまま膝から崩れてしまいそうだった。


 「だけど、これで少しは奴にダメージを――なっ!」


 アドゥルバがこっちを向いた。

 だけど…………笑ってやがる。


 かなりの深手を負わせたはずが――笑ってやがる。

 横に裂けた大きな口を更に大きく歪ませて、獰猛な笑みを見せたそいつは、嬉しそうな、楽しそうな表情で俺を見ていた。

 それは自分の負った傷をまったく気にした様子もない。


 「やるな――ニンゲン」


 不適な笑みを浮かべるアドゥルバ。


 「ここまで傷をつけられたのは、この姿になって初めての事だ」


 そうして話しているうちに少しずつ体に載っていた重りがなくなっていく。

 奴が一気に攻めてこなくて助かったと内心思いながら、話に耳を傾けてるフリをした。

 このまま回復を待って――もう一度やるぞ。


 「だけど、どうしてここまで余裕なのか気になっているだろ? こんなに傷を負って血を流している我の事が! イヒヒヒヒヒヒッ!」


 こいつは何がしたいんだ? その言い知れぬ雰囲気に緊張が走る。


 「ちなみにだ…ふんっ!」


 両手を握り込むと気合いを入れるように声を出したアドゥルバ。


 「――なにっ!?」


 すると、負った傷がみるみると塞がっていく。


 「――絶望その一」


 右の人指し指をピンと立てながらそう言ういって、自分の傷が塞がった事をアピールしてくる。


 「嘘だろ……」


 ここまで決死の覚悟で与えたはずのそれは全て無駄になった。

 少しでも勝てると思った可能性がついえ、俺の心から希望の色が途絶えた。


 いや、まだ――


 「――絶望その二」

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