その先には
「何処まで行くんだろう?」
着かず離れずと言った感じで二体のグールの後ろを追う俺達三人。
唯がそうぼやきなながら、通り際にゾンビに避難所から借りた大き目のハンマーを振るって頭を潰す。
「さぁなっ!」
それに言葉を返しながらゾンビの頭目掛けて斧による一撃をお見舞いして、脳みそを破壊する。
「二人とも凄いわね……」
感嘆の言葉を漏らした真奈だったが、彼女も似たようなもんだ。
「そうか? 真奈もそんな感じでゾンビを倒してるじゃないか」
「そうなんだけど……いえ、自分で言うのもなんだけどあの避難所で一番強いのは私なのよ。こうやって、軽くあしらえるのは数人しかいないわ」
そうなると、本当に戦力的にグールと戦うのはきついんだなと改めて思った。
ゾンビに手間取っているようでは、あの生物兵器のような奴らには手も足も出ないだろう。
近づこう物なら、凶悪な一撃を貰ってお陀仏。
運よくそれで死ねればいいが、俺みたいに拷問紛いになぶられたら目も当てられない。
あの時も途中で記憶が無くなったんだよな……。それもあの無機質な声、俺をマスターと言ったそいつの仕業なのだろうか?
助けてくれはしたのだろうけど、その正体は以前謎のまま。
声をかけてみるが反応は一切得られなかった。
謎である。
「……まずいわね」
そう言った真奈の様子には余裕がない。
「何がまずいんだ?」
そう聞き返す。
「徐々に避難所があった方に近づいているのよ」
と言う事は、あいつらは俺達をそこに連れて行こうとしている?
「あの二体のグールはそこに誘き寄せようとしているとなると、何が潜んでいるか分からないわ」
真奈は眉間にシワを寄せて緊張した面持ちでそう話す。
俺の見立てでは、ゾンビが大量に居るだけだと思ったが……グールの行動を見るとそれは否定された。
恐らく知恵が回る何者かが居るのは確定。しかも、グールを操っているとなると。
――もしかしたら彼女が?
グールを操って俺達に襲いかからせた佐川 葵の姿が思い浮かんだ。
いや……それはない筈だ。
魔法もまだ覚え立てだった筈だし、レベルもまだまだ低いだろう。そう考えると、力を付けるにはもっと時間がかかるはずだ……。
だけど、そうは思うがもしかしたらと思うと気持ちだけが逸る。
彼女を説得出来るとは思わない……次に出会えば間違いなく殺し合う事になるだろう。
だけど少しだけ、希望があるなら――
「二人とも……そろそろ着くわ。気を引き締めて」
どうやら終着点がもう少しのようである。即座に気持ちを切り替えると、目の前の事に集中する。
「これ……は」
グールがバリケード変わりになっている車を飛び越えて入った先へと視線をずらすと、そこには廃墟さながらの工場があった。
周囲をコンクリートブロックで囲われ、容易に侵入できない構造にはなっているが入り口になっている門は完全破壊され、侵入された形跡が今も残っている。
割れた窓に倒された重機。それが、月の明かりに照らされて更に不気味差を醸し出している。
「なんの工場だったんだ?」
「詳しい事は知らないけど、車の部品なんかを製造していたって聞いたわね」
所々錆び付いて年季を感じさせるが、その広さはかなりのもので数百人程度なら余裕で避難できるスペースはあった。
「聞いたと言うことは、その人は今は?」
無言で首を横に振った彼女は目を伏せる。
「そうか……」
俺はそう返すしか出来なかった。この世界で生き残った人達はかなり少ない。
そうなった時に、少しだけでも触れ合ってしまえば情が移ると言うものだ。
現に俺もアリスや剛に少しだけ情が湧いている。
無論二人に何かあれば悲しいとしか言いようがない。真奈にとってはそう言う気持ちなんだろう。
「……ここからは更に慎重に行きましょう」
静かにそう言葉を漏らすと、その破壊された入り口から俺達は侵入した。
「宗田さん、あれ見て」
唯が指差した先には、さっきまで俺達を誘導したグールが工場の屋根へに登って俺達を見下ろしていた。
月明かりが奴らを照らし、その影が鮮明に写し出される。
「何が狙いなんだ?」
入り口から建物までの距離はかなりある。
そこからでも工場全体を確認出来た……だけど、グール達の姿しかない。
「おかしい……宗田さん……何でゾンビがいないの?」
言われてはっとすると、慌て周囲を見渡した。
確かに唯の言うとおりだ。ここに来るまではたくさんのゾンビに出会ったが――
「――後ろを見てっ!」
真奈がそう言って振り返ると、こちらの姿を見つけたゾンビの姿があった。
「入って……来ない?」
破壊されて開け放たれた門。
いくらでも入って来ようとすれば来れるのに、ゾンビは入り口の前でピタリと動きを止めるとすぐに来た道を戻って行ってしまう。
初めて見るその光景に困惑していると――
「――何……あれ?」
驚きと戸惑い、それを含んだように呟いた唯は目を見開いてその光景を呆然と見ていた。
一体、また一体と屋根グールが姿を見せる。次から次に姿を現すそいつ等に、その屋根の殆どは覆い尽くされてしまった。
グールの群れ。それも十や二十ではきかない。屋根に登れなかったそいつ等は建物を囲むように更にぞろぞろと姿を見せた。
「に……逃げましょう」
真奈のそれには賛成だ。
俺と唯は頷きを返すと少しずつ後退る
この数は無理だろ……。
いつ襲いかかって来るか分かったものじゃない。奴らから視線離さず入り口付近まで戻った時だった――。
「――ヒヒヒヒヒッ!」
雄叫びのような下品な笑い声が、静かな夜の世界の隅から隅に響き渡った。
「ようこそ、我が領域へ――感激するぞニンゲン」
夜の支配者。そう思わせる姿をした存在が目の前に降り立った。
工場の何処からか現れたそいつは、その質量のまま地面の一部を破壊する。陥没した地面に破壊されたコンクリートが粉となって空に舞う。
そうして悠然と立ち上がったそいつは品のない笑い声を上げる。
「ヒヒヒッ!」
人型の生物——グールよりも一回り以上大きくした背丈。肌は真逆の黒。
そして黒目が一切存在しない真っ白な眼光。
全身を入れ墨を彫ったように浮き出る血管が、心臓の鼓動に合わせるかのように脈を打ち赤い模様が一定間隔で光を放つ。
「我は――」
禍々しい姿をしたそいつは俺達に向かって。
「アドゥルバ」
そう名乗った。