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間引き

 「さて、二人とも準備は良いかしらね?」

 

 夜を迎えて俺達はこれから間引きに向かおうとしている。

 一通りの装備を確認するが、今回はゾンビを倒すだけだから大丈夫だろうとリュック等は持って来ていなかった。

 強いて言えば手斧はないかとお願いすると、キャンプで使うような斧を二つ借りる事が出来たのは嬉しい誤算だ。


 「あぁ、いいぞ」


 そして俺達は学校の正門を開けると、外の世界へと足を踏み出した。

 メンバーは俺と唯、剛とアリスと真奈の五人だ。当初予定していたメンバーで今日の間引きを行う事となった。


 「今日は涼しいね」


 いつも通りと言った感じの唯からは、あまり緊張は感じられない。

 かく言う俺もゾンビを倒す事に関しては慣れたが……今日はテストみたいなもののせいで少しだけ手が汗ばんでいる。


 「宗田さん、魔石の件はいいの?」


 紫苑さんに言われた魔石のを譲って欲しいと言う事に関しては了承をした。

 何やら、利用方法はないかと研究しているらしいがゾンビの胸の中から取り出す事に抵抗がある人が殆どらしく集まりがよくないようだ。

 ベリルに譲る分を差し引いて渡せばいいかなと思って了承したのだが、唯はそれが気になるようだった。


 「出来れば……ベリルに全部渡したいけど、あの避難所が更に発展してくれるなら、少しくらいならね」


 「分かった。宗田さんがそう言うなら大丈夫」


 後ろを着いてくる三人に聞こえないように声を殺して話す。

 

 「それじゃぁ、戻るから気をつけてね」


 そう言って唯は三人の所に戻ってしまった。

 あー、改めて一人になると緊張するな。

 少しだけ寂しさを感じた俺は心で愚痴をこぼしてそれを紛らわせる。

 

 「少し寒いな……」


 服から出ている腕を風が撫でると、少しだけ鳥肌が立った。秋も近づいてきた夏の夜は気温もだいぶ冷え、夏の終わりを告げている。

 もうすぐ9月になるもんな、それは寒くなって来るわけだ。

 秋の訪れを実感すると、空を見て緊張をほぐすように息を吐き出して歩みを進める――。


 「――あがぁぁあああっ!」


 相変わらずの酷い声。そして紫苑さんが言っていた通りゾンビの数が多い。

 五分と経たないうちに早速エンカウントしてしまった。


 「兄貴……」


 後ろで剛の心配する声が聞こえた。


 「まあ、見ててくれって」


 強気に返事を返して、前方のゾンビに視線を戻すと、向こうもゆっくりとこっちに近づいて来ていた。

 距離もそんなに離れていないし、一気に仕留めよう。

 斧を手に持って腰を少し沈めて狙いを定める。


 「――はあっ!」


 気合いと共に俺は飛び出した。

 ゾンビに噛まれても感染しないと分かった今、脅威は半減したが油断するつもりはない。

 風を切る感覚を体に感じるとあっという間にゾンビの目の前に到着する。鼻の曲がりそうな悪臭に腐って紫色に変色した肌に欠けた部位が近づいた事でより鮮明となる。

 早く安らかに眠らせてあげよう……そう思って斧を振り上げる。


 ここまでしてもゾンビは俺が近づいた事に反応が出来ていない様子だった。

 自分だけが時間の中に取り残された錯覚と共に、ゾンビの動きがコマ送りとなって見えた。

 その時間の感覚がずれた中で、改めてその姿をまじまじと見ると哀れに思う。

 悲しみ、恨み、無念、そう言った感情が、ゾンビの姿を体現しているようである。だからこそ、その呪縛から解放してあげようと振り上げた斧に全力で力を籠める。


 ——兜割り


 斧から繰り出される、必殺の一撃は吸い込まれるようにゾンビの顔へと直撃した。


 「あぎぃっ――」


 スイカに縦に包丁を入れた時のように簡単にゾンビの頭を縦に両断する。

 久しぶりだったから成功するか不安だったがどうやら上手く行ったようで安堵する。

 力を籠める際に止めていた呼吸を再開すると、冷えた空気が熱に変換されて吐き出され、思っていた以上に体に力が籠っていたと認識する。

 念のため、倒れたゾンビを見たがピクリとも動かず完全に事切れていた。

 

 「倒したな」


 後方へ控えている皆の方へと振り返ると、それぞれの反応をしている姿が目に映った。

 アリスに至っては口をあんぐりと開いて、剛に関しては驚き目を見開いてこっちを見ている。真奈は……何やら難しい顔をしているが、驚いた様子はアリスと剛と一緒のようだ。

 そして、唯に関しては誇らしげと言うか得意げと言うか……自慢げな様子である。

 

 「すげぇ…………」


 四人の傍に戻ると剛が感嘆の言葉で出迎えてくれる。


 「なっ、だから見てろって言っただろ」

 

 目をまん丸にして俺を凝視して、何度も首を縦に振って肯定する彼の姿が面白くて笑いそうになる。


 「動きが殆ど見えなかったわ……その斧を振ったの?」


 血でべったりと染まった斧を指差してそう言ったアリスも、動揺が隠せない様子だった。

 

 「そうだよ。ほら、血で濡れてるでしょ」


 証拠だよと言わんばかりにそれを見せると、目をパチクリとさせてそれを凝視した。


 「お疲れ。ねっ、言ったでしょ——宗田さんは私より強いんだよ」


 胸を張る唯はセールスマンばかりに二人に俺の事を露骨にアピールする。

 ゾンビ一体に少しばかりやりすぎな気がするが、止めないでその行為を見守る事にした。

 

 「さぁ、まだ始まったばかりなのだから先に行くわよ」


 そうして一人だけ冷静だった真奈がそう催促すると、俺達は気を取り直して住宅街を散策を再び開始した。

 どうやら、アリスと剛に対しては上手く引き込めそうである。だけど、真奈に関しては驚いた様子はあったがよく分からない。

 それでもそれなりの感触を掴む事は成功したと思うのだが——。

 

 「——ぎっ!」


 出会い頭にゾンビを倒す。これで何体目だろうか? 目に着くゾンビを片っ端から倒していた。

 一応、俺一人で倒して他の人には一切手を出してもらう事態にはなっていない。

 複数の群れですら、10秒とかからず殲滅して見せたりもするのだが真奈は怖い顔をして俺を見るばかりでアリスや剛とは思っている事が違うようである。


 「いやはやー! 宗田はん、凄いですねー!」


 手をこねこねと、ゴマをするように寄って来たアリスは悪徳商人のように悪い顔をしている。


 「な、なんだよ?」


 ずいずいと迫って来る彼女は俺の目の前、豊満な胸が当たるくらいの距離まで近づいてきた。

 思わず体を仰け反らせて後ろに下がろうとするが、ちょうど民家の塀があって下がる事が出来ない。

 ゆっくりと胸を押し当てられて、その感触に目が行くとタンクトップからはみ出しそうな胸がくっきりと強調される。

 胸の谷間が視界に入るとそこに思わずそこに視線が釘付けとなった。


 「ち、ちょっと! アリスちゃん、何してるの!」


 アリスの手を引っ張って俺から引き剥がす。その怪力に抵抗する術もなく簡単に彼女は離れて行った。

 今も残るあの感触が名残り……いや、助かったな。

 

 「えーー! いいじゃんか! こんなに立派な人に唾を付けておかないとさ勿体ないでしょ? それとも、唯ちゃんが狙ってるのかなー?」


 じゃれる二人を尻目に安堵の息を吐くと、剛と目が合った。


 「——弟子にしてください!」


 お前らなんなんだよ! 心で叫ぶが、俺の心を知らない彼は子供が戦隊物のヒーローを見るように目を輝かせて俺を見てくる。

 だけどこう言うのもいいかもな……仲間か。

 

 ふと佐川 葵の事を思い出した。

 彼女は今何処に居るのか?

 俺達を裏切った彼女だったが、一緒に行動していた時に感じた感情は本物だ。戻れるなら戻りたい……だけど、彼女はもう戻る事は無いだろう。

 そう思うと切なくなるが、今の仲間達のお陰で少しだけ心が救われた気がした。


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