始まりの夜
「それはどう言う事……ですか?」
唯が言葉に詰まりながら彼に聞き返した。
「ふむ……二人はゾンビの起源が気になってるんだろ? つまり、あの夜の苦しみに耐えれなかった人間が死んで――ゾンビになった……そういう事だよ」
もし、運が悪ければ……俺か唯がゾンビになって襲っていたかもしれないと言う事になるのか?
彼女を食い殺す。もちろんゾンビじゃない俺は人間を食いたいと思わないが……その可能性が合ったと言う事実を知って背筋がゾッとした。
「だから、運がいい……」
「そうだ。ただ当時、私も一人だったからそれを目撃したわけじゃないのだが……いろいろな人から貰った情報からそう結論付けた」
あの夜にどれくらいの人間が死んだのか……想像もしたくない。生存者に殆ど出会う事はないと考えると――
「かなりの確率でゾンビになったと私は思っている。それこそ何千何億と――魔王の手で殺された」
生き残った人間は後どれくらいか……彼の話した事が本当だとしたら、このままだと人類は絶滅するんじゃないだろうか?
ベリルがこれから更に変化が訪れると言っていた事も気がかりだし……衰弱した人類に生きる術はあるのだろうか…………。
「正直、私達には絶望しかない。魔王の攻撃もこれで終わるはずもないだろうしな」
その通りだと思う。
「だけど……私は最後まで足掻くつもりだ」
テーブルの上に置かれている組んだ状態の手に力が籠もった。そして、紫苑さんのその瞳には強い意志が浮かんでいる。
「第一の攻撃でライフラインを破壊した」
今となっては電気、水道の全てが使えない。更にどう言う原理かは分からないが、人類が今まで積み上げていた科学……スマートフォンやテレビに車も一切使用出来ないのだ。
それが魔王からの第一の攻撃。
「それと同時に第二の攻撃も始まった。ゾンビによる人間の殺害」
それは毎日ヒシヒシと感じている。外を歩くだけですら命の危険が伴う。
気配なく悪臭を放ち俺達に襲い来る魔物。生きる屍――通称ゾンビ。そいつらが今は外の世界を我が物顔で支配している。
「そして、第三の攻撃も絶対に有ると私は思っている。少なくとも私が魔王なら、絶対に次の一手も用意するからな」
第三の攻撃か……それは、ベリルの言った変化と言う事で間違いないんだろうな。
なら、今の俺達に出来ることは守りを堅める事と戦力を揃える事。だからこそ、唯の力を欲しがっているんだろうな。
「猶予がどれくらいあるか分からないが、出来る事は全てやっておきたいのだ」
それに関しては同意見。
「だけど、今この避難所は危機に瀕していると思っている。ああ、他言無用で頼むよ? 無用な不安を敢えてばら撒きたくないからね」
「もちろん、そのつもりはないけど……危機と言うのはゾンビの数が増えたと言う事ですか?」
「その通りだ。他にもグールの出没頻度もかなり増えている」
先の事も大事だが……今の状況を打開しないと魔王の第三の攻撃もへったくれもない訳か。
「近くの避難所と、以前は連絡を取り合っていたが今は連絡が途絶えた。恐らくは…………」
ゾンビ達の襲撃に耐えれず落ちた。そして次の標的がここと言うわけか。
奴らが人の多いところに集まりやすいって事となると、近くにはもう生存者は少ないとも言える。
同じ轍を踏まないようにする間引きだけど、グールの襲撃が厄介か。
「ちなみにグールはどうやって生まれるかは知ってるか?」
「ええ、以前その瞬間に出くわしたので……ゾンビの進化ですよね」
「そうだ。ここ最近の出現が増えているのはそれだけ最近人間が殺されたのだろうと思う。こいつらの排除を優先したいが、現状の戦力だと厳しい」
あの剛やアリスでも勝てない相手、それがもし集団で一気に襲ってきたとなるとここも危ういと考えているのだろうな。
それに関しては同意見である。
「後はネックリー……こいつらはまだ数が少ないからいいが厄介だ。ゾンビの進化だと思うが……それがどうやって生まれたか分からん」
首の長いゾンビか……確か、佐川 葵の両親がそうなったんだよな。
あの不気味な姿は思い出すだけでゾワゾワするが、確か――
「自殺……多分、首を吊って死ぬとなるのかもしれない…………」
「ほう、詳しく教えて貰っていいか?」
俺はあの時の事を説明した。
黙って頷きながら話を聞く彼はそれを聞いてどう考えているのか?
「なるほど……その可能性は非常に大きいな。ただ、そうなるとゾンビに殺されたらゾンビになると言う定義が変わる可能性もあるのか……死んだらゾンビになる…………が正しいのかもな」
こうして改めて情報の交換を行うと、新しい情報をたくさん手に入れる事が出来た。
向こうがいろいろと教えてくれたのに対して、こっちはたいした情報を持っていない。
まして、魔法が使える事を黙っているのだから流石に後ろめたく感じてしまうがそこは勘弁して貰おう。
そうして話が一段落付いた時。
「お、遅くなりました」
「やっほー!」
騒がしい二人がやってきた。
剛は肩で息を切らして、アリスの方は出ていった時と変わらない感じと言った様子である。
「遅れてごめんねー。こいつが中々トイレから出てこなくてさ」
「ば、馬鹿! 言うな!」
相変わらずの仲良しぶりに紫苑さんも苦笑いをしていた。
「二人とも……少しお行儀が悪いですね」
さっきまで沈んでいた様子の真奈だったが、二人が入って来た姿を見ると笑顔でそう言ったが、目が笑っていなかった。
あっ、これは怒ってる時の彼女だ。
「あは……ははは」
後頭部を掻きながらばつの悪そうに視線をそらしたアリス。剛は顔を青ざめさせている。
「そんなに元気なら、もう少し訓練の量を増やしても大丈夫そうね」
抑揚をあまり感じさせない喋り方で真奈がそう告げると、がっくりと二人は肩を落とす。
そんなに訓練は辛いのだろうか? てか、俺達もその訓練やるんだよな? 怖いんだけど……。
「真奈、そのへんにしてあげなさい」
「もう! 紫苑は皆に優しすぎるのよ」
「流石、紫苑様ですわ! リーダー格好いい!」
調子に乗るアリスを睨むように見る真奈。
「せめて訓練は普段の3倍までだからな」
「えぇー! そんな〜……」
哀れアリス、まさかの味方と思っていた紫苑さんに裏切られておよよっと唯に抱き着くように倒れた。
「さて、話はだいたい終わったが……最後にお願いが一つあるんだがいいか?」
お願い? それはなんだろうか?
「難しい事じゃなければ……いいですよ」
そう言うとスーツのポケットを弄り、小さい宝石を取り出した。
魔石か……。
「これを見たことあるか?」
「魔石ですよね?」
「そうだ。知っているなら話は早い。もし、見つけたら譲って欲しいんだがいいだろうか?」