噛まれた時
ずれた眼鏡を直しながら竹内 紫苑は俺達に質問をしてきた。
「まず、二人に聞きたい事かある。いいかな?」
「答えられる範囲なら……」
「それは承知しているから大丈夫だ。答えにくい、答えたくない、事に関しては正直に言ってくれ」
それに対して頷き返事を返すと、手を組みそれをテーブルの上に置いて、少しだけ前のめりの姿勢となる。
その姿はまるで尋問官。
悪いことをした訳ではないのに、問い質されるような感じがして少しだけ緊張してしまう。
「さて、それではまず二人は魔術が使えないで間違いないかね?」
「そうです」
「私も使えませんね」
なんか本当に尋問されてるみたいだな……。
「それでここまで生き残っていたんだから、驚きだな……彼女のスキルの影響か? それともレベルの影響か? どちらにせよ素晴らしいな」
「それはどうも……こっちからも質問して良いですかね?」
「もちろん、好きに質問してくれたまへ」
この人の持つ独特の雰囲気に飲まれそうになったが、あくまで対等と言うスタンスか。
それならばこっちも遠慮せずさせて貰おうかな。
「――紫苑さんは魔術師ですか?」
魔術と魔法の違い、前に剛達が言っていた事が気になっていた。
その二つは似て非なる物と言う認識はだいたいあって居るのだろうが……彼が――竹内 紫苑は恐らく俺達と一緒で魔法使いだと思っている。
「ふむ……魔術師かと言われれば、私は便宜上魔法使いと言っているな」
やっぱりか。
「……魔法使いと魔術師は違うのか?」
わざと唯にも「分かるか?」と聞いて、こっちは本当に何も知らないと言うのを装った。
「違う……と言うのが正しいのか」
彼は話を続けた。
「魔術、魔法、その両者は起きる現象は似ている。例えば、何もない所から火を出したり水を出したりだな」
俺と唯は黙って紫苑の話を聞いていた。
「ただ、決定的に違うと言えば、魔術は定型化され、決まった現象を起こすのに対して――」
やっぱりここまでの見解はあっていた。となると魔法は――
「魔法は――想像力、想い、イメージを具現化していると言った所かな。
それと……魔術が使える人はレベルが上がると頭に呪文が浮かび上がると言っているが、私は一度もそう言った経験がない」
呪文が浮かぶってどう言う感じなんだろうな?
「だけど魔術のような現象を起こせるため、私は魔法使いと言って区分している。少し長くなったが理解できたかい?」
「大丈夫だ。ありがとう」
「私も理解できました」
「そうか、なら良かった。ちなみに真奈は魔術師で、警備隊の隊長を行って貰っている。
実力ももちろん折り紙付きだ。グール程度なら相手にすらならんよ」
恐らくここでの最高戦力は、紫苑さんを除けば真奈だろう。今も不貞腐れたような感じで、重い雰囲気を醸し出して居るが警備隊の隊長を行っているくらいだ。
ただ、敢えて紫苑さんを除いたのには理由がある。
「真奈と紫苑さんはどっちが強いんです?」
彼の実力が未知数なのだ。
魔法を使える俺からしたら彼の方が実力的には上な気がするが……どうだろうか?
「真奈の方が上だよ。圧倒的に私は実践経験が少ない。
それこそ剛やアリスの両者も私よりも上だと思っているからな」
なるほどな。魔法が使えたとしても、それはあくまで使えると言うだけなのだろう。
とりあえずお礼を言って、こっちからの質問を一旦終える事にした。
「さて、他には大丈夫かな?」
俺達は頷き返事を返す。
「よかろう。なら、もう一つ質問をさせて貰う――ゾンビに噛まれた事はあるか?」
そう聞かれた時、心臓が飛び出そうなくらいドキッとした。
首の長いゾンビ……彼らがネックリーと呼んでいるそのゾンビに噛まれた事を思い出した。
自然と噛まれた右腕に視線が移動する。
「その感じだと――あるようだな」
紫苑さんの目付きが鋭くなった。睨み付けるようなその眼光が俺を刺す。
ばれたか……でも、今もゾンビに変わる気配はないんだから何かをされるとは思えないが……。
もしかしたら追放か……それか、最悪は――
「……なに、驚かせてすまないな。噛まれたからと特に何かあるわけじゃないが、伝染病とかに感染していないか不安だっただけだ」
「伝染病?」
「そうだ。考えてみてほしい……腐った死体はどれだけ病原菌を持っているか分からん。そうなると、噛まれた所から何かしらの感染病になってもおかしくないならな」
噛まれたらゾンビになるとかじゃないのか? 俺が懸念している事と彼が考えている事かどうにも噛み合わない。
「ただ、様子を見るに大丈夫そうだな」
「あ、あの……少しいいですか?」
「唯さん、なんだね?」
「ゾンビに噛まれた人は……その、あの…………ゾンビにならないんですか?」
当初、俺達が一番懸念していた事である。それを唯が変わりに質問してくれた。
「そう言う事か」
何かを理解したように一度大きく頷くと真奈を見た。
「真奈、今までに何回噛まれた?」
「……三回くらい」
嘘だろ! 俺は何度も真奈の方を見る。あきらかに不機嫌オーラは出ていたがそんなの気にしない。
ゾンビに噛まれたと言ったけど……真奈は人間だよな?
「だそうだ――結論から言うとゾンビにはならない。
ただ、だからと言って無闇に噛まれては欲しくないけどな」
そうなるとゾンビはどうやって増えてるんだ?
「ただし、ゾンビに殺された場合は話しは別だ。以前ここの仲間が食い殺された時は死んですぐにゾンビになっていたからな。それ以外でなった時を見たことない」
だからこの避難所に来た時も、体を確認される事はなかったのか。ゾンビにならないと聞いて心のわだかまりがスッと消えた気がした。
でも、そうなるとゾンビはどうやって発生したんだ? ウイルスでもなければ病気でもない。となると突然現れた事になる……しかも大量にだ。
「この感じだと"始まりの夜"に何があったか知らないようだな。あの夜は二人一緒だったのか?」
始まりの夜? あの突然の激痛と息苦しさに襲われた時の事か? ――文明が崩壊した日。
俺と唯は一緒に夜をすごした。
「俺と唯は一緒でしたよ」
二人一緒だったと言うワードを聞いて、真奈の肩がピクリと動いたのが見えた。
当初は俺の方が動揺していたが、今は彼女の方がいろいろと動揺しているように見える。
真奈が何を考えているか分からないが、俺に関しては唯がいろいろと気を使ってくれたお陰であまり気にならなくなっている。
今度、ちゃんと話す機会でもあれば良いのだが……今はそっとしておこう。
と、それよりも紫苑さんの話を聞かないと。
「それなら運が良かったな。どちらかがゾンビになっていたらこうしている事も無かっただろう」
紫苑さんの口ぶりからはまるでゾンビになっていた可能性がある、と言っているように聞こえた。
「――あの始まりの夜に大勢の人間が死んだ」