条件
「おはよう……いや、こんにちは、かな。昨日は良く休めたかね?」
「どうも。お陰様でぐっすり眠れましたよ」
アリスが彼を呼びに行って数分して、紫苑さんが部屋へと入ってきた。
その呼びに行った本人は剛も連れてくるとの事で後で来るらしく、今は紫苑と真奈の二人が正面に座っている。
「それなら良かったよ。さて、アリスからは聞いていると思うが……今日の事と出来れば情報の共有を行いたいが、いいかな?」
紫苑さんと挨拶を交わすと早速本題へと入る。
真奈と唯も互いに挨拶を済ませていたが、なんだかぎこちなく微笑み合う二人の顔が怖く見えた。
「おほんっ! まあ、なんだ……情報共有については無理に話したくない事は話さなくていい」
紫苑さんも様子がおかしい事に気づいたのか、俺と視線が合うと、肩を竦めて一度咳払いをすると話を進めた。
「ただ、こちらからは情報を提供しようとは思っている。知っている事であれば、それはすまないが……」
ある意味ではただで情報をくれると言うことになる。きっとこれには、昨日話した"信頼"と言う部分が関係あると思えた。
強要はしないけど、俺達は君たちに誠意を尽くす、と言う姿勢をこう言う形で表現したと言う訳か……。
「分かりました……俺は問題ありません。
唯もそれでいい?」
「はへっ!? 私? えっ、うん。いいよ」
聞いてなかっただろと、半分だけ瞼を閉じて彼女を見るとバツが悪そうに乾いた笑いをこぼす。
「き、聞いてたよっ! 今日の事と情報の共有でしょ!?」
「それと、無理に俺達から聞き出したりしないけど、情報はくれるだってさ」
アリスに聞いた事をそのまま伝えて来た彼女に対して、追加で補足を入れると「おぉっ!」と言った様子で驚いていた。
「唯もちゃんと聞いててね」
「……はい」
注意されてしゅんとした彼女は、真奈と目には見えない戦いを広げていたようで、それどころじゃ無かったようである。
二人に何が合ったのか気になるが……今は置いておくとして。
「それなら、最初に今日の事について教えて貰っていいですか?」
情報の共有は話が長くなりそうだし、最初に今日の事について聞いておこうと思った。
「分かった。真奈、説明頼めるか?」
「えっ? 説明……」
「今日の事についてだ……はぁ、二人に何が合ったのか知らないが、しっかりしてくれ」
真奈も唯と同じように注意を受けると、「すいません」と肩を落とした。
「えっと……今日の間引きの件ね――」
彼女が説明を始める。
「二人には私達の行っているそれを手伝って貰うわ。メンバーは私とアリスちゃん、剛君、あなた達の五人よ」
あの二人も来るのか。てっきり、真奈と三人かと思ったんだが違うようである。
「一応、普段は二人一組が基本で、この学校の周囲に集まったゾンビを駆除して貰っているけど、今回は実力を見るために最大限の安全は確保するつもり」
「なるほどな。んで、俺は何を倒したら実力が認められるんだ?」
「そうね……それに関しては、私とアリスちゃんと剛君があなたを見て決めるとしか言いようがないわ」
そうなるよな。なら、ゾンビ程度に苦戦していたらだめと言うわけだ。
最低でも、剛と同等かそれ以上の力を見せないといけない訳か。
「分かった。他には何かある?」
「んー、そうね……グールとネックリーが出た場合は私が相手する」
「でも、それじゃ意味がないだろ?」
「いや、その……それは」
そう言われてしどろもどろになる彼女。
「真奈、昨日話しただろ? ちなみにグールを一人で倒した経験は?」
「ある」
そう答えたがあくまで魔法込みでの話しだ。無しとなると……かなり不安だがやれるだけやってみるしかない。
紫苑さんが真奈に目で合図を送る。
「分かったわ……。相手は宗君に任せる…………ただ、危ないと思ったらすぐに下がってね?」
心配そうにしてくれる彼女に対して嬉しい反面、少し複雑な気持ちである。
「心配はいらないよ。これでも、この世界を唯と二人で生きてきたんだから」
記憶を追憶するといろいろあった。でも、最初のグールでの戦闘で一ヶ月分の記憶はないけど……それでも、それなりに場数は踏んでいる。
だから、過保護過ぎるのは少し困るのだ。
若干納得してない様子の彼女に紫苑さんも少しだけ、困った様子である。
「あれ? 真奈さんは宗田さんの事を信じれないんですか?」
「えっ――?」
突然、挑発的な物言いの唯に対して、あざ笑われた事にこめかみに青筋が浮かんだ真奈。
「いえ。心配してる様子なのは分かりますが……あまりにも宗田さんを下に見すぎでは?」
「――ギリッ! なんですって!」
応接室の部屋の中に彼女の怒鳴り声が響く。だけど、涼しい顔をした唯はそれを辞めなかった。
「それとも、私と宗田さんがペアになるのは嫌なんですかね?」
わざとらしく腕に絡みつく彼女に、困った顔を向けると小声で「ごめんなさい」と謝ってきた。
彼女なりに何か考えがあるようだが、やり過ぎは困る。
紫苑さんに助けを求めるように視線を動かしたが、特に何も反応する事なく二人のやり取りを見ていた。
「違うわよっ!」
「なら、間引の際はあなたは手を出さないでください。そうされると私達が迷惑です。もし、許可なく手を出した場合は無条件でペアを組ませて貰いますからね」
唯は真奈の過保護ぶりを気にしたのだろうな。これですぐに手を出されていてはペアは組めなくなると危惧したに違いない。
でも、それなら最初の挑発はいらないんじゃない……?
「紫苑さんもそれで良いですか?」
「…………いいだろう」
「――紫苑!」
名前を呼ぶ彼女に特に反応を見せない彼はそのまま話を続けた。
「ただし、彼が死んだ場合は……責任の一切はこちらも追わないかつ、君も無条件で私達に力を貸すと言う形ならそれを飲もう」
転んでもただじゃ起きない……か。
「私はそれで構いません。でも、真奈さんが納得していないようですが?」
顔をしかめる真奈に、唯は視線を向ける。
眉間にシワを寄せ怒り心頭の様子で、唯を睨みつける真奈だったが、涼しい顔をしてそれを受け流していた。
「真奈もいいな?」
「でも――」
「――俺もそれでいいぞ」
彼女が何かを言い終える前に間に入って、紫苑さんの言うことに同意する。
下唇を噛み、テーブルの一点を見るように俯くとそれっきり黙ってしまう。
「真奈……ごめんな。でも、俺は大丈夫だから」
「…………はい」
消え入りそうな声で返事が返ってくる。
「それじゃぁ……紫苑さんが言った条件をこっちも飲みますので、唯が言ったことを守ってください」
「ああ、分かった」
一応の話はまとまりはしたが、真奈の様子が気掛かりである。どうしてあそこまで取り乱したのか? 今も何も話すこともなく目を伏せている。
付き合っていた当時では見たことない姿の彼女に、不安を感じてしまうが……今の自分には優しい言葉をかける資格はない。
だから、心のケアは紫苑さんに任せることにしよう。
「さて、それでは……次の話に移ろうか」