仲良しな二人
「――はぅっ!」
とおでこを押さえて可愛い悲鳴を上げたのは神崎 唯である。
状況が読み込めず、「何?」とキョロキョロと顔を動かすと剛とアリスの存在に気づいたのか挨拶をしていた。
「きゃー! 今日も唯ちゃん可愛い!」
目の保養が……。
胸に沈んだ唯は激しく手足をばたつかせて抵抗しているが、それも虚しく空を切るばかり。
そして、諦めたように手足をだらんとさせると、アリスになすがまま好きにされていた。
「あ、アリス。そんな恐れ多いことを……」
「うっさいわねー! 図体でかいくせにビビり過ぎなのよ、あんたは」
彼はどうしたんだろうか? 様子のおかしいその姿に疑問が浮かぶ。
「なぁ、さっきから剛はどうしたんだ?」
さっきの事といい、唯に何故か怯えてる事といい良く分からない。
アリスは……特に何か変わった様子はないようだが。
「あー、宗田さんあんまり気にしないでいいよ。こいつがアホなだけだからさ」
「――って、そう言う訳にはいかないだろ。俺達のせいで兄貴は危険な目に合うんだぜっ!?」
危険な目………………あ、紫苑さんに実力を見せるって言った奴か?
でも、剛になんの関係があるんだろうか?
「俺達があんな報告してなければ、こんな事にならなかったのに……」
あー、そういう事ね。こうなったのが自分のせいだと思ってるって事か……でも、なんで唯に怯えてるんだ?
「しかもよ、それで大切な嬢ちゃん……いや、姉さんにまで迷惑をかけたとなると……」
真冬でもないのに腕を擦りながらガクガクと震え出したかと思うと、顔から一気に血の気が引いて真っ青になった剛。
「――ひっ!」
その体躯で俺の背中に隠れるのは無理があるんじゃないだろうか?
唯と目があった彼は猫のように飛び上がると慌てて背後に回り込み、両手を肩に乗せて必死に姿が見えないようにしている。
「むぅ! 私、何もしてないよっ!」
アリスの胸に顔半分を埋めて、こっちを見て抗議の声を上げてくる。
「唯ちゃんは気にしなくて良いんだよ。あいつが勝手に怯えてるんだけだからさ。こんなに可愛いのにねー!」
また顔を完全に沈められると、苦しそうな鳴き声を上げる。
「だってよー……姉貴を怒らさたら俺なんてよ…………」
まぁ、実力は彼女の方が剛よりは上なのはグールの戦闘で見せつけたからな。
だからって怯えないで仲良くしてもらいたい。
「あー、剛。確かに二人の報告でそうなったかもしれないけど、俺も唯も何も気にしてないぞ。だから、そんなに怯えないでやってくれ」
「本当っすか?」
「本当だよ」
そうしてようやく俺の後ろから出て来てくれた。
図体に似合わないおずおずとしたその態度で、唯を何度も見るが中々声がかけられない様子であった。
「アリスも唯をそろそろ離してやってくれ」
そんな彼にのために助け船を出してやることにする。
「ぷっはぁー! 死ぬかと思ったよ!」
「あっ……」
「海上さん…………」
「な、なんだ?」
突然名前を呼ばれて怯えてしまう彼に対して、唯は気にした様子は微塵も感じられない。
「私は特に怒っていませんよ? それに、宗田さんは私よりも強いんで、ゾンビだかグールだかネックリーだか知らないけど、楽勝ですからね」
「本当なのか?」
「もちろん!」
満面の笑みを見せた彼女はそう言うと、俺の側まで駆け寄ってくる。
「あ、後……その図体の癖に怯えた姿はちょっと…………」
剛の心にストレートをパンチをブチかましてノックアウトさせた唯はしたり顔をしていた。
膝を折り、地面に手を這いつくばる彼は完全にKOされてしまったようだ。
「どんまい……」
アリスにそう肩を叩かれて同情された彼は、余計に心の傷を抉られたようでしばらくは立ち上がる事ができなさそうである。
「あ、そう言えば二人ともお腹空いてない?」
そう言えば何も食べてないからお腹空いたかな。横に並ぶ唯もお腹を擦ってアピールしていた。
「おっけー。じゃぁ、ご飯持って来るから昨日待ってた応接室に行ってて」
颯爽と走り出したアリスは相変わらず身軽な動きで、通路の角を右に曲がってあっという間に姿を消してしまった。
でも……剛の事を置いてくなよな。
「到着ー!」
がらがらと扉を開けた唯はそこに入るなり、少しはしゃいだ様子だった。
「――わっ!」
「っと、危ない」
転びそうになった彼女のお腹に手を回して抱き止めると、「ごめんね」と言って椅子に座っておとなしくなった。
「海上さん、大丈夫かな?」
唯の隣の椅子に座ると、さっきの事を心配している様子だった。
ただ、剛に声をかけると俺もアリスの所に行ってきますとトボトボと歩いていってしまった。
哀愁漂うその後ろ姿に、俺達は何も言えずに見送るしかできなかったのだが、あの後アリスにボコボコにされてないといいんだけど……主に精神的に。
「あ、宗田さん、昨日はいろいろとすいません」
唯もかなり感情的になってたもんな。
でも、結果としてある程度の所で収まったから良しとしようか。
「今日は朝から謝られる日だな……それに関しては大丈夫だよ。ある意味では上手い方向に転がってくれたしね。唯も気にしないで」
息を吐き出してほっとしたような表情をする。
「ただ、少し気になる事かあったんだけどさ」
「気になる事?」
首を傾げてなんだろうと言った感じの唯はじっとこっちを見つめていた。
「あー、俺も声が――」
「――はーい! 失礼しますね! キュートなアリスからのプレゼントだよー!」
ビニール袋片手に入ってきたアリスは無駄にテンションが高い。
そのプレゼントが入っているであろう、袋を見せびらかして得意気な顔をしている。
腰に手を当て踏ん反り返る彼女は、何処までも偉そうだった。
ただ、それが憎らしさとか疎ましさを全く感じさせず親しみやすさを醸し出しているのが彼女の魅力なんだろうと思う。
おかげで会話が途中で切られてしまったけど、それに関しては後で話そう。
「あれ? 剛は?」
ここに来たのは彼女一人で、さっきまで落ち込んでいた彼の姿は見えなかった。
「あー、剛は置いてきたよ」
当たり前のようにそう言う彼女はテーブルの上に次々に食べ物を置いていく。
「いつまでも落ち込んでるから、あいつは掃除。せっかくのご飯の雰囲気が悪くなっても嫌でしょ?」
アリスなりに気を使ってくれたらしいけど、彼の扱いが雑すぎやしないか?
「と言うことで好きなのを好きなだけ食べてくれ! 後、これは水が入ってるからさ」
並べられた物を見ると、水筒が二つに、缶詰に缶詰に缶詰に缶詰……………………。
缶詰しかない。
「さぁ、好きなだけどうぞ。って、缶詰しかないのはごめんなさい。お昼の炊き出し終わっちゃったから非常用のしかないんだよ」
あー、そう言う事なら仕方ないな……てか、お昼過ぎてるのかよ。
「後、これを食べたらシャワー……いや、あれは水浴びだけど、とりあえず体も気持ち悪いだろうから汗を流しちゃって」
ようやくこの不快感からもおさらば出来るのか。
そうと分かればさっさと食べてしまおう。
「いただきます」
「召し上がれ〜」