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懐かしき彼女

 「あぁ、真奈か。入っても大丈夫だ」


 紫苑が扉の方へと顔だけを向けて声の人物へとそう言葉をかけると、ガラガラと応接室の扉が開く。

 「失礼します」と丁寧にお辞儀をして入ってきた人物が視界に映り、無事だった喜びと別れた時の切なさが同時に襲ってくる。


 「あ……」


 頭を元の位置に戻して紫苑に一度視線を送り、それから俺達を見ると小さく言葉を漏らす。

 落ち着いている大人の雰囲気を醸し出す彼女の、両の瞳は驚きを映し出していた。

 向こうも俺の存在に気づいたようでその視線は真っ直ぐに向けられている。何か言いたげに口を開こうとした彼女だったが、それを一文字に結ぶと紫苑の側まで移動してきた。


 「見回りお疲れ様」


 労りの言葉をかける紫苑。


 「ありがとう。生存者が見つかったって剛君に聞いたけど……こちらの二人でいいのかしら?」


 一瞬だけ視線がかち合ったがそれには特に彼女は反応を示さなかった。

 どことなく他人行儀の彼女に胸がチクリと痛む。

 避けられてる……のか?


 「そうだよ。こちらの二人が……彼が斎藤 宗田君、そして彼女が神崎 唯さんだ」


 俺達を真奈に紹介する紫苑はなんとなく親しげな雰囲気だった。

 あ……この二人――嫉妬と言う感情が苛立ちに変わり始めた。


 「紹介してくれてありがとう」


 お礼を言って紫苑に微笑みかける。

 以前は俺に向けてくれたその特別な笑顔が今は自分だけの特別なそれではないと感じると心に空虚が生まれた気がした。


 「私は塚本 真奈、ここの警備隊の責任者をしています。宗君(・・)に唯さん、よろしくお願いします」

 

 懐かしい声に懐かしい呼ばれ方、避けられている訳ではないと分かり安心する自分がいた。

 それが分かっても、もう戻る事はないと分かっているが……もしかしたらと思う自分もいる。


 「あれ? 真奈と宗田君は知り合いなのかい?」


 ドキリと心臓が高鳴ったのを感じると、視線を彼女に送ると優しく微笑みを返してくれる。

 だけど、紫苑の質問に対してどう返答したらいいか思いつかず、まごついていると。


 「宗君とは、こうなる以前の友達だよ」


 真奈が変わりに答えてくれたのだが、その”友達”と言うワードを聞いた時、少しだけ悲しいような寂しいような、がっかりしたような孤独感に近い寂しさが心を撫でた。

 だけど表情に出さずに「そうです」と紫苑に返事をすると。


 「ふむ。友人と再開できたようで何よりだ」


 と一人、何度も頷き納得していた様子を見せた。


 「真奈も同席して貰ってもいいか? さっきの話と関係があるもんでね。彼女にも聞いて貰いたいんだ」


 正直、居心地は良くない。だからと言ってそう言われたら断る事は出来る訳がない……卑怯だ。と思うが彼は事情を知らないのだから仕方ない。

 それを俺が割り切れるかは話が別なのだが……早くこの話を終えてここから立ち去りたいと思う。


 「失礼しますね」


 彼女の同席を許可すると、紫苑の隣の椅子へと腰を下ろして顔にかかる髪をさっと払う。

 ちょうど正面に座る彼女の姿は以前と変わりない。

 と言ってもそこまで長い時間が経った訳じゃないんだから当たり前なのだが……ただ、その和美人とも言える顔立ちに、母性を感じさせる雰囲気は以前にも増して魅力的に見えた。 


 彼女を思わず正視すると、前より髪が伸びたんだなと昔と今を比較してしまう。

 肩まで伸びていた黒い髪は今は胸の辺りまで伸びていた。昔ほど手入れが出来ないはずなのに、痛んでボサボサな所か油っ気なくサラサラとしている。

 すると――


 ――ドクンッ


 心臓が一度大きく跳ねた。


 ――ドクンドクンッ

 

 徐々にその回数が増え、血液を体に送り出している。急速に現実が遠ざかり、色褪せ、古いブラウン管テレビのようにモノクロな世界が広がった。


 ――イヒッ。

 

 下品な笑い声。


 ――ヒヒヒヒッッ。


 まただ。


 俺の心に居る誰かが笑っていた。


 ――女を殺せ。


 女って誰のことだよ。


 ――お前は馬鹿か? 目の前の女。そいつを殺せ。


 目の前って真奈の事か?


 ――そいつら……嫉妬の使徒(・・・・・)。さぁ、殺せ。


 訳が分からなかった。突然謎の声が聞こえたと思えば真奈を殺せという。そもそも嫉妬の使徒って何のことだよ。

 それに殺さない。


 ――チッ、後悔してもしらないからな。忠告はしたからよ。


 「少し暑いわね」


 真奈の声に、俺は我に返った。今のはなんだったのか? 聞こえていたのは俺だけらしく、隣に座る唯も特に気づいている様子はなかった。

 嫉妬の使徒か……なんの事か分からないが、真奈がそうなのだろうか? 彼女に視線を送ると、パタパタと黒地の半袖のTシャツの胸元に空気を送り込んで体を冷やしていた。特に変わった様子もなく、別れた時に比べて少し痩せたかなと思うくらいである。

 とりあえず今は嫉妬の使徒とやらの事は置いておこう。考えを切り替えると、暑がってる真奈に対して紫苑が口を開く。


 「君は相変わらず暑がりだな」


 そのやり取りは長年連れ添った夫婦のように、自然で親しみのある感じだった。


 「あの! そろそろさっきの続きいいですか?」


 さっきまで一言も話さず黙っていた唯は少し苛立った様子だった。

 言葉は丁寧だが、口調は少し乱暴で雑である。


 「そうだったな。すまない」


 涼しい顔でその怒りを受け流した彼は、真奈にさっきまでの話を伝えいる。


 「なぁ、どうして怒ってるんだ?」


 声を小さく、向かいの二人に聞こえないようにひそひそと唯に話しかけたが、こっちを見た彼女の表情は面白くなさそうな感じだった。


 「いえ……ただ、何となく宗田さんが辛そうに見えたので……」


 最後は耳を澄まさなければ聞こえない小さく控えめに、そして少しだけ寂しさと子供が拗ねた時のような嫉妬に近いそれが込められていた。


「後……少しだけヤキモチだよ…………」


 今度は完全に聞き取れない。


「え? 今なんて言ったの?」


 そう聞き返したが、彼女はそっぽを向いてそれに答えてくれなかった。

 

 「それよりも、真奈さんは宗田さんの……?」


 そっぽを向いたままの彼女に苦笑いを浮かべると、その質問に対して「そうだよ」と短く返事を返す。

 それを聞いて、こっちを向いてくれた彼女は。


 「じゃぁ……私の敵」


 と呟いた。


 「なんで敵なんだよ?」


 「なんでも」


 少しだけ機嫌が良くなったと思えば、また不機嫌になってしまった。

 女心と秋の空とはこの事なのだろうか? コロコロと変わる感情に俺だけが置いてきぼりとなってしまう。


 「——さて、待たせてしまってすまない」


 そうして、紫苑は真奈と話を終えたらしく二人は真っ直ぐに俺達を見据えた。


 「さっきの話だが……結論から言うと二人での行動は許可できない——」


 そう言われたのと同時に、唯が激昂した表情を見せると飛び掛かろうと言わんばかりに動き出した。

 バンと机を叩く音が部屋中に響く。

 これでもかなり手加減しなのだろうが、今も手を着いている机からは木が軋む音が鳴っていた。

 このままではこの机が破壊されてしまうだろう。


 「——落ち着いて」


 彼女の腕を掴み落ち着かせると、物寂しそうに俺を見ると深呼吸をしてゆっくりと自分の椅子へと戻った。


 「彼女が申し訳ない」


 唯に変わって俺が謝罪する。


 「その謝罪を受け取る事にしよう」


 どこまでも上から目線の彼だったが、その瞳からは強い意志を感じる。


 「ただ、その理由を教えて貰っても?」


 俺はそう問い掛けた。

 

 「もちろんそのつもりだったさ。

 単刀直入に言うと、剛、アリス、その両名から聞いた話だと、宗田君の実力だと足手まといとなると私と真奈は判断した」


 予想通りと言えば予想通りの回答である。


 「そんな事な——」


 彼女が叫ぼうとした時、そっとその腕に手を添えて首を振って制止する。

 注意された猫のようにシュン丸まった彼女に申し訳ないとは思ったが、話が進まなくなるため我慢してもらう事にする。


 「ふふふ、宗君は彼女に好かれてるんだね」


 「あぁ、そうだな。こんな世の中になって、最初から今日までずっと一緒だからな」


 最後の部分を強調して言った。

 これは二人に対する嫉妬からのせめてもの抵抗だと言う事も分かっている。子供染みた事なのだろうが、少しでも心が落ち着くのならば利用するまでだと俺は割り切った。

 ただ、予想外な事に真奈の方が少しだけ驚いた顔をしていた。それにはどんな感情が含まれているか分からないが、してやったりと少しだけ優越感のような物に心が少しだけ満たされた。

 

 汚い手だったが、俺は聖人君子ではないんだ。日本生まれの日本育ちにの立派な量産型日本人。

 だからどんな手を使ってでもこの場の支配権を握ると心に誓う。


 「そ……そうなのね。ずっと一緒って事は、始まりの夜も?」


 明らかに動揺を見せる。


 「ああ、その日からずっと一緒だよ」


 抑揚を殺し、淡泊にそう返すと明らかに落胆したような態度となった。


 「ふむ、二人がどんな関係だったのかは気になる所だが……話を続けさせてもらっても?」


 眼鏡の真ん中を持ち上げてずれたそれを直しながら、真奈と俺との会話を遮った。


 「続けてくれ」


 少しだけ腰を浮かしていた真奈も座り直して、一旦は引き下がった。


 「さっきの話の続きだが……なに、これは唯さんだけのためじゃなく、宗田君のためでもあるんだよ」


 「と言うと?」


 「グールを知っているか? 便宜上、ゾンビと区分するために私が付けた名前なのだがね」


 「あー、あの白い化物でいいんだよな?」


 剛とアリスもそう呼んでいたから俺にもそれは何となく分かっている。

 ただ、紫苑さんが付けた名前だったと言う事は知らなかったが、アンデットとそう変わらない意味である。

 日本名だと、屍食鬼(ししょくき)だったよな。死体が動くと言う意味ではゾンビと変わりないが、ゾンビの方がメジャーだ。

 そこでグールと言う名で区別したのだろう。ただ、ゾンビとグールの戦闘力の差は違い過ぎるが。


 「そうだ。それと今確認されているのは首の長いゾンビ。ネックリーとかだな」


 ネックリーか……今考えるとあいつが一番不気味だよな。移動方法と言いその見た目と言い。

 

 「ネーミングセンスが無いのは勘弁して欲しい。ただ出会うのは稀だが、その強さはグールにも匹敵する」


 ここまで言えば彼が言いたいのが何か理解できる。


 「あー、要するに足手まといだし、俺が死ぬかもしれないから辞めておけと言う事か?」


 「そ、宗君! そんな言い方はないでしょっ!」


 少しだけ怒ったような、困ったような真奈は少しだけ椅子から腰を浮かせてそう言ってきたが、紫苑がそれを遮った。


 「分かってくれたようで何よりだ」


 表情を変えずそう告げる彼の顔を正視して口をゆっくりと開いた。

 

 「——じゃぁ、俺の実力とやらを見せればいいのか?」

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