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リーダー

 コクリコクリと繰り返し頷く彼女を横目に俺は何度目か分からないため息を漏らした。

 と言っても彼女が眠っている事を咎めている訳ではない。

 むしろ、散歩がこんな形になっていろいろと頑張ってくれたんだから、それを労わってあげたいくらいである。

 それならば何故ため息を漏らしているかと言うと——待ち人が来ない。それで暇を持て余して退屈なのだ。


 ふかふかの椅子に腰を掛けて待つこと30分は過ぎている。

 一向に現れない、紫苑(しおん)と呼ばれるリーダーを待っていた。

 ここで待っていてと言われた応接室。

 その真ん中に長方形のテーブルが一つ、そしてそれを挟むように椅子が四つある。

 その片側に俺と唯は座っているのだが彼女が寝てしまう程に退屈なのだ。


 ゆらゆらと揺れるランプの灯りをぼーっと見つめては眠くなりそうなのを堪え。

 そのランプの向こう側の棚を何の気なしに見て、たまに彼女の寝顔で癒されてを繰り返すが…………流石に飽きた。

 

 俺達は剛とアリスの拠点としている学校へと来ている。

 流石にだいぶ夜も更けているため見張りの人を除いて誰とも会っていない。

 静かな校舎の応接室、そこのテーブルに置いてあるランプが部屋全体を暖かい色で照らす。

 ここ最近の荒れた心を癒すように照らしてくるそいつは、ローソクの灯りとは違って悠然と落ち着きをはらっている。

 ただ、そのせいで徐々に俺にも…………眠気が……。

 

 「——お待たせしたようで申し訳ない」


 っと……もう少しで落ちるとこだった。

 ガラガラと音を鳴らして部屋へと入って来た人物はかなり急いだのか肩を激しく上下させている。

 唯も今の音でビックリしたように目を覚ますと状況が飲み込めずキョロキョロとしていた。

 流石に座ったままの挨拶は良くないなと立ち上がって、今しがた部屋へと入ってきた人物に頭を下げる。


 「あぁ、お構いなく。座っていてもらって結構だ。どうも寝起きが弱くてね。勘弁してもらえると助かる」


 そう言われて座り直すが、さっきまでと違い浅く腰を掛けて背筋を鉛筆のように真っ直ぐ伸ばした。


 「そんなに緊張しないでくれたまへ。久しぶりの生存者と出会えた……。喜びはするが特に取って食べたりはしないさ。

 私は喰らう者、ゾンビじゃない――れっきとした生きた人間だからね。怯えないでくれよ」

 

 彼は話しを続ける。


 「――そして、ようこそ避難所へ。

 聞いていると思うが……一応ここの責任者と言う事になっている竹内 |紫苑《しおん》だ。よろしく頼む」


 握手を求めた彼の手を握り返す。

 この人が剛とアリスが言っていたリーダか……。

 

 「こちらこそ、よろしくお願いします。自分……私は斎藤 宗田(そうた)、それで彼女が神崎 唯」


 「——神崎 唯です」


 綺麗に腰を折ってお辞儀をする彼女の姿は中々様になっていた。

 まるでアパレルの店員のように体の前で手を組み腰を45度の角度で曲げた綺麗な格好だ。

 普段とのギャップが凄いな、流石事務を担当していただけあると改めて感心した。

 

 「これはご丁寧に…………さて、剛とアリスから事情は聞いたが、二人からも聞かせて欲しい。

 神崎 唯さん……あなたが、あのグールを一撃で葬ったと言う事は事実かな?」


 右手の人差し指で眼鏡の真ん中を押し上げてそれを直しながらそう言った竹内 紫苑。

 このご時世に似合わないスーツ姿にビッシっとネクタイをして、耳の上で切り揃えられたさらっとした黒髪、一見営業マンの風貌だがその声色はどこか聞いていて落ち着く声である。

 そんな彼が今一番気にしているのはグールを葬ったのは誰かと言う事。

 それだけここの戦力事情もひっ迫していると言う事か?


 「あ……はい。私が…………倒しました」


 先生に怒られる生徒のように恐る恐る右手を少しだけ上げてそう言った彼女。

 それに対して、返答を聞いた竹内 紫苑は顎に右手を当てると何かを考え始めた。


 「あの、何か……まずかったでしょうか?」


 怯えた小動物の彼女がその無言の空気に耐えかねて再び声を発した。


 「あぁ、すまない。そう言う訳じゃないんだ……ただ、こうしてここに来てすぐで言いにくいんだが——君の力を貸して欲しい」


 顔から手を離して唯を真っ直ぐに見つめると真剣な表情でそう言った。

 ランプの灯りが揺れてその顔に影を作り出す。

 異様な緊張感に包まれる室内に生まれた”間”はどこか重苦しく居心地が悪かった。


 「…………それは、どう言う事でしょう?」


 「いやはや、こうやって説明も無しに話を進めるのは僕の悪い癖だったね」


 竹内 紫苑は話を続けた。

 

 「また、真奈に怒られてしまうか……」


 真奈……? それってもしかして——


 「どう説明するか……この避難所の警備隊——剛やアリスと同じ役割を担って欲しいんだと言わせて貰えればわかるかな?」


 その時の俺は彼の話が全く頭に入って来なかった。

 彼女の名前が出て来た時に嬉しい反面、どう言う関係なんだろうと言うドロドロとした感情が沸き上がって来る。

 

 「——宗田さん」


 そう優しく呼ばれて俺は振り向いた。

 きっとその名前を聞いた時、彼女も何かを悟ったのだろう俺の左腕を掴み不安気な表情をしている。


 「唯……大丈夫だよ」


 負の感情から助けてくれた唯だったがまだ少しだけ思う事があるのだろうか、そっと掴んでいた手を離して目だけを俺に向けて来る。

 その姿に不意に頭を撫でたい衝動に駆られた俺は、我慢する事なく優しくそれを撫でた。


 「——わっ! ちょっと何するの!」


 「えっ? 撫でてってことじゃないの?」


 「ち、違う! もう、宗田さんなんて知らない!」


 そうやってはぐらかして場の雰囲気を和ませようとしたが、耳まで真っ赤にした彼女はそっぽを向いてしまう。


 「ふむ……なるほど。二人はそう言う関係だったか。

 これまたすまないね。ちゃんと彼の許可も取るべきだった」


 何やら激しく勘違いをしている竹内 紫苑はふむふむと何かを納得するように頷いている。


 「あー、言っときますけどそう言う関係じゃないですよ。ただ……」


 「ほう。これは失敬。それで宗田君……ただ、何かね?」


 宗田君か……。ってこの人何歳なんだ? 

 見た目は俺と同い年くらいだが、この話し方といい落ち着いた雰囲気は年上に見えるが……。

 後で剛に聞いておこう。


 「あー、竹内さん——」


 「紫苑で構わんよ。さ、続けてくれたまへ」


 「おほん。それでは紫苑さん、要するに唯に間引きの手伝いをさせたいと言う事でいいんですか?」


 どことなく掴み所がなくて、ペースを握らせてくれないし、やりにくい相手だ。

 さて、どう答えるか。

 彼女が間引きを手伝うのは全然問題ない。

 出来れば俺も一緒にそれを行いたいのが本音なんだよな……剛とアリスのように二人一組が常ならば、知らない人と組むと力を隠しきれるか分からない。

 それに、魔石集めにレベル上げのどっちも行いたいから、目的を共有してる唯とペアで行動できるのが一番だ。

 彼がこの事を認めてくれるかどうか……。

 今のところ唯の力を必要としていて俺には目もくれていなかった。

 足を引っ張ると思われたら難しいかもしれないな。


 「その通りだ……最近はグールの出没も多くて事態がかなりひっ迫していてね……。

 彼女のように有能な人材に出来れば協力して欲しいのが本音だ」


 グールの出没が多いか……確かにさっきも襲われたもんな。

 紫苑は話を続ける。


 「もちろん、避難してきたと言う事はゾンビ達から逃げて来た事になる。

 それなのにもう一度死地に向かえと言うのはかなり酷い話だ。だけど……どうか俺達に協力してください」


 すると両手を机に着けて、頭を擦りつけるように下げてくる。

 最早お願いと言うより懇願に近いように感じ取れた。

 ただ、一番予想外だったのはここまで彼がへりくだるとは思いもしなかった。もう少しふんぞり返って偉そうにしているのかと言えばそうでもないようである。

 その事に驚き目を見開いた。唯も困り顔で俺を見ると、目で「どうしよう」と訴えかけて来る。


 「あの……頭を上げてください」


 そう竹内 紫苑に告げるとそのまま話を続ける。


 「元々、剛やアリスに聞いて間引きの手伝いをしようと思っていました。なので……その話には問題ありません。

 後は彼女の意思を聞くことももちろん必要です」


 紫苑は顔を上げると、その話を聞いて安心した表情をする。

 これで戦力が増えて、この避難所が安全が少しは安全になると考えているのだろうか? だからと言ってただでそれを許可するつもりはなかった。

 チラリと唯に視線を向けると彼女もそれに気づいてこちらに目だけを動かしてくる。

 視線が合った瞬間にアイコンタクトを送る。

 合わせて欲しいと、そう言う思いを乗せて送ったが分かってくれただろうか?

 いや、勘のいい彼女なら気付いてくれるだろう。

 そう確信すると話を更に続ける事にした。 


 「ただし、条件があります」


 「ほう……それは何だね」


 食らいついてきたなと内心でガッツポーズをするが、表情に出さないように平静を保つ。

 先に甘い蜜を見せといてそれに食いついた所で本題に入る……きっとこれで彼も認めざるを得ないだろう。

 力を貸すつもりだと先に掲示すれば、あまりに極端なリスクが無いなら了承してくれると思うが……どうだろうか?

 素人なりに考えた交渉ではある。

 以前ネットで見た記事に、「人は得る幸福よりも、失う損失の方が大きく感じる」と書いてあった気がしたのだ。

 確か……プロスペクト理論? ……だったか?

 理論云々はよく分からないから置いておくとして、上手くいけばいいのだが。


 「——彼女が外に出る時は必ず自分も一緒に行動するようにペアを組ませて欲しい——それが条件です」


 さて、これで彼がどう出るかだが……。

 「ふむ」と一言声を漏らすと椅子の背もたれに背中を着けて胸の前で両手を組む。そして、ランプの光で俺達の影が映し出された天井を見ながら何やら考えている。

 それを待つこと30秒。

 ゆっくりと顔を元の位置に戻すと竹内 紫苑は真っ直ぐに俺を見た。


 「それは……神崎 唯さんが大切だからかい?」

 

 「えぇ、その通りです。もちろんそれだけではないですが……彼女を一人にしたくない。それが一番の理由です」


 そうきっぱりと告げると唯を見た。

 これは完璧だろう? としたり顔で彼女を見たのだが、何やら様子がおかしい………。

 振り向いた事に気付いた彼女は、同じようにこっちに振り向いたまではいい……ただ、なんだ視線が定まらず空中をうようよと落ち着きなく動いていた。

 って、なんでお前がそんなに動揺してんだよ! さっき、アイコンタクトしただろ!?

 表情にそれが出そうになったがぐっと堪えると、感情を殺した表情でもう一度彼を見る。


 俺を見つめる眼鏡の奥から放たれる鋭い眼光、言い知れぬプレッシャーをひしひしと感じる。

 視線がかち合っても微動だにしない彼のその行動に疑問に思う。

 想定なら「分かった、いいだろう」とそんな感じで話が終わると思っていたがこれは予想外。

 利益を獲得するために損失を割り切る事が出来る人間なのだろうか?

 ランプの揺れる炎の熱が顔を撫でると汗が一粒頬を伝う。


 「ふむ……そうか」


 ようやく重い沈黙から解放された俺はほっと胸を撫で下ろす。

 ただ、まだ回答を聞いていないため油断はできない。


 「そうしてあげたいのは山々なんだが……君の実力はどれくらいなんだい?」


 そう来たか……。

 ここで彼女オンリー、それに守られ続けましたと言ったらこの話は断られると言う可能性が高くなった。

 恐らくは……彼女の純粋な戦闘能力を欲している。

 そうなると俺が足手まといで彼女本来の力が発揮できない、もしくはそれの所為で貴重な戦力を失うリスクがあると考えているのかもしれない。

 かなり頭がきれる彼に、自分の浅はかな作戦なんて通用しなかったのだろう。

 もしくはこれすらも想定していたのかもしれない。

 それならば魔法の事を言うか?

 自分の実力は隠していたかったが、あくまでこのコミュニティについて少し信頼が置けたら話すつもりだった。

 まぁ、その程度の事なら話しても問題ないか。


 「俺は——」

 

 緊張でこびりついた唇を上下に離して、話をしようとした時だった。


 「——紫苑、入ってもいい?」


 扉をこんこんと三回音を立てると、その向こう側から女性の声が聞こえた。

 それは酷く懐かしく胸が苦しくなる落ち着いた声だ。

 俺の心が、嬉しいような、悲しいような、切ないような、複雑な気持ちに満たされる。

 

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