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本気の一撃

 「なんか、この辺のゾンビの数が増えたわよね」


 俺達の前を歩くアリスがそうぼやいた。

 確かに以前よりも多いような。こいつら本当に何処から湧いてくるんだってくらい出てきやがるよな。

 気付いたらすぐそこに居るし。

 気配も殆ど感じない。

 

 「あー、仕方ないだろ。どうしても人間の多い所に集まって来るからよ」


 二人の会話に聞き耳を立てる。

 なるほど。ゾンビは俺達の何かを感知しているのか。

 あのホームセンター……そこもかなりの数の人間が居たと言う事になる。

 無事に逃げれた人はいたのだろうか。 

 それを思い出した俺の心の古傷が広がり痛み出した。


 にしても、二人の連携は中々だな。

 

 剛は見た目通りのパワー型。

 それに対してアリスはスピード型だ。


 杭を打つような大きな鉄の塊を振り回す。

 それが直撃したゾンビの顔は見るも無残に歪んでしまう。

 前に持っていたハンマーはグールとの戦闘で壊れたから違うタイプの物を扱っているのか。


 それに対してアリスは両手にサバイバルナイフを持ち、縦横無尽に動く。

 まるで曲芸師のような彼女はゾンビの攻撃をくるりと身を翻して的確に斬撃を食らわせる。

 致命傷にはならないが、筋を斬られたゾンビの動きはかなり鈍くなっていた。

 そして鈍った所に剛が止めを刺す。

 息の合ったコンビネーションは圧巻だった。


 「———凄いね」


 感嘆の言葉を漏らす唯だったが、俺はある事に気付いた。

 なぁ、あの巨体の攻撃でもゾンビの頭って破裂しないんだな……。

 じゃあ、破裂するってどれだけだよ。

 唯よ———頼むから早く加減を覚えてくれないか? 

 鉄パイプをぎゅっと握っている小さな手。少しだけ湾曲しているその鉄の棒だったが———俺には死神の鎌に見えてしまう。


 「おっ、そう言えば兄貴は魔術の事気にしてたよなっ!

 せっかくだから見せてやるぜっ」


 「なに、調子に乗ってるのよ。もう、いつも調子に乗るんだからさ」


 遂に魔術を拝める時が来たようだ。

 さて、魔法と魔術は何が違うのか。


 「じゃあ、見ててくれよな」


 そう言うと手に持った武器をアリスに預けて手をゾンビに向けた。

 距離はざっと10メートル。

 向こうも俺達に気付いたのかヨタヨタと横を向いていた体を方向転換させてこっちへと向かってきた。


 「見ててくれよな!

 大地は嘆きそれが怒りとなりて敵を貫く牙となれ———土槍(グレイド)!」


 呪文のようなそれを剛が唱える。

 すると右の手の平へと魔法陣のような物が出現した。

 剛に対して斜め後ろに位置する場所に居たために、それが辛うじて見える。

 目を凝らしてみると幾何学模様が浮かんでいるのが見えた。

 土色の光を放つその魔法陣は、剛の言葉に呼応するように光を強めた。

 そして、魔術の名前と思われるそれを叫ぶと地面へと右手を着く。


 「———おぉっ!」


 感嘆の声を漏らす。

 地鳴りがしたかと思うと、ゾンビの真下の地面がボコボコと隆起しだした。

 そうして波のように唸るそれが最高潮に達した時、アスファルトの地面を貫き槍のような物がゾンビの胸を貫いた。


 「ちょっと! 仕留めそこなってるじゃないの!」


 串刺しになったゾンビはもがいてそこから逃げ出そうとしていた。

 そして、少しの時間が経つとその土の槍がボロボロと崩れて跡形も消え去った。


 「あ、やべっ! アリス、ハンマー寄こせっ!」


 そこから逃げ出したゾンビを見て慌ててアリスに預けた武器を手に取る。


 「そうやって調子に乗るからよ! はい、さっさと止め刺して」


 ばつが悪そうに寄って来たゾンビに対して、それを振るった。

 

 「———ふんっ!」


 そうして一撃の元にそれを葬る。

 

 「と、兄貴どうだった?」


 ゾンビが動かないことを確認してからこっちを振り返ると自慢げな顔をする。


 「うわーっ! 仕留めきれなかったのに自慢するって……」


 かく言うアリスは冷ややかな目を剛へと向ける。


 「う、うるさいな! それに今回は兄貴に見せる為にやったんだよっ!」


 そうして言い争いが始まった二人。

 ふむっ。あれが魔術か。


 さっきの魔術について分析する。

 起きた現象は魔法と一緒だが。

 あの呪文のようなセリフが、頭に浮かんで来ると言ったその事なのだろうか?

 俺も魔法を使う時は心の中で想像力を高める為に、

 イメージを合図に魔法を行使するが。


 剛が述べた呪文はまるで定型文のそれに近かった。

 あの呪文は土の槍専用———と言った所か。

 魔法に比べて自由度は少ないが、一定の効果は得られると言った所だろう。

 

 そして、もう一つ気になったのが出来上がった現象が崩れたと言う事だ。

 もしかしたら、魔法のようにずっと残らずに消えるタイプなのかもしれない。


 とは、言っても遠距離としては便利か。

 素早い敵とかが出てきたら別だろうが……だから、グール相手に苦戦していたのだろう。


 「———っ! 剛! 危ないっ!」


 アリスが叫んだ。

 考え込んだせいで一瞬動き出すのが遅れると、隣にいた唯が目にも止まらぬ速さで移動した。

 

 民家の塀からグールが飛び出して来た。

 油断するのを待っていたかのように、剛目掛けて飛び掛かって来る。

 グールに対して背中を見せていたため防ぐ事は間に合わない。

 振り上げた鋭い爪が剛へと振り下ろされた———

 

 「———ちっ! 浅かったか……。あっ、ちょっとそれ貸してください!」


 そう言って剛からハンマーをひったくると軽々とそれを持ち上げる。


 「イダ……イ」


 肉のそげた胸を押さえるグールはそう言った。

 グールの奇襲を防いだ唯はハンマーを片手にそれを睨みつける。

 鉄パイプの一撃を辛うじてよけたグールだったが、その強力な破壊力が籠った一撃が胸を掠めた。

 抉られた傷は、人間なら致命傷となるくらい深い。


 だが、流石は魔物。

 痛いとそう言うだけであまりダメージとはなっていなかった。


 「お、おい! あれはやばいって! 兄貴も嬢ちゃんも逃げろっ!」


 やっぱりグールは危険と言う認識のようだ。

 だが俺と唯ならば一対一ならイレギュラーが無ければ勝てる。

 それくらいに強くなった自負があるのだ。


 「唯ちゃん逃げてっ! 私達でなんとかするから!」


 要するに囮になると言いたいのだろう。

 前回、助けた時にグールに殺されかけていた剛。

 心なしか遠くからでも震えているのが分かった。アリスも同様に若干腰が引けている。

 

 ちらりと唯が俺を見ると、やっちゃったと言う顔をしていた。

 だが人命がかかっていたんだからしょうがない。

 俺も油断をしていた。

 唯が飛び出さなければ剛は大怪我を負っていただろうし、その行為に対して褒めはするが責めるつもりは全くない。

 頷いて大丈夫だと言うと、唯は警戒しているグールへと視線を戻す。


 「は、早く逃げてちょうだい!」


 そうアリスは叫んだが悠然と構えていた。

 あいつの出方を見ているのか微動だにしない。

 もし、自分から攻めてそれが失敗すれば後方の俺達が危険になる。だから、敢えてカウンターを狙うつもりなのだろう。


 一人と一体の間で緊張感が漂う。

 そうして、わざと足を少し動かして音を立てるとそのフェイントに引っかかってグールが動きだした。


 「———やぁっ!」


 下から上にと力の限り振り上げる。

 離れていても聞こえる風を切る鈍い音。

 それ以上にその動きを目で追うのがやっとなくらい速かった。

 

 手加減なしの一撃。

 しかも鉄パイプのような即席の武器じゃなく、れっきとした凶器。

 初めて見る、唯の本気の一撃に背筋が冷たくなった。


 慌てて両手を交差してそれを防ごうとするがお構いなしに振り上げる。

 

 防御など無駄だと言わんばかりに叩きつけると夜の街に轟音が轟く。

 一瞬の出来事。その大きな音が止むと、下半身だけとなったグールがべちゃりと水気を帯びた音をたてて倒れた。 

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