雨宿り
「セーフ、セーフ、ギリギリ……セーフ」
玄関に入ると野球の審判みたいに手を水平に広げてその言葉を繰り返す唯。
雨に打たれなかった事を表現しているんだろうが、その血みどろの体は完全にアウトじゃないだろうか?
むしろ、雨に打たれるより酷い。
スリーアウトチェンジだ。
「はい。チェンジで」
「え? ———わっ!」
リュックからタオルを取り出して、それを投げて渡すと慌てて受けとった。
「だいぶ酷いぞ。もう、どっちがゾンビか分からないな」
俺にそう言われた唯は慌てて浴室の方に駆け出して行った。
なるべくゾンビが入り込まないようにしていたが、あまりに警戒心が無さすぎるだろう。
まだ家の中の索敵も済んでいないんだが……。
そうして暗い家の奥に消えて行く———
「きゃーーーーっ!」
そう叫び声が聞こえた瞬間に体が飛び出していた。
———唯っ!
「ちょっちょっと! あなた何よ!? だ、誰なの!?」
するとどこかで聞いたことがあるような声する。
唯の元へと駆け付けた俺が第一に飛び込んで来たのは———金髪の女性。白い下着。グラマラスな体。そして、日本人の雰囲気を持った外人。ハーフかな? その人物の姿が目に入った。
その傍らでタオル片手にオロオロとする唯。
「ぞ、ゾンビ!」
あー、今の唯の姿は酷いからそう思ってもしょうがないかな。
なんて感想を抱くと。
「あ、アリス! どうしたっ!」
階段を駆け下りて来る声が聞こえた!
そうして現れて大男は俺達を見て———。
「誰だ?」
と警戒を露わにした。
そう、まさかの再開だった。
この男、確か……『剛』って言ったか? 無事だったのか。
あの時、助けた男女とこうして再開した。
「あー、すいません」
「こちらこそすいません……」
大男と俺は互いにぺこぺこと頭を下げて謝る。
プロレスラーみたいなガタイの彼がぺこぺこと頭を下げる姿はシュールだった。
俺が事情を話すと理解してくれたようで、互いに騒がせた事を謝罪する。
そうして、傍らでしゅんとしている唯に下着姿を隠すでもないアリスと言った女。
様子見のつもりだったが、まさかこうして出会う事になるとは思わなかった。
「唯、とりあえずいろいろと拭いてきな」
「アリスも服を着ろ!」
俺と剛はそう言うと、一旦リビングへと向かった。
懐かしいな……。リビングも俺達が出て行ったまま変わらず。
シーツやソファーがそのまま残っていた。
たった一週間しか経っていないが、昔の事のように懐かしさを感じた。
「……お待たせしました」
「お待たせー」
そうして、二人が来たところで互いに自己紹介をすることにした。
「いやー、まさかこんな所で俺達以外の生存者に出会うとは思わなかったぜ。
あ、俺は海上 剛でこっちのエセ外人が佐藤 アリスだ。よろしくなっ!」
「誰がエセ外人よ! こっちはハーフだっての。
えっと……さっきはごめんなさいね。ちょっと彼女の姿に驚いちゃってね」
剛毅溢れる男に、色気たっぷりな女。
良かった……あの時の事はばれてないようだった。
「いえいえ。こちらこそすいません。
自分は斎藤 宗田、んで、このゾンビ擬きは神崎 唯。さっきは驚かせて申し訳なかった」
「もう! ゾンビなんて酷いよっ! 頑張った結果なんだからね! でも、アリスさんを驚かせてしまってごめんなさい……」
互いに自己紹介と謝罪を済ませる。
「はははっ! ゾンビ擬きかっ! ちげーねーっ!
血だらけの嬢ちゃんを見て流石に驚いたぜっ!」
「む! ちょっと大きいからって子供扱いしないで貰えませんかね!
こう見えて23歳でれっきとした成人ですよ!」
抗議の声を上げると、剛とアリスは驚いた顔になった。
「えっ!? 同い年なの?」
驚いた顔の金髪のハーフ事アリスと唯はどうやら同い年だったらしい。
確かに日本人と言うか唯は童顔だからそう思うのも仕方ない。
と言うよりアリスと言う女が完成され過ぎなんだと思う。
出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込むプロポーション抜群の体系に、外人特有の美人と日本人の柔らかさの混ざった顔立ち。
それでいて、鼻筋も高く顔も整っている。
モデルと言っても差し支えないような人物だ。
「むっ、証拠は宗田さんが証明してくれます」
むつくれる唯に苦笑いを返す俺。
「確かに、彼女……唯は23歳ですよ。それで俺は27ですね」
「年上だったの! どう見ても剛より若く見える……と言うよりコイツが老け顔なだけか」
アリスと剛はとても仲が良さそうである。
この感じならコミュニティの方も大丈夫かな? いい人達そうだ。
「おいっ! たく、どうせおっさんだわ。
あー、斎藤さんは年上だったんすね。ちなみに俺は25歳っす」
人は見かけによらずとはこの事か。
彼は、海上 剛は俺より二個下だった。
赤く染め上げた髪を短く切り、ツンツンに逆立っている。
細い眉毛に、猛禽類のような鋭い目。
190センチ近くある背丈に、格闘技をやっていそうなガタイ。
その強面の顔から、一つ間違えれば———にも見えてしまいそうである。
「という事は俺がここでは一番のおっさんか……」
そうして、30に一番近い俺はががっくりと肩を落とすと、その背中を小さい手の平が撫でてくれた。
「所で二人はどうしてこんな所に居たんっすか?」
「あ、敬語とかいらないよ。こんな世界だし年齢なんてもう関係ないだろ?
それで、なんでいたかと言えばただの雨宿りだよ」
「でも、先輩にそんなタメ口なんて……」
何気に律儀な奴だ。
すまん……そうしどろもどろしている姿が本当に似合わないんだが……。
「たく! 剛は変な所で律儀よね! 見て、二人が引いてるわよっ! その図体で似合わないって言ってるでしょ。
冗談は顔と図体だけにしてよねっ!」
中々な毒を吐くアリスの方がどちらかと言えば気が強い。
そう毒を浴びた剛はちらりとこっちを見た。鋭い眼光が突き刺さる。
唯が怯えたように俺の腕を掴んだ。
おー、見た目だけだは怖いがその瞳の奥には少し困惑の色が見えた。
「すんません。実家の躾が厳しかったので……でも……いや、兄貴がそう言うなら頑張るぜ」
兄貴? こんなデカい子分とかいらない。
むしろ、俺の方が子分に見えるんじゃないか?
「宗田さん、賑やかですね」
「あぁ、そうだな」
この拠点に入った時に気分がもっと落ち込むかと思ったが、二人のじゃれ合いを見ていたらそんな気分は何処かに吹き飛んでいた。