夜の散歩と雨
部屋に布団を敷いて横になる俺と唯。
テーブルを端に寄せて部屋の中は真っ暗。
目が慣れたお陰で天井まで見える。
今日は寝つきが悪い。
ベリルの言っていた事をずっと考えて居たら寝れなくなったのだ。
ぼーっと天井の木目を目でなぞりながら、体内の魔力を操作する。
これもだいぶ慣れた。
今では複数の魔力の塊を操作できるまでに至っている。
体全体にそれを行きわたらせるとポカポカとした感じがして気持ちよく癖になってしまいそうだ。
だけど、そんな心地よさの中でも眠る事が出来なかった。
「……寝れない」
そう呟いたが隣に布団を敷いている彼女からは特に返事が返ってこない。
夢の国へと旅立った彼女はスヤスヤと気持ちよさそうな寝息を立てている。
「どうしようかな……」
唯を起こさないよういそっと半身を起こす。
「ちょっとだけ外に行こうかな」
懲りずそんな事を言った。
でも、以前に烈火の如く怒られた事を思い出して思い留まる。
「やっぱり……辞めた」
また黙って一人で行くことに後ろめたさを感じると……。
「今度はちゃんと守ってくれたね」
と横から声が聞こえた時は背筋が凍った。
「お、起きてたのか……?」
「はい。私も何だか寝れなくて、夢うつつな感じで……」
そうして、唯の方を見ると体を俺の方へと向けて、アイドルのような大きな瞳で俺を見ていた。
良かった……。これでまた勝手に外に出てたらまた鬼が現れる所だった。
バクバクとなる心臓。
お互いに少し距離はあるがそこまで聞こえているんじゃないかと言うくらい心臓が鳴いていた。
「なぁ、前に言っていた事覚えてる?」
別の話へとシフトさせる。
「前って?」
「生存者に会ったって事だよ」
そう言って少し考えて思い出したようだ。
「あ、男の人と女の人を見かけたって言っていた奴ね。
それがどうしたの?」
「思ったんだけど、そのコミュニティに合流しようと思うんだ」
「え? 急にどうしたの?」
ベリルの話で大量の魔石が必要なことが分かった。
それを最優先するなら二人ではとても足りないと思ったのだ。だから、大勢の人に協力をお願いしてそれを集めようと思う。
ただ、全員が全員信用できるか分からないのが難点。
その集団も本当に安全か分からないが、こないだ会った感じでは悪い人には見えなかった。
「魔石を集めるにも二人だと時間がかかり過ぎるからさ……。
信頼できる人を見つけて協力してもらおうかと思ってね。それと……」
俺達に罪。
彼女の行方を探す必要もあるだろう。だから、いろいろと人手が多い方がいい。
「佐川 葵についても……だね。
宗田さんがそう言うなら私は良いと思う……でも———です。」
最後がごにょごにょと言って聞き取れなかった。
「ごめん。最後聞こえなかった」
「えっ!? なんでもないよ! 気にしないで!
それより、いつ合流するつもりなの?」
問題はそこだよね。
あれ以来、見かけていない。
前の拠点から離れた場所だからしょうがないのかもしれないが、もう一度あの辺に行けば出会えるのだろうか?
「出来る限り早目に合流したいかな?」
「そっか。二回とも夜に会ったんだっけ?
それなら……今から行ってみる? ちょうど私も寝れないしさ」
今からか……。様子を見るだけならいいかもな。
「そうだな。一応今日は様子見って感じで行ってみるか」
「分かった。じゃぁ、すぐに準備するね」
そうと決まれば行動あるのみ。
ただ、少し唯が寂しそうな表情をしたのが気がかりだった。
何か思う事があったのだろうか? ちゃんと話してくれたら良かったのにな。
少しだけそれが寂しく感じられた。
今度もう一度聞いてみようかな……。
さてと、俺も準備をするか。
「リュックよーし、レンチよーし、ポーションよーし」
ビシビシと準備した物を指差してそう言っていると。
「それ、いつもやるけど恥ずかしくないの……?」
恥ずかしい? 馬鹿を言うな。
この一つ一つに命がかかってるんだぞ。恥ずかしいなんて犬の餌にでもしてしまえ。
「なによ、その顔は……」
何を言っているのかと小馬鹿にするように唯を見たら、抗議の声が返って来た。
さぁ、君もやるがいい。
目でそう催促するが。
「絶対に私はやらないからねっ!」
顔をフイっと背けてスタスタと玄関まで行ってしまった。
俺は慌てて荷物を持つと彼女を追いかける。
ノリの悪い奴め。
「わぁー、涼しい!」
外へと出た俺達は、家の中と外の気温の差に感動していた。
ムシムシとしていた部屋の中だが外は涼しく気持ちいい。
ただ、若干雲が多く月も星も殆ど見えないのが残念である。
「なんか、一雨きそうだな」
「そうだね。少し急ぎましょうか」
厚みのある雲が膨れ上がって涙袋のように地球の涙を溜めている。
それが溢れかえるのは時間の問題だろう。
どんどんとそれが空を覆い尽くしていく。
夏の嵐が迫っているように感じた。
だからと言って、せっかく準備したのだから戻るつもりはない。
唯もそれと同意見のようである。
俺と唯は目的地へと急いで向かう事にした。
目的地までは歩いて15分。
ただ、あくまでそこまでゾンビが居なければの話である。
「———せやっ!」
案の定、行く手を阻むようにゾンビが次々に湧いてくる。
「もう! なんでこんなに多いのよっ!」
以前の拠点の方へと向かうとその数を増していた。
そして、昼に比べて夜の方がゾンビは活発に動く傾向にあると言う事もここ最近分かったのである。
「あー、もう近づいて来ないで———っ!」
前衛は俺。
ただ、魔力を節約して進むとどうしても打ち漏らしが発生してしまう。
それが唯へと迫るわけだが。
「あーん! また汚れたー!」
頭からゾンビ汁が掛かって泣きべそをかいていた。
力の限り、頭を鉄パイプで殴り付けると風船がはじけるようにそれが破裂する。
彼女曰く、かなり手加減してるがそうなってしまうらしい。
本気で殴ったらどうなるのか……。
ただ、力加減が出来ないのは問題だ。今後の課題としては力の制御を覚えて貰おうと思う。
恐らくわ『DEX』、器用差が足りないのだと思うが。どうやったらそれを上げる事が出来るかは検討が付かない。
そうして、来るゾンビをなぎ倒しながら前の拠点へと着いた時は想定の倍以上の時間が過ぎていた。
「あ、雨だ!」
遂に耐えきれなくなった空は泣き出してしまった。
ポツリポツリと大粒の涙を流し、その鳴き声が次第に大きくなると。
子供が癇癪を起したように大泣きをする。
「唯、一旦中に入ろう!」
俺達は雨を避けるため以前拠点へとしていた家へと逃げ込むことにした。