希望になり得る?
要するに殺した相手の魂の一部を吸収して自分の限界を広げてると言う事でいいのか。
俺と唯はベリルの言った事を各々考える。
「どう? 簡単だけど理解できたかな? 原理は……説明がめんど……じゃなくて、難しいから割愛するけどさ」
仮にこのベリルの話が本当だとしよう。
なら、こうなる前の世界でも戦争とかでたくさん人を殺した奴はレベルが上がっていると言う事になるのだが。
車の速度で走るような人間なんて聞いた時が無いぞ。
それに、こんな小柄な体で人の頭を吹き飛ばす人間だって知らない。
そんな矛盾が頭の中で浮かんだ。
「あー、それはね。ちゃんと条件が合って……魂を吸収するためには———一度でもレベルが上がった生命、もしくは魔石を持つ生命を葬る必要があるんだ。
これ以上は説明が三年くらいかかるから、今はそれで納得して欲しいかな」
となると、こうなる前の地球にはそう言った相手が居なかったと言う事になるんだな。
仮に最初のレベルアップでゾンビを10体は倒さないとだったし、それだけ難しいと言う事なのだろうだからあの平和な世界では中々起こりえなかった事なのだと思う。
「要するに、もっと強い奴を倒さないといつまでもベルちゃんの言葉は聞こえないって事?」
「ベルちゃん! それいいねっ! 採用! 即採用!
今日はいい日だなー。久しぶりのこの世界もいいもんだ。
それで、お姉さんの質問にはイエスと答えておくよ。まぁ、経験値1でも千年かかれば辿り付けるんじゃないかな?」
それくらいにあのゾンビ達は最弱な部類と言う事なのだろう。
かと言って変異体にも簡単には出会えないし。どうするかな……。
「でも、 ゾンビばっかりだし……今のままじゃ本当に千年かかっちゃうんじゃ」
唯の杞憂はごもっともである。
「あ、それは大丈夫だよ!」
「んっ? 大丈夫ってどう言う事だ?」
そう言うとやばいと何かをやらかしたように、口を手で押さえて慌てている。
「もごもごもご……うっ。
なんでもないよー。ひゅーひゅーひゅー」
そう言って誤魔化さそうと唇を尖らせて下手な口笛を吹く。
空気が抜けるだけで何も音がしない。あさっての方向を向いてそれをするが俺は追及の手を辞めなかった。
ならば、切り札を使うしかない。
「そうかー……。話してくれないのかー。
せっかくここに『口で溶ける、甘々イチゴチョコレート』があるんだけど唯と俺の二人で食べるかな」
心底残念そうに、横に置いてあったお菓子の詰まった袋からそれを取り出すと見せびらかす。
「———なっ! お兄さんそれはずるいっ! 卑怯だよ! 鬼畜、悪魔、鬼!」
そうプンスカと抗議の声を上げてくるが気にしない。
「唯、一つどうぞ」
「あ、ありがとうございます……美味しいなー」
その包み紙を一つ渡すと、普通のチョコレートとイチゴチョコレートが二重構造になったその塊を口に入れて大袈裟に美味しさを表現してくれる。
それを恨めしそうに見ているベリルの口元からは涎が滝のように流れていた。
「じゃあ、俺もいただき———」
「———分かったから! 話すから! 僕にもちょうだいよっ!
これから、世界がもっと変わる予定なの! これ以上は話してもまだ通じないから勘弁して!
だから、早くそれちょうだい!」
そうまくし立てるように言うと、机から身を乗り出してそれをひったくる。
そうして凄い勢いでそれを貪りだした。
世界が変わる? これ以上に? 今の話の流れからもっと危険な何かが出てくるって事?
幸せそうなベリルとは対照的に俺の心は穏やかじゃなかった。
それが真実ならこれからますます危険が増えると言う事になるはずだ。
「なぁ、それを止める事ってできるのか?」
出来る事ならそうなる前にそれを止めたい。
「出来るよ」
短くベリルが言った。
「———魔王を殺せばいい」
「それ以外には———」
「ないよ。だから、今の人類はそれを受け入れるしかない」
残酷な真実。
俺達人類には絶望的未来しか待っていないと言う事なのか……。
「でも、お兄さんとお姉さんなら大丈夫じゃない?
このまま、位階が順調に上がれば生き残る事はできるよ? 魔王を倒せるかどうかは別としてね」
そう言われたが素直には喜べなかった。
「あー、美味しかった! お兄さんお姉さん、こんなにも美味しい食べ物をありがとう!」
満足そうにお腹をさするベリル。
だらしないその姿はおっさんその者。ただ、俺の心はそれを咎める所じゃなかった。
「なぁ……どうやったら魔王を殺せるんだ?」
絶対に不可能と分かってながら、その質問をした。
少しでも可能性があればそれを試したい。
「えっ? 魔王? サクッと首を刎ねれば殺せるよ?
ただ、今のレベルだと……うん! 100万回は殺されるかな? あ、これは例えで絶対に無理って事」
希望のそれを砕く一言。
「そうだなー。こんなに美味しい食べ物をくれた二人にはサービスしちゃうよ。
もし、もっと力が付いたら魔王を倒しに行きたい?」
それに対する答えは難しい。
平凡な男。そして平凡な女。
何処にでも居るただの男女が魔王に立ち向かえるのか? 目で俺に訴えかけてくる唯のその瞳の奥にも困惑の色が浮かんでいた。
ただ、倒せるくらいに力があれば別だろう。
そうなると、量産された日本人。その枠から飛び出る必要がある。
「それに答える前に……俺達で勝てるようになるのか?」
「———もちろん! ただ、並大抵の事じゃ無理だけどそれに対する答えは是だよ」
やれるだけやってみるかな。
だめなら誰かに託す。些か他力本願だが最初から諦めるよりはいい。
「そうか……なら、魔王を殺したい。この世界をこんな風にした魔王が許せない」
「私も……宗田さんと同じ。世界を滅茶苦茶にした魔王が許せない」
二人でそう言うと満足そうにベリルが頷いた。
「うん! いいよっ! じゃあ、そうなったら僕が魔王の元に連れてってあげるよっ!」
え? 連れて行けるの? そっちの方が驚きだ。
確か富士山に居るって言ったよな?
今は無残な姿だが日本の象徴たるそこで待っていると宣言した魔王。
そこへ連れていくと宣言した。
「ただねー、まだまだ魔力不足なんだよ。
あれくらいの魔石の量じゃこうやって姿を見せるのがやっと。連れて行くのはまだ難しいかな」
魔石か……。この口ぶりからすると魔石をもっと集めれば大丈夫なのか?
「魔石は……どれくらい必要なんだ?」
その質問に対して。
「んー、連れていくための魔力で言うとね……まだ、1%くらいしか足りてないかな」
1%か……。
100%になるためにはどれくらい時間がかかるのか。
そうベリルを見て考える。
というか自分を精霊と言ったが本当にこいつは何者なんだ? 魔王の事を知っているみたいだし、しかもそこに連れていけるとか……。
ただ、少しだけ希望が見えたのも事実。
暗中模索の闇の中からつま先だけが外に出る事が出来たような気分。
問題は世界が変わると言ったそれがどういう事かだ。
それをどうにかするには確実に間に合わないか……。
そう思うと浮かびかけた心がまた水面に沈みかけるような気分へとなりかける。ただ、それを必死に足を動かして沈み切らないように耐える。
ただの子供にしか見えないベリル。正体は以前として不明。
でも、何かを知っているのは間違いない。
今のうちに情報を引き出せるだけ引き出そうとしようとした時だった。
「あー、もう時間切れかー。早いなー!」
そう唐突に言うと、自分の右手をさっと視線の高さに上げてそれを俺に見せて来た。
蜃気楼のように薄くぼやけるその右腕。
そのれが徐々に体の方へと浸食していく。
「どうしたんだそれっ!」
身を乗り出して俺はベリルへ迫り、その薄くなった手を握った。
まだ、聞きたい事がある。だから、消えて貰っては困るのだ。
「お兄さん、近いよ! 魔石の魔力が全然足りないから今はこれが限界なの!
もっと、魔石を貰えればまた会えるから落ち着いて!」
握られた手を振りほどいて、うーと威嚇するようにこっちを睨むベリル。
また会えるか……。
そう言われて少しだけ落ち着いたが、出来れば今のうちに聞きたかった。
そう、名残り惜しさが残るがそれを待ってはくれない。
ベリルの体は顔を残して全て消え去った。
「じゃあ、またね」
少し寂しそうにそう言って、あっという間に姿を消すベリル。
部屋には俺と唯。それと静けさだけが残った。