だんらん
畳の敷かれた和室に木で出来たテーブルが一つ。
そこには俺と唯と男か女か判断が付かない人物が一人。囲うように座ってお茶を啜っていた。
「お、美味しいーっ! 初めて飲んだよ! これ何!? 何!?」
熱いお茶をずずずと飲んで舌鼓する俺達。
緑茶の魅力に負けた彼女がそう興奮気味にそう言ってきた。
てか、どうしてこうなった?
さっきまで全力で警戒をしていたはずだったが、今はこうして三人で座ってお茶とお菓子を頬張っていた。
魔王について聞こうとした俺だったのだが……。
急に大きな怪獣の雄叫びが聞こえたかと思うと、さらさらとした銀色の髪をした子供怪獣の腹からそれが鳴いていた事に気付いた。
そうして、お腹空いたよーとその場にへたり込んで動かなくなったと言う分けだ。
だから、仕方なしにお茶となけなしの食料のお菓子を出して今に至ると言う分けだ。
まあ、情報料と思えば安い物だろう。
そうして、三人でこうして一息ついている。
「はい。これはチョコレートだよ」
その焦げ茶色の物体をベリルに渡す。
それを受け取って様々な角度からそれを見ると匂いをクンクンと嗅ぎだした。
「これは…………なんとも……くんくん———甘いっ!」
臭いで美味しい物だと判断したベリルは勢いよくそれを放り込む。
そうして舐めるように咀嚼すると口の中でその甘さが広がったのか、頬を両手で押さえて至福と言わんばかりにその表情も溶けだしていた。
「う、旨いーーーっっ!」
ただのお菓子のその一つでこんなに喜んでくれるなんてな。
さっきまでの警戒感は嘘のように、その光景を微笑ましく思えてしまう。
そう言う唯も、子供をみるかのように優しく微笑んでいた。
「旨いだろ? ただ、今は簡単に手に入らないしかなり貴重なんだよな。
一昔前なら簡単に手に入ったんだけど……こんな世界になったからなー」
そう言うとびくりと体が反応した。
「それって……魔王の所為かな?」
一口サイズのチョコレートの包み紙が散乱するテーブルの上をジッと見るベリルがドスの効いた声でそう言った。
わなわなと震えるベリルは、怒り心頭の様子だった。
「まあ……そうだな」
割れ物を扱うようにそっと、そうだと告げると。
「殺す……あのクソガキ殺す、殺す殺す殺す殺す」
食べ物の恨みは恐ろしい。
呪詛のように殺すを繰り替えすベリルに俺と唯は若干引く。
「なるほど……僕がもっと早く来ていれば……
さあ早く魔王を殺し、人類を復興してチョコレートを作ろう。これは至高の食べ物だっ!」
怒りと復讐に燃える目をしたベリルを見て苦笑いをする。
子供姿のそれのせいで、ただただ戯言にしか聞こえないのだが当の本人は本気で言っている。
「絶対に許さない………………。
あ、お兄さんもお姉さんもこんなに美味しい食べ物をありがとう! サービスしちゃうから何でも聞いてね!」
喜怒哀楽の激しい彼女。
怒ったと思えば今度はイエーイとアイドルがファンにサービスするようなポーズを取った。
「お、おう……じゃあ、魔王について知っている事を教えて欲しいんだが」
俺がそう尋ねると、そんな事でいいの? と言う表情をする。
「いいけど、二人にはまだ理解できないかもよ?
んー、とりあえず。魔王の正体は———■■■の■■。■■■■■属、第■■■。
人間■■■■の■■野郎って所かな」
「あー、なんだ……ありがとう。分からないわ
唯は分かった?」
そう彼女に話を振ったが。
「いえ……聞こえてるのにぼやけてそれが理解できない……変なの」
だそうだ。
うーん。この現象は魂の位階が低いって言ってたな。
「なぁ、もう一ついいか?」
「もちろん! なんでも聞いてよ! もぐ 二人のためならなら僕は何でもしちゃうよっ! もぐ」
グッと拳を握ってそう言ったベリルの口は、ハムスターのように膨らんでそこにたくさんのチョコレートを詰めていた。
もう少し味わって食べろよな。
堪え性が皆無のベリルは口をもぐもぐと動かして必死に口を動かす。
「魂の位階って言ったっけ? それが上がれば何を言っているのか聞こえるようになるでいいのか?」
それについて聞いてみる。
「そだよー。っと言ってもお兄さんもお姉さんもまだまだ、まだまだまだまだ全然、これっぽっちも、微塵も足りないんだけどね」
そこまで全力で否定されると逆に腹が立つ。
ゲーマーとしての性質が、そう挑発されるとそれを覆したくなるのだ。
そう言う唯も同じなようで、その横顔から左の眉がピクリと動いたのが見えた。
ちょうど斜め右に彼女は座り、正面にはベリルが座っている。
机の上には散乱したお菓子の袋。それを唯は無意識にぎゅっと握り潰している。
だいぶご立腹なご様子で。
横目にそれを見て、もう一度ベリルに視線を戻すと挑戦的な笑みを浮かべていた。
「今のままだと、後千年くらいはかかるんじゃないかな?」
「千年って大袈裟な……てか、何をしたら位階と言うやつは上がるんだ?」
あまりにも小馬鹿にした言い方に、舐めるな! と怒りそうになったがそんな挑発には乗らない。
ここで言い争いをしても意味がない。今はいろいろと知っているであろうコイツから情報を聞き出すのが先決である。
「うんうん。賢い判断だよ。
っと、その質問に対する回答は……今までしてきた事を続けるって事かな」
今まで? 食料を集めてゾンビを倒すと言う事か?
「ご名答! その通り」
心を読んでる……のか?
言葉にしていないのに会話が成立している。
そのせいで、唯が話についていけず俺とベリルを交互に見ていた。
「じゃあ、ゾンビを倒せば聞こえるようになるって事だな。それなら———」
「———あー、あれだと弱すぎるんだ。『喰らう者』なんて雑魚中の雑魚だよ? それをいくら倒しても無駄。
魂の位階は君たちで言うレベルアップさ。レベルを上げるのに弱小のスライムを倒しても効率が悪いでしょ? そう言う事だよ」
思った通り魂の位階とはレベルの事だったようである。
ならば、ゲームでも自分のレベルに見合った敵を倒さないといけない。となるとゾンビをいくら倒しても最初は上がってもレベルが高くなるに連れてそれが鈍化してしまう。
そうなると、変異体とおのずと戦わないといけなくなるのだろう。
「なるほどな……。なあ、そもそもレベルアップってなんなんだ?」
そもそもな話である。
敵を倒せば強くなる事は分かった。なら、何故それだけで強くなれるのか原理が分からない。
「あー、それね……魂ってもちろん知ってるよね?」
勿論知っている。
唯と俺はベリルの言葉に頷いた。
「うんうん。そんな君たちに教えてあげよう」
両手を腰に当ててエッヘンと自慢げに言うそれを見て少し腹が立った。
「生命———それはその物が魂の器なんだ。そして、その器には限界がある。
それは生命としてこの世界に生まれた者達の宿命。石も草も木も、その全てがその法則に従っている」
少しずつその真実が明かされる。
「じゃあ、限界を迎えると生命はどうなるかだ……。
もちろんそこで成長が終わるんだ。だけど、それを越える方法が一つだけある。
それが、『魂廻』と言う現象さ」
「魂廻』…………それはなんだ?」
初めて聞いた言葉。
それがどう言ったのかは言葉からは想像が出来ない。俺は素直にベリルに質問する。
「この世界で言う経験値と言えば分かりやすいかな? 殺した生物の魂の一部を吸収して器が大きくなる。
そうするとレベルが上がって成長するってわけだよ」
説明を終えたのか、口を閉じるベリルは少しぬるくなったお茶を一口飲んだ。
そして、湯呑みをそっとテーブルに置いたカツンと乾いた音が部屋の中に響く。